第20話 新しいミッション

「レイ、本部より新たな依頼が届いている。」


 朝の7時院の地下室。今日は予定していたよりも早く起きてしまったため、クロエの屋敷で少しのんびりしてから院まで来た。今日はそれほど寝てないというのになんだか心も体も軽い気がする。

 昨日の夜になんかマッサージを受けるとかそんな話をしていた気がするが、その後のことはよく覚えていない。俺が分かるのは朝起きたら隣にクロエが寝ていたということくらいだ。俺に抱き着いていた状態で、だ。……気持ちよかったなあ。


「おいレイ!しっかり聞いてるのか!?」


「はい!聞いています!新しい依頼ですよね!何ですか?」


 危ない危ない。朝のあの感触を思い出していたらうっかり上司の話を聞き逃すところだった。仕事の話だからね。うん、気持ちを切り替えないと。


「まあ聞いているならいい。お前に来た新しい依頼は、今回はちょっとばかり厄介で難しいぞ。」


 上司がそう言うなんて珍しい。大抵のことは、お前ならなんとかできるだろ、で終わるのだ。難しいと言っているということは、俺の手に余る可能性があるということだろう。さて、どんな依頼なのか。


「どんな依頼ですか?」


「【魔物姫】を探れとのことだ。」


 【魔物姫】。隣国の第2王女で名前だけは知られている女性に付けられたコードネーム。決して魔物を束ねる王様とか物語のラスボスとかそういった人ではない。ただ魔物の研究をすることが好きな姫様だと聞いている。彼女にコードネームが付けられたのはその莫大な知識量が危険視されたからである。


 魔物とは人間にとって害となる動物のことを指す。魔物は元は普通の動物として生まれるはずだった動物の赤ちゃんが、生まれる前に悪しき精霊に憑りつかれたことによってその存在を改変させられた悲しい生き物だとされている。改変というのは外見通りで、魔物は元の動物をモデルにどこかしらが変化をしていることが多い。


 そんな魔物は俺たち人間と同じく技能を使う。ゆえに騎士が定期的に間引くのだが、それはここでは関係ない話。ここで関係するのは魔物の死骸のことである。魔物は死骸となると“魔臓”を残す。これは心臓と悪しき精霊の残滓が融合されて生まれたものとされている。これはとある分野で必要不可欠な素材なのである。

 また、進化と言ってもいいような変化を遂げた魔物は、死骸となると、人間にとっての価値が大幅に上昇することがある。例えば、蛇をモデルに進化した毒特化の蛇の毒とか、トカゲをモデルに進化した硬さ特化のトカゲの皮とかがこれに当たる。これもまたとある分野で重宝されることになる。


 そしてそのとある分野というのに特化した人間が【魔物姫】で、そのとある分野というのが“魔物配合”と呼ばれる分野である。“生命創造”とも呼ばれたりする。ロボットを組み立てるがごとく魔物の素材で原型を創り上げ、ロボットに電池を入れるがごとくその原型に魔臓を入れる。こうすることで人工的に未知の生物を作成することが可能なのだそうだ。難しいことは分からないけど。


 ともかく、その分野の知識を大量に持っている彼女は前々から危険視されてはいた。なぜなら彼女なら特攻するだけの自爆モンスターとか偵察用の透明モンスターとかも自由自在に作ることができるのだ。危険視されないはずがない。


 だが、彼女は今まだ見逃されてきた。彼女が隣国の王女だからだ。隣国とは友好関係を築いているし、何より純粋な戦闘力を持たない王女が政治や軍事に関与することはあの国では原則禁止されているのだ。だから彼女は趣味の範囲でしか生命創造をやらないだろうと結論付けたのだ。


「なぜ今更【魔物姫】を探るので?」


「簡潔に言うと、隣国との関係が悪化した。どうやら王国に第2皇女をパーティーに招待していたのだが、直前になって帰国してしまったらしい。原因は第2皇女のことをうちの第2王子がこっぴどく嫌ったかららしいが、第2皇子本人はそんなことしてないと言っているらしい。」


「……何ですかその小説みたいな展開は。」


「残念ながら事実なんだよ。」


「ということは、俺は彼女が怒って何かのモンスターを作りださないか監視する。もし、作った場合は始末するってとこですか?」


「いや違う。彼女の好きな食べ物や趣味を探ってきてほしいんだ。」


「……は?」


 さすがにちょっと何言ってるか分からない。というか想像の斜め上を行きすぎだろ。こっちの王子が一方的に悪くて、機嫌取りのために彼女の好きな物が知りたいと。いや、子どもか!というか、そんなことにこの組織を使うなよ!


「だから、彼女の好きな物を調べてきてほしいんだよ。」


「いやそれは分かりましたけど、それって俺じゃなくてももっと階級の下の子らでもできると思うんですけど。」


 この組織は仕事の達成度や武術の練度等によってランク付けされている。これは探索者ギルドと同じ方式を採用している。下から順に、FEDCBASとなっている。ちなみに俺はAランクだ。武術の評価だけならCランクで、技能を含めたらBランク、さらに組織への貢献度を加味してAランクとなっている。この組織の構成員は結構みんな武闘派だからね。そのフィールドで戦ってはいけないのだ。


 そんなことはともかく、王女様の好きなものを知るくらいそれこそEランクでもできるだろう。町の人や王城に勤めるメイドや料理人に聞きまわるだけだから簡単な仕事だ。強いて難しい点を挙げるなら、相手側に悟られないようにすることくらいだろうか。


「ああ確かに普通ならそうなんだが、【魔物姫】は少し特殊でね。嫌いなものはすぐわかるだろうけど、好きなものを知るのは難しいんだよ。」


 よくよく話を聞いてみると、どうやら【魔物姫】は周囲から結構嫌われているらしい。理由は簡単。一日中魔物の素材をうっとりと眺めたりしているかららしい。そりゃそうだよね。生物の死骸を眺めることや生命を作り出すことに喜びを見出す人なんて、好かれないわ。うん。命を弄んでいるようにしか見えないしね。だからメイドさんや料理人もひたすら彼女を毛嫌い、ひどい場合は嫌がらせをしているらしく、好きな物が魔物以外で何も分からないそうだ。

 しかも。第2王女は隔離されているらしく、めったに自分の部屋(研究室)から出てこないらしい。……確かに厄介そうな仕事だ。


「ん?そもそも調べなくても、魔物の素材を提供すればいいんじゃないですか?」


「そうなるよね。でも、それは無理なんだ。なぜなら、こっちの王子が何故か魔物を相当嫌っているからね。素材を見るだけでも嗚咽してしまうほど嫌らしい。」


 なんとわがままな王子だろうか。というか、そんなだったら仲直りしてもすぐ破局する運命しか見えないんだが、その辺はいいのだろうか。


「とにかく、君の仕事は【魔物姫】に直接会って仲を深め、彼女の好きなものを調べ上げること。そして、再び帝国と王国が同じ席に着くようにおぜん立てすること。理解したかな?」


「うん、まあ、理解はしました。けど、なんか最初より要求増えてません?」


「まあ、そっちのほうがレイは得意だから良いでしょ?とにかく、通行証の作成とか探索者用の装備の作成とか諸々やらなきゃいけないことがあるから、担当の人が来るまでこの資料を読み込んでおいてね。」


 そう言って渡された資料は、王都と王宮内の地図、頻繁に出る魔物の種類、現段階でわかる【魔物姫】の情報、向こうで協力してくれるスパイ仲間の情報、騎士団についてなどなど。……おい、ちょっと待て。


「もしかして、騎士になって魔物を討伐して、直接素材を王女に提供して仲良くしよう!みたいな作戦だったりしますか?」


「さすが【ブローカー】。よくわかってるじゃないか。」


 くすくすと笑いながら俺をからかうように言ってくる上司。最悪な上司だな。


 とにかくこれで俺の次のミッションは長期にわたるということが分かった。クロエとの仲を深めたかったから王都の外にはあまり出たくなかったのだが、仕方ないか。短くて半年といったところかな。ちゃっちゃっと終わらせて、王都に帰ってくるとしますか。



 ……。……まあでも、本音を言わせてもらうなら、



「めんどくせえええええ!!」


「ふふふ。まあそう言わないでくれよ。」


 ああ腹立ってきたわ。主にこの国の王子に。




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