魔王尋問委員会 色欲魔王

釧路太郎

第1話 色欲の魔王と俺

 俺の前に座っている魔王は男なのか女なのかわからないのだが、とにかく魅力的な外見をしていた。

 王国や帝国や共和国なんかは何度も行っているのだが、ここまで魅力的な魔王を見たことは無い。もちろん、性的な意味での話だ。


「私を捕まえた勇者ってナルシストでしょ。そうじゃなきゃ私が捕まるわけないし」

「えっと、資料によりますと。あなたを捕まえた勇者は自分に自信が無くて卑屈な性格ってなってますね。ちなみに、既婚者で子供が三人いるみたいです」

「既婚者で子供が三人いるって、私が一番得意なタイプじゃない。それなのにどうして私の能力が効かなかったのよ」

 資料によると、この魔王は色欲の魔王のうちの一体であるそうだ。色欲の魔王の中でもその力は強力であり、今までも数多くの勇者たちに戦いを挑まれては戦うことなく勇者たちを手籠めにしてきたらしい。ただ、好みでない勇者は一週間ほどで放流されるとのことなのだ。能力を完全に封印されている状態で対面しているのに俺の心は少しずつこの魔王に惹かれているように思えるくらい魅力的に見えてきた。

 この魔王は美しさを武器に戦うタイプで、相手が男であろうが女であろうが関係無いという意味ではサキュバスやインキュバスなんかよりも面倒な相手と言えるのだろう。いくら強い精神力を持っていてもこの魔王の能力で直接本能が刺激されて抗えなくなってしまうそうなのだ。

「私の能力は無効化出来ないのに何であの勇者には効かなかったか教えてもらえないかしら」

「そう言われましてもね。俺は資料で見ただけであなたを捕まえた勇者と会ったことも無いんですよ。ただ、恐妻家らしいですけど、それって何か関係ありますかね?」

「関係あるか無いかって言えば、関係あると思うんだけど、嫁が怖いってだけで私の能力を無効化したとしたら、その嫁ってどれだけ怖いのか気になるわよ。それに、そんな怖い嫁と三人も子供を作るってのも不思議よね。ちなみになんだけど、あなたは結婚しているの?」

「俺は独身ですよ。彼女もいません」

「やっぱりね。そうだと思ったわ。こんな仕事していると出会いも休みもなさそうだもんね。捕まった私が言うのも変な話だけど、最近は簡単に捕まる魔王も多いみたいだし、あなた達も休みが減って大変でしょうね」

「そうですね。最近では月に三回くらい休みがあればいいなって思ってきましたよ」

 俺が最後に連休を貰ったのは一年以上前のような気がしていた。その時も寝て過ごしてしまっていたし、実りある休日という言葉は俺達の中では神に会うよりもありえない話になりつつあるのだ。

「そんなに大変なのね。ちょっと同情しちゃったわ。でも、それなりに良いお金は頂いてるんでしょ。それなら多少は我慢しないとね」

「そんなに貰ってはいないと思いますよ。手当の分は他の部署よりも多いかもしれないですけど、基本給は何も変わらないですからね。それに、あなたみたいに会話が成り立つような魔王ばっかりじゃないんで辛い時もあるんですよ」

「まあ、気楽そうに見えて大変なのね。そんなあなたに私達がここを出たらどうなるか教えてあげようか?」

「ここを出たらどうなるかって、改心して勇者として活動するんじゃないんですか?」

「それも一つの道よね。私が勇者になったらどんな魔王でも簡単に説得できそうだし。でも、再び魔王になる道もあるのよ」

「魔王になるって言っても、また勇者に捕まってここに来るだけじゃないですか。俺らの仕事がいつまでたっても無くならないわけですよ」

「まあいいじゃない。魔王がいるってのは平和に貢献している事なのよ」

「いやいや、魔王ってのは平和を脅かす存在じゃないですか。それを平和の使者みたいな言い方をするのはさすがに厳しいですって」

「ま、世間の仕組みを知らないあなたはわからないでしょうけど、魔王がいることで成り立つ平和もあるって事よ。この世界は魔王が多くやってきているのはあなたも知っていると思うんだけど、それと同時に勇者も多くやってきているじゃない。今のペースだとあなた達普通の人よりも魔王と勇者の方が多くなる可能性だってあるのよ」

「そんな話は聞いたことありますけど、それと平和が関係あると思えないんですけど」

 魔王がいるから成り立つ平和なんてありえないだろう。魔王というのは平和から一番遠い存在だと思うし、平和を与えてくれるのは勇者なのだ。勇者がいるからこそ平和というものが成り立つという事だろう。

 そうか、魔王がいなくなったことで勇者も減っていき、完全に勇者がいなくなった時にまた魔王がやってくるという事なのだな。つまりは、魔王が定期的に現れることで常に勇者がいる状態になり、世界の平和が維持されるという事なのだろう。そう考えると魔王がいることで保たれる平和というものも少しは納得出来るかもしれない。


「全然違うわよ。そんなわけないじゃない。あなたって、頭は良さそうなのに人間の事を何も理解してないのね。ま、私達みたいな魔王ばっかり相手にしてるんだから仕方ない事かもしれないけど、少しは自分たちの事を理解した方が良いと思うわよ」

 僕の考えていたことは完全に否定されてしまった。だが、どうしてここまで否定されなければいけないのだろうか。僕はどうしてもそこが納得できなかった。

「あなたはそう言いますけど、どう考えたって魔王が世界平和に貢献してるなて思えないんですよ」

「はあ、順を追って説明するしかないのね。いい、この世界には他の世界と決定的に違うところがあるの。それはあなたも知っている通り、この世界には異常な数の魔王がいるってこと。魔王の数に比例して勇者も多くいるんだけど、その二つに反比例するかのように普通の人間ってそんなに多くないのよ。村人よりも勇者の方が多いってところがたくさんあるのはあなたも知っていると思うけど、普通の世界って勇者も魔王も一人ずつしかいないもんなのよ。一人の勇者が一人の魔王と戦うってのが常識なの。でも、この世界はなぜか魔王も勇者もたくさん受け入れちゃってるのよね。どこかの世界では今でも魔王が増え続けているし、それと同時に勇者も増えているってことになるんだけど、その受け皿がもうどこにもないってわけ」

「でも、魔王がいなくなったとしても勇者がたくさんいるなら平和だと思うんですけど」

「あなたは本当に何も知らないのね。魔王がいない世界に勇者が残るわけないじゃない。勇者なんて人種は新しい魔王を探して別の場所に行っちゃうわよ」

「そうなったとしても、人間だけの世界になるんだったら平和そのものじゃないですか」

「それが違うのよ。あなた達人間は共通の敵がいないと仲間の中に敵を作り出しちゃうのよ。誰かを攻撃しないと生きていけない弱い生き物なのよ」

「そんなわけないじゃないですか。第一、人間同士で争うなんて馬鹿でもしないですよ」

「本当にそうかしら。人間が殺されるのってどんな時か考えたことあるのかしら?」

「そんなの、魔王が殺してるに決まって……」

 俺はそこまで言いかけて言葉を飲み込んでしまった。魔王が人間を殺すことなんてありえないのだ。魔王は多くの人間を支配することによってその力をより強大な物へと変えていくのだ。魔王に対抗するために勇者は修行などによって体を鍛えることも大事なのだが、一番大事なことは多くの人間に支持されるという事なのだ。

 魔王も勇者も俺達人間がいなければ力を発揮することが出来ないので、人間を殺して自分の力を弱めることなんてするはずがないのだ。

 仮に、魔王が支配している人間たちを勇者が殺したとしよう。その場合は魔王の力は弱くなるのかもしれないが、人間を殺したことによって支持を失った勇者も力が弱くなってしまうだろう。場合によっては、その力の大半を失うことになるのかもしれない。

 でも、この世界で人間を一番殺しているモノは何か。

 それは、同じ人間なのだ。魔王も勇者も人間を殺すことなどはなく、人間を殺すのは決まって人間なのである。ただ、それも極めて稀な事であって、年に数件あるかどうかという話なのだ。

「ね、魔王が人間を殺す理由なんて無いでしょ」

「確かにそうだけど、だからと言って人間同士で争う事なんて滅多にない事ですよ」

「そんな事ないのよ。私が今まで見てきた人間はみんな争ってたわよ。私を巡って殺し合いに発展しそうな時もあったのよね。私を巡って争われるのは良いんだけどさ、さすがに殺し合いまでは良くないと思うのよ。だから、私はそんな人達に争いをやめるように命令してるのよ」

「それって、あなたが相手を惑わせる能力を持ってるから争ってたって事じゃないんですか?」

「それもそうかもしれないけど、私の能力は直接相手の本能に訴えかけるものなのよ。つまり、あなた達人間は他人を殺してでも何かを得たいって本能で思っているって事なのよ。でも、それって自然な事だと思うのよね。勇者みたいに魔王だけを倒したいって考えの方が不自然だと思うわ。他の動物だってある種族だけを執拗に狙ったりなんてしないでしょ」

「でも、あなたみたいな能力が無ければ人は本能だけで行動したりしないと思うんですけど」

「そんな事ないわよ。だって、ここ数年で起きた人間同士の殺し合いって、魔王がいない地域でしか起こってないのよ。それって、どうしてなんだろうね」


 実際に調べてみると、過去に起こった殺人事件は魔王がいなくなった地域でのみ発生していた。その原因はどれも相手の命を奪うほどのモノなのかと思えるようなモノばかりであった。

 あの魔王の言っていることも一理あるのではないかと思ってしまったのだが、魔王の戯言に流されるような事ではいけないと思う。力を失っているとはいえ、あの魔王は人間の本能に直接訴えかけることが出来る能力を持っていたのだ。能力を失ったとしてもそのノウハウは失われていないのかもしれない。

 久々に会った話の通じる魔王であったために相手の話を聞きすぎてしまったのだが、あいつの話を聞いたところで結果が変わるわけでもないのだ。あの魔王がこれからどうなるのかは、俺と会う前に全て決まっていたのである。

 それにしても、終業時刻に合わせて話をしてくれたのはあいつなりの人心掌握術なのだろうか。少しだけあいつのことが気にはなっていたが、俺は明日の尋問相手の事を理解することで必死になっていた。


「明日は話が通じなそうな相手だな。困ったもんだ」

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