ドリーム・ワールド

ハタラカン

 


母なる火星を発ってから一ヶ月。

我々はついに目標の星に到着した。

「これが書にあった伝説の星なのね」

「ああ」

書とは我々の宇宙の成り立ちやルールが記述されている本の事だ。

火星人は全員これを読んで学び育ち、成人後も折に触れて読み返す。

全文を暗記していてもである。

安心するのだ。

己が偉大な被造物という事を確認するだけで誇らしい気持ちになれる。

何度確認してもし足りないくらい強い感動と喜びがあるのだ。

私含む全ての人間が書を愛し、書に愛されている。

その書にはこんな一文があった。

かつて人々は火星ではない別の星で暮らしていたが、その星が耐え難い腐臭を放つ穢れの塊と化したため、祖先は火星への移住を余儀なくされた…と。

百年後、天から降り注ぐ奇跡によって星は清浄を取り戻しているだろう…と。

今日はその百年後から一ヶ月。

我々は本当の故郷に帰ってきたのだ。


「ん〜いい空気!

思ったより綺麗で安心したわ!」

「残念ながら、見てくれはウチのディスポーザー以下だがね」

調査チームを組むワイフと地上に降り立って感想を言い合う。

ワイフは歴史ロマンに震えていたが、私にとってこの星はまさに屑籠くずかごだった。

溶解した人工物のガレキ山と、そこを無秩序無遠慮に侵す植物の群れ。

成れの果てという言葉が良く似合う。

調査が終われば次はこれの片付けをやらされるのかと思うと、ワイフが日頃私に指図する家事など可愛らしいと感じるほどだ。

「せめて私のカラテが通用する程度のモンスターでも現れてくれれば退屈せずに済むのにな」

「んもう、あなたったら!」

なんて調子に乗った矢先だった。

「んっ!?」

「どうしたの?」

「生き物の気配がした」

「ええっ!?」

そんなはずはない。

降りる前にドローンやレーダーによる入念な索敵を行なっているのだ。

ここは動物が存在するエリアではなかった。

私とワイフ以外に動く物は有り得ないはず。

可能性があるとすれば、ドローンの行動範囲外かつ電磁波を遮断できる施設が地下にあり、我々が降りた後でそこから何者かが出てきた場合だが…?

ともあれ、私は男として夫として勇敢な立ち振る舞いを求められていた。

ワイフの尻は敷かれるものであって隠れるものではないのだ。

「誰だ!?出てこい卑怯者め!」

ブラスターを構え、油断なく周囲を警戒する。

「ででで出てきなさい!

今なら風穴ひとつで許してあげるわ!」

すっかり観光気分を失ったワイフは銃口を小鳥のくちばしのようにせわしなく動かしている。

「おいおい落ち着けハニー。

そんなに振り回したら私にも当たる。

そいつでハートを撃ち抜かれたらホントに死んじまうぜ」

「ごめんなさい、わたしったら動転しちゃって」

なんとかワイフをなだめた私は再び呼びかけた。

「隠れていても無駄だぞ!

こんなゴミ溜めは必ず掃除される!

地上の廃墟は残らずデブリの仲間入りだし、地面は真新しいリニアロードで舗装される!お前の居場所はいま我々の目の前にしか無いんだ!

地下で生き埋めがお望みなら勝手にするがいい!

5秒だけ待ってやる!5!4!3!…」

祈りながらカウントを刻む。

どうか私の人生よ、ホームコメディであってくれ。

エイリアンもゾンビもいらない。

出すなら保護欲をかきたてる小動物か美女にしてくれ…!

「あなたっ!あれっ!」

ワイフの叫びと同時、私は祈りが裏切られた事を知った。

廃墟から出てきたのは、見るもおぞましい怪物だったのだ。

「どの面下げて戻ってきた…」

しかも喋りやがった。

あろうことかそいつは私達人間の姿を模倣もほうし、言葉までも盗用していた。

それは私の想像が全く及ばぬ、吐き気を催す邪悪な冒涜であった。

「ウッ、ウゲッ」

打たれ弱い所のあるワイフはすぐさま昼のチリバーガーをぶちまけてしまっている。

本音を言えば彼女にならいたい気分だが、ここでくじけりゃ男が廃る。

「何者だっ!名を名乗れ悪魔め!」

ありったけの威厳を込めて問う。

が、悪魔は一切動じていない。

当然か。

偉大な被造物の姿を真似るなんて罰当たりを堂々とやってのけているのだ。

それこそ天に怒鳴られても恥を知る事は無いだろう。

「俺の名前なんぞどうでもいい。

それより答えろ。なんで戻ってきやがった」

「何故だと!?

知らんのか、この星は元から我々の物だ!」

「プッ!元から我々の物だと…クククッ…ハハハハハハハッ!」

「何がおかしい!

そうだ、お前こそ何故この星にいる!?

お前如き紛い物は地獄にいるべきだ!」

「ハハハハハッ!ハー…そうか、俺にとっても他人事の昔話だったな、厳密には。

火星の若造が知らんでも無理はない。

いや、むしろ必然だろうよ。

現実逃避はお家芸だもんな」

同じ言語を用いているはずなのにまるで意味がわからなかった。

しかし私はその不一致を喜んで受け入れた。

悪魔の言葉に惑わされぬ強い意志は私が偉大な被造物である紛れもない証なのだから。

「教えてやる。

お前らの祖先はな、移住の時とんでもない置き土産をしていきやがったのさ」

「なに…!?」

「ミサイルシャワー。

核弾頭の雨あられだよ。

本国にあったやつを根こそぎ打ち上げて、本国ごと全部焼き払うのに使ったそうだ。

当たり前の話、他の保有国も黙っちゃいなかった…まあヤケクソだったんだろうな。

結果、直撃を免れた小島と海上以外は常日頃からシェルター住まいしてるような変人しか生き残らなかった。

フフッ、フフフフッ…こんなゴミ溜めと言ったな?

地球をゴミ溜めに変えたのはテメェらの血筋なんだ!

この有様は全部テメェらの責任なんだ!」

「でっ、デタラメだっ!何を言われても私は悪魔なんかに屈しないぞ!」

「ふん、昔爺さんらに聞かされた通りだぜ…何言っても肩車をせがむ事しかしねえ。

実はな、俺ぁ半信半疑だったんだ。

肌の色が気に食わねえなんて馬鹿げた理由で自分たち以外全部消しちまおうとするなんて、そんな狂人がいるわけねえと思ってたんだ。

きっと何かの事故でこうなったんだって楽天的に考えてた。

地下と大差ねえ空を見上げてる時も、友達と殺しあってる時も、家族の肉を食ってる時もだ。

だがテメェの言い草聞いて確信したぜ。

爺さんらが真実を語ってたんだってな!」

悪魔が長い塊を我々に向けてきた。

先端に穴が空いたデザインから察するに銃の一種らしい。

さしもの悪魔も人類の叡智であるブラスターまでは模造できなかったか。

「ここらじゃ俺が最後の生き残りだ。

他は知らん。

さあ、答えるだけ答えてやったぞ。

次はテメェの番だ…なんのために戻ってきた?」

「悪魔は魂だけでなく耳まで穢れているのか?

もう答えてある!

この星は元から我々の物だとな!

自分の故郷に帰ってくるのは当然だろう!」

「それじゃ何かい?

汚すだけ汚して逃げた挙句、綺麗になってきたらまた仲間に入れてくれってかい?

聞きしに勝るねこいつぁ…」

「悪魔の耳はよほど都合よくできているんだな。

この星は我々の故郷だ。

お前のではない。

我々がお前の仲間に入るのではない。

お前が我々のもとで悔い改めるのだ」

「クソ喰らえ!帰れ母殺しが!

帰って火星に白ペンキ塗りたくってマスかいとけ!」

ちっとも話が通じない…このままでは頭がおかしくなる。

私は正気を保っていられるうちに引き金を引いた。

「ぐわっ…」

真空中では宇宙船にも穴を開けられるブラスターだが、大気中で減衰した場合さほどの威力は無い。

カタログスペックでは10ヤードでテーザーガン並の殺傷能力だったはずだ。

模造品の悪魔が倒れたので、私は生死を確認しに近寄った。

「う…ぐ…」

まだ息があるか…。

さてどうしたものか?

そう思案に暮れようとした時、追いついたワイフから光線が走り、悪魔の額をやすやすと貫いていった。

「どうしたっていうんだ?

そんな焦って殺さなくても…」

「どうしたですって?

それはこっちのセリフよ。

どうしてすぐに止めをささなかったの?

いいえその前に、どうして悪魔と会話なんてしたの?」

ワイフは顔面蒼白になりながら興奮していた。

ゴキブリと同衾どうきんした夜のように嫌悪感と敵意で満たされている。

「見なさいよこのクソッタレの姿を。

チリチリに歪んだ髪、ゴリラみたいな顔、そして何よりこの黒い肌!

おおやだやだ!

どうせ人間を真似るならもっと上手くやればいいのに!

こんなのと言葉を交わすなんて馬鹿げてるわ!」

「しかしだね…書にもあるじやないか。

黒いのは我々に用意された奴隷だと。

これがそうだとするなら、一応保護すべきかと思ったんだ」

「ダメよ絶対にダメ!

もし繁殖能力までコピーしてたらどうするの!?

私達は無事でも飼い主が犯されるかもしれないでしょ!?危険すぎるわ!」

一理ある。

そもそも我々はもはや奴隷など必要としていない。

叡智により誰しも自由を謳歌できる。

仮にこの悪魔が書にある奴隷だったとしても、科学力と比べれば荷物に等しいだろう。

「わかった。

今はただ独り立ちできた事を喜ぼう」

「ありがとう。

でも思い上がっちゃダーメ。

私達は常に書と共にある。でしょ?」

「そうだな、補助輪を外せたという事にしておくか」

「ええそうね。

地面を汚す前に外せて本当に良かったわ」

ハハハと笑いあう。

そこへ他のチームから通信が入った。

「よう!まだ生きてるか!?」

「一生妻の尻に敷かれる事を生きてると言えるならね」

「早く楽になるといい。

奥さんなら気にするな。

オレは寝てるだけのお前と違って前から後ろから満足させてやる」

「地獄に落ちろ。何の用だ?」

「人間モドキには会ったか?」

「この辺の最後の一匹を自称する奴を仕留めた所だ。まさかそっちにも?」

「15匹いたうちの6をやっつけた。

黄色と赤と、白いのまで居やがる」

「白…それは人間じゃないのか?」

「似てるが違う。臭い。白さが足りん。

元は人間だったのが穢れちまったのか、精巧な偽物か…。

どっちみち生かしてはおけねえがな!」

「全くどうなってるんだ?この星は…」

「書の通りじゃねえか。

宇宙のルールをコケにした連中が住み着いてるんだ。

昔はもっと大量に居たとしたら、そりゃ捨てたくもならぁな!」

「なるほどな。

穢れとは悪魔どもの存在そのものか」

「しかしまぁ、宇宙ってのは案外手抜きがお好きなようで。

なぁんでこんな奴らを野放しにしてきたのかね?」

「滅多な事を言うもんじゃない。

天罰なら今まさに下っている最中なんだろ?」

「ハハハッ違えねえ!オラオラくたばれ!」

「手伝ってやろうか?」

「邪魔すんな!

船で母ちゃんのおっぱいでも吸ってろ!」

通信が切れると、平常心を取り戻したワイフが尋ねてきた。

「なんだって?」

「早く子供の顔を見せろとさ」

「まあ!フフフッ!」


10年後、私は思い出の地を家族で歩いていた。

「ほら見て?

ここでパパが悪魔をやっつけたのよ」

「わーかっこいー!

ボクもやっつけたーい!」

「ハハハ残念だったな、悪魔はキミが生まれるよりずっと前に全員退治されたんだ」

謙虚なワイフが手柄を譲ってくれたその場所はもう元の面影を一片たりと残していない。

火星百周年記念の地球再建計画により、ここから20マイル四方どちらに行ってもかつてのゴミ溜めは見当たらないだろう。

実に清々しい気持ちだ。

宇宙をあるべき正しい状態に近付けられた確かな実感が心地良い。

悪魔が何か言っていたって?

忘れた。

どうせ人間をたぶらかす戯言に決まってる。

あの時少しでも耳を傾けた私が愚かだった。

悔い改め、正義を享受しよう。

この夢のように美しい世界を。


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