第19話 一段落

「お疲れさまでした。兄様。」

『兄様お疲れ様―!』


「おう。後片付けは向こうがやってくれるそうだから、短剣だけ回収したら屋敷に帰ろう。Bは連れと一緒に先に帰っておいてくれ。」


「了解。」

『了解!』


 俺は最初に倒した二人の男のもとまで行き刺さっていた短剣を抜き取る。この短剣は非常に高価なのでなくしたり捨てたりするわけにはいかないのだ。


「それじゃ俺たちも帰ろう。」


「はい。あ、手は繋いで帰りましょうね。」


「……へいへい。」


 ……俺は子どもじゃないっての。




***

「旦那様、お疲れさまでした。」


 クロエの屋敷の玄関の扉を開けると、なんとクロエ本人が玄関前で出迎えてくれた。なんかこう言うのって嬉しいよね。仕事帰りの旦那さんを笑顔で妻が迎えるっていうシチュエーション。うん、最高だ。


「ただいまクロエ。手段は変えちゃったけど結果は変わらないと思うから問題ないと思うんだけど、どうかな?」


「もちろん問題ありません。そもそも屋敷ごと破壊しようとしていたのは私の支配力を高めるためでしたので、私主導で計画を進められるのであれば特に今後に支障をきたさないでしょう。」


「ああその点も注意して契約書を作ったから問題ないよ。後で詳細は説明するから、とりあえず水を貰っていいかな?全身血まみれだから流しておきたいんだよ。」


「分かりました。それでは水浴び場までご案内いたします。」


「あ、待って待って!」


 玄関から水浴び場に行こうとする俺たち二人をBが呼び止める。


「どうした?何かあったか?」


「兄様に依頼が届いたみたいだよ!明日の朝7時に院まで来てほしいんだって!」


 依頼が来たかどうかは自分の簡易携帯電話のような魔道具でわかるようになっている。今回は自分の物を院においてきていたため、Bの方に連絡が来たのだろう。少々めんどくさいが、無事この件は終わった後だったしタイミングが良いと言えば良いだろう。


「分かった。となると今日は早めに寝ないとな。クロエ、説明は明日の夜でも問題ないか?」


「もちろんです。今日は私も疲れていたので早めに寝たかったところなんですよ。」


 優しく微笑みながらこちらを気遣ってくれるクロエ。俺が気に病むことが無いような言い回しをあえてしてくれたのだろう。本当にありがたい限りだ。



 この後は水浴び場で服と自分を洗い血を落とした。前世では風呂なんてものや洗濯機なんてものがあったが、下界にそんなものは存在しない。そもそも風呂くらいは貴族街の家にあるが、洗濯機っぽい魔道具というのはないのだ。いちいち手洗いするのは面倒だが、まあ文句を言っても仕方のないことだろう。


 水浴びの後は軽く食事をとった。食事はここでメイドまがいのことをしているメアリーという人がすべて作ってくれたらしい。トマトスープとパンという簡素なものであったが、味付けは非常に美味しくとても満足した。




***

 …………。


「えっと、おやすみなさい?」


 さっき自分も早めに寝たいと言っていた彼女がなぜか俺が寝ている部屋までネグリジェの格好でやって来た。服装は全体的に紫色でまとめられているワンピースのようなものなのだが、魅力的な場所である胸や足には布が少なく、柔らかい生地でできたその服は彼女を柔らかくそして艶やかに見せていた。……うん。おやすみって言いに来ただけだよね。きっとそうだ。


「おやすみなさい、と言いたいところですが、今夜は最後に私からマッサージをしてさしあげます。」


「ま、マッサージ、ですか。」


「そうです。マッサージです。今日は非常にお疲れでしょうから私が寝る前に少しでもその疲れを取って差し上げようかと思いまして。」


 ……。寝る前のマッサージって何だろう……。うん、まあ、あれしか考えられないよね。


「そ、そう、ですか。で、でもですね、クロエさん。だとしたら、それはおかしくないですか?」


「ん?それってどれのことですか?」


 口元に軽く手を当てながら妖艶な笑みを浮かべるクロエさん。あ、これ分かって聞いてきてるやつだよね……。


「その、隣に佇んでいる精霊、のことです。あ、あの、きょ、今日はすでに霊力を使い切っている、ので、それやられると、ちょっとまずいかな、って、あははは」


 霊力とはMPのようなものである。技能を使用する際や憑依している間は霊力を消費する。俺の所有する第四階位精霊の場合、全力戦闘をすれば30分も持たない。そして霊力を全て使った場合、全回復までは丸1日かかる。


 そのため今の俺は霊力がほとんどない状態だ。いや、緊急事態のために少しは残しているが……もしかして、今がその緊急事態か?


「うふふ。何もまずくないですよ。ほら、体の方は正直みたいですよ。」


 彼女は若干目線を落としてそんなことを言う。いや、だって目の前にこれでもかと色香を出した綺麗なお姉さんがいたら、こう、むずむずしちゃうよね。


 そんな満更でもない表情をしていたのであろう俺を見て、両手を膝に当てて少し前かがみになりながら目線を合わせて追い打ちをかけてくる。


「今日はほんの少しだけです。明日も早いですので少しだけ。少しだけならいいですよね?」


 彼女のうるっとした瞳を見つめているともう何でも許してしまいそうになる。それにその体勢のせいでより胸が強調されて、暴力的なまでの魅惑攻撃に今の俺は晒されている。……やばい、もう我慢できなくなってきた。少しだけなら、いいよね?


「それでは、一緒にベッドの方まで行きましょう。大丈夫です。私に身を委ねてくれるだけでいいんですよ。」


 だんだん頭がぼーっとしてきた。あ、やばい。これ前経験したクロエさんの技能だったはず。これに掛かったらなんかダメだった気がする。やばい、起きないと……!


「はっ!げ、げふんげふん。きょ、今日はクロエも疲れてるだろうから寝たほうが……」


 俺が必死に頭を振って思考力を取り戻し、言葉をなんとか紡ごうとした瞬間、クロエさんの隣にいた精霊が輝きを1段増すと同時に、頭を優しく包み込まれる。……む、胸が、あぁ。


「大丈夫ですよ。私は旦那様の力になりたいんです。だから、旦那様は何も考えず、気持ちよくなることだけを考えてください。」


 気持ちよくなる、こと、だけ……。


「そうです。その調子です。……では、ベッドの方まで行きましょうね。」


 ……。


 ……。


 ……。




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