第4話 背中の傷は剣士の恥
「えっ!?」
「良い物を作れば売れる、そう思って続けて来ましたが⋯⋯私の作る剣なんて、誰も望んでない。それがわかりましたから」
「そんな事⋯⋯」
無いです、とハッキリ言えなかった。
彼の言葉を、俺自身がこの一年で『証明』してしまっていたからだ。
「本当は、もっと早く辞めようと思ってたんです。でも、アッシュさんが一年前『あなたの剣を売りたいです!』って来てくれた時、本当に嬉しかったです。それまで、武器商人ギルドの方は誰も、そんな事言ってくれなかったから」
「⋯⋯」
「あと、アッシュさんには言って無かったですが⋯⋯」
「⋯⋯はい、なんでしょう」
「実は『工房支援制度』で、匿名で出資して下さった方がいらっしゃるんです。その方に配当も出せず、支援金がただただ減っていく状況が申し訳なくて⋯⋯」
⋯⋯知ってます。
それ、俺です。
冒険者時代の貯蓄から出資してます。
ベルンさんの技術を廃れさせるのは、大きな損失だと信じてるから⋯⋯。
「それで、せめて恩返ししたい、配当を出したい、と、その気持ちでこの一年やってみましたが⋯⋯やっぱり私の武器は古い、それがわかりました。他の職人みたいなデザインセンスもありませんし」
「そんな事ありません! 俺は、ベルンさんの剣が持つ、美しさを知ってます!」
「美しさ?」
「はい、それは機能美です。無駄を削ぎ落とした、斬る事、長く使うことに特化した剣。それがベルンさんの作る剣の魅力です!」
俺が言うと、ベルンさんは驚いたように目を見開いていたが、やがてクスッと笑った。
「本当に⋯⋯アッシュさんは変わらないですね。剣の事を語る時だけ、一年前と同じで饒舌になる」
「なら⋯⋯」
もう少し待って欲しい、そんな我がままを俺が口にしかけた時、ベルンさんが言った。
「ひと月待ちます。それまでに一本でも売れれば⋯⋯考えてみます」
ひと月。
それは奇しくも、俺がクビになるまでの期間。
「⋯⋯わかりました」
「あ、でも、アッシュさん、無理はしないでくださいね? 他に優先する事があれば、そちらをやって貰えれば結構ですよ。私なりに、気持ちの整理はついてますから」
「⋯⋯はい」
「結果として、出資者の方を裏切るのは心苦しいのですが⋯⋯これ以上ご迷惑をかけるわけにもいけませんし⋯⋯」
「わかり、ました」
頭を下げ、工房を後にする。
このひと月で、ベルンさんの武器を売りたい。
初めての成果を、彼の武器で達成したい。
その気持ちは強い。
──でも。
それをやっていると⋯⋯結局剣は一本も売れず、俺はクビになるかも知れない。
どうするべきなのか。
ベルンさんはそもそも、もう少し早く辞める予定だった、と言っていた。
じゃあ仮に、今さら剣を一本売った所で、彼にへんな未練を植え付ける事にならないだろうか?
ベルンさんは、もう気持ちの整理がついている、とも言っていた。
ならば、いまさら剣が一本二本売れたところで、ついた気持ちの整理を、乱す事にならないだろうか?
ならば俺は、やっぱり他の剣で営業する事に、自分のクビを賭けるべきなのでは?
そんな事を考えていると、俺は自分の失態に気が付いた。
「あ、手ぶら⋯⋯」
ベルンさんの工房に、営業資料などを入れた鞄を忘れてしまっていた。
慌てて来た道を引き返し、工房を覗くと、まだベルンさんはそこにいた。
声を掛けようとしたのだが⋯⋯。
ベルンさんは俺に気付く事なく、ただ、じっと自分が作った剣を見ていた。
その雰囲気に、俺が話しかけるのを
「⋯⋯続けてぇなあ」
「⋯⋯」
気付かれないように足音を消し、そっとその場を離れる。
歩きながら、自分の不明を呪った。
俺はとんでもない馬鹿野郎だ。
気持ちの整理がついてるなんて言葉を鵜呑みにして、それを言い訳にしてしまうところだった。
ベルンさんは単に、俺に気を使っただけだ。
仮に売れなかったとしても、俺が変に悪気を覚えないために。
俺が──頼りにならないから!
ベルンさんの剣をずっと見てきた俺なら分かるはずだった。
彼が、どれだけ物作りに細心し、心を砕き、情熱を注ぎ、取り組んできたかを。
そうじゃなきゃ、あんな剣は作れない。
そんな職人が、道を諦めるなんて簡単に割り切れるわけがないじゃないか。
──決めた。
これからひと月。
俺とベルンさんは一蓮托生だ。
彼の剣を売るために、俺は全力を尽くす。
背中の傷は剣士にとって恥。
事を成し遂げられず、クビを切られるにしても──それは前を向いて、だ!
「よし⋯⋯やるぞ!」
ひとりで宣言をしたのち、気合いを入れ直そうと考え、俺は『女神』に会いに行く事にした。
────────────
本来女神がおわす場所に、その姿はなかった。
女神のいる場所、俺にとっての神殿──ヘレナさんが経営する花屋だ。
この時間ならいつもまだ開店しているはずだが、今日は閉まっていた。
「定休日じゃないはずだが⋯⋯」
俺が女神不在に立ちすくんでいると、後ろから声を掛けられた。
「あっ! アッシュさんご無沙汰してます!」
振り返ると、そこに女神は降臨していた。
花屋の店主、ヘレナさんだ。
ヘレナさんとの出会いは、およそ一年とちょっと前。
師匠の墓に手向けるための花を買おうとここを訪れ、その時に一目惚れしてしまった。
しかもヘレナさんは美人というだけでなく、人と話すのが苦手な俺の言葉にも真摯に耳を傾けてくれるという、優しさも兼ね備えている。
それまでの俺は部屋に花を飾る習慣など無かったにもかかわらず、それ以来ここで頻繁に花を買うようになった。
ここ最近は仕事で走り回っていたので、あまり来れなかったが⋯⋯。
「あ、へ、ヘレナさん、こににちは」
「ふふふ、アッシュさんったら。こににちはになってますよ」
やんわりと指摘しながら、彼女が笑う。
ああ⋯⋯。
華やいだ彼女の顔を見ていると、気合を入れるために来たはずなのに、心が弛緩しそうだ。
いかんいかん。
とりあえず、ちょっと気になった事でも聞いてみよう。
「ヘレナさん、今日はお休み、ですか?」
「いえ⋯⋯あの、うーん」
「?」
「ちょっと娼館に所用がありまして、その」
「ああ、そうなんですか、娼館に⋯⋯娼館!?」
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