第3話 トップセールスマンの言い分



「粗悪品です、ときたか」


 しばらくゲーツは何かを考えている様子で黙っていたが⋯⋯ふーっと息を吐いたあと、ニコッと笑顔を浮かべて頷きながら言った。


「お前の言うとおりだ。あれは剣として見たらゴミそのもので、鉄の無駄遣いだ」


 まさか同意されるとは思っていなかった。


「な、なら⋯⋯」


 そのまま、あの剣を売るのを止めるように、と説得しようとすると⋯⋯。


 ゲーツは一転、表情を怒りに染めて叫んだ。


「偉そうな事言ってんじゃねぇぞ! アッシュ! じゃあ、お前が毎月受け取ってる給料、どこから出てんだ! 俺が必死に駆けずり回って、客にお前の言うゴミを売りつけて、それでギルドに入る手数料からじゃねぇのかよ!」


 それを言われると、立つ瀬がない⋯⋯。


「そ、それは⋯⋯そうです、けど」


「確かにな、あんな見栄えだけの剣を買って、おっ死んじまう冒険者もいるかも知れねぇ」


「な、なら⋯⋯」


「だけどな! 世間の風潮にのっかって、あの剣を買うと決めたのはソイツだ! 冒険者が何を買うかまで、俺達は責任持たなきゃいけねぇのか!? 誰が何を買うかなんて、俺らが決めることじゃねぇだろ!」


 流石にトップセールスマンだけあって、ゲーツの舌鋒ぜっぽう正鵠せいこくを突いた。

 

 その通りだ、と納得するしかない。

 冒険者なら当然、どの武器、どの道具を使うのかをしっかり吟味して、自分の身を守る。

 それは彼らの仕事で、責任だ。


 俺たちが与えるのは、あくまで選択肢。

 選ぶのは彼らだ。


 ⋯⋯でも。

 俺も元冒険者として、譲れないラインはある。


「そ、それでも俺、は、良いものを売って、お客さんに、喜んで欲しい、役に立てて欲しいです。俺が売った武器が原因で、無駄死になんて、しないで欲しい、です」


 なんせ失敗すれば、失われるのは命。

 他の仕事なら、失敗は次に活かす教訓になるかも知れないが、冒険者の失敗はそのまま死に繋がる。


 冒険者は、極力失敗が許されない職業。

 死ねば、次は無いのだ。


 粗悪品を売るのは、その事実から目を背け、彼らの死に加担する事じゃないか?


 俺が絞り出すように言うと、ゲーツはジッとこちらの事を見ていたが、やがて忌々しそうに言った。


「チッ⋯⋯あのなぁ、剣を持つのは何も冒険者だけじゃねぇぞ?」


「えっ?」


「例えば貴族の坊ちゃんが、見栄えを良くしようなんて目的でもあの剣を買ってんだ! シャルネスもそんな需要に応えるために、俺の提案を参考に、日夜試行錯誤してんだ!」


「あっ⋯⋯」


『商人の仕事は、需要に応える事。こだわりを客に押し付ける事じゃない』


 武器屋のオヤジさんに言われた言葉が頭をよぎる中、ゲーツはさらに話を続けた。


「性能を求める、そりゃあ確かに鍛冶職人が目指すべき事の一つだろうさ。だけどな、切ったはっただけが剣の役目じゃねぇぞ! 人にはそれぞれの向き不向き、頑張り方があるんだ! それをお前は、選んだ側に責任はないが、作った側はなんでもかんでも責任があるとでも言いたいのか!?」


 そうだ。

 いちいちその通りだ。

 俺は元剣士だから、剣に道具としての性能を求め過ぎてるだけだ。


 あの剣のコンセプトは──デザイン重視。

 見栄えの良い剣が、手頃な値段で手に入る。

 それがあの剣の持つ利点。


 貴族にとっては、見栄えこそが彼らが重視するべき価値観。

 剣という装飾品で、自分の見た目を飾り付け、少しでも良く見せるのが彼らの戦いだ。


 その観点から言えば、確かにあの武器は優れている。

 

 見た目を重視する客の要望に応えようと、頑張った職人。

 一方、経験不足ゆえ狭い視野で物事を捉え、頭から否定した俺。



 ⋯⋯何様だ、俺は。


 ゲーツの言葉は、俺には無い視点からの物で、いちいち的を射ていた。

 反論の余地などなく俺が黙っていると⋯⋯。


「さっき俺は言ったよな? 人には向き不向き、それぞれの頑張り方があるってな?」


「⋯⋯はい」


「理想論なんざ聞きたくねぇ。お前が信じる物があるんなら、そのやり方で──結果を出せ。相手を納得させるのは御大層な言葉や理念じゃねえ、いつだって⋯⋯結果だ」


「そう⋯⋯ですね」


 その通りだ。

 冒険者時代だってそうだった。


 自分はろくな成果を上げられないクセに、偉そうに他者を品定めする人間なんて見向きも⋯⋯いや、そもそもそんな奴はすぐに引退するか、死んだ。


「お前が上手く話す事なんて期待しちゃいねぇよ。俺を黙らせたけりゃあ、結果を出せ。俺たちはな、武器売ってナンボなんだよ⋯⋯」


 これで話は終わりだと言わんばかりに彼は踵を返し、俺の前から立ち去った。

 その背を見ながら、ゲーツや、武器屋のオヤジさんが言っていた事を考えてみる。


 ──俺は甘いのだろうか。

 この仕事を、この先もやっていけるのだろうか、と。


 とりあえずクビを避ける為にも⋯⋯惚れ込んだベルンさんの剣だけじゃなく、他の職人が作る武器を売る事も、考えてみるべきなんだろうか?



────────────

 



 ギルドでの報告を済ませ、次にベルンさんの工房へ向かう。

 どうしても足取りは重い。

 だが歩を進めれば、遅かろうといつか目的地へと辿り着く。


 実際はそれほど時間を置かず、見慣れたベルンさんの工房が見えた。


 中から俺を見つけたベルンさんが手招きする。


 炉の排煙をするため入り口の戸もなく、開放的な造りのベルンさんの工房、その中へ通されて、いつものように向かいあって話を始めた。


「そうですか、今日も⋯⋯」


「すみ、ません」


「いえ、良いんです。⋯⋯私の武器に魅力が無いって事ですから」


 自嘲するベルンさんの言葉を、思わず否定する。


「そんな事ありません! ベルンさんの作る剣は素晴らしいです! 俺がその魅力をちゃんと伝えられないから⋯⋯!」


「アッシュさんだけです、そう言ってくれるのは⋯⋯」


 しばらく二人して黙り込む。

 ややあって、ベルンさんは口を開いた。


「実は⋯⋯工房を畳もうと思ってるんです」

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