第13話 プロポーズ

「はあ。手を繋いで来たから予定より遅くなったじゃん。」


「へえ。そんなこと言っていいんですか。私がうっかり口を滑らせてしまってクロエさんに告げ口してしまう可能性も『悪かった悪かった。』……分かってくれたなら問題ないです。」


 手を繋いで歩いてきたのは第5エリアの主が住んでいる館。大きさは前世で言うところのスーパー程のサイズだろうか。この辺りの家の中では最大サイズだ。


「さて、今回は俺が一人でやるから何かあったときの対処は任せたぞ。」


「承知しました。まあおそらく私の出番はないと思いますが。……うん?」


「どうした?」


「あそこ。クロエさんがいます。」


「え!?」


 Cに言われた方向を見てみると、館の近くに立っていた小さな建物の陰に、クロエとBがいた。当初の予定では俺とCが破壊活動をしている間は、クロエは待機だったはずだが、何かあったのだろうか。


「クロエ、どうしてここに?」


「うふふ。お疲れ様です、旦那様。今日は少しわがままを言ってこちらに来させていただきました。」


「わがまま?何かしたいことことでもあったのか?」


「奥様は兄様の戦闘が見たいようです!今回は私の技能を部外者に使用してもいいか、その許可を得に来たのです!そして奥様は許可が得られなかったときは肉眼で見ようとここまで来たというわけです!」


 どうやらクロエは俺の戦闘を見るためにここまで来たらしい。俺の戦闘ってCに比べたら地味だし、見どころないと思うけどそれでもいいのかなあ。


「まあ、限定的な使用なら問題ないだろう。だけどクロエ、俺の戦い方はあまり面白くないものだし、血も多く見ることになると思う。それでも見たいか?」


 彼女の目を見つめて覚悟があるのか確認をする。女性にするには少しばかり威圧感を出し過ぎたかと焦ったが、彼女はそれをしっかり受け止めて、それでいて真面目に答えを返してくる。


「もちろんです。この作戦を考えたのは私です。ですので、それによって生まれる命の奪い合いは、もとをただせばすべて私の責任です。その責任から目をそらしてはいけないと思います。」


 強い人だと、心の底から思う。俺自身初めて人同士の殺し合いを見たとき、精神的にひどく苦しかった。もう二度とこんなもの見たくないとも思った。でも、そうしなければ自分が死ぬからやった。しかしその時は、自分が人を殺していると自覚すると壊れてしまいそうだったから、意識は底に沈めて非情で冷酷な殺戮マシンと化した。

 だが何度も繰り返すうちにそれではいけないと悟った。俺は彼らを殺したということに責任を持たなければいけない。もしそれができないなら、俺は犯罪者と何も変わらないことになる。だから少しずつ矯正していった。2年ほどかけて。


 その覚悟を、彼女は俺と同様に持っていたのだ。彼女にどんな過去があるのかは知らないが、悲惨なものだったことは想像に難くない。実際の俺の精神年齢より10歳は若いころからそんな覚悟を持たされ、その中で生き抜くなんて並みの精神力では無理だろう。やっぱり彼女は俺にはもったいなすぎる女性だ。


「それに、旦那様の勇姿を見たいと思うのは、妻として当然のことでしょう?」


 これから戦いを控えている俺を元気づけるように、彼女は微笑んでくれる。これがどれだけありがたいことかある程度責任感のある仕事を任された人間なら分かってくれるだろう。信頼できる人、好きな人からの鼓舞というのは、想像以上に自分に力を与えてくれるものだ。今まで孤軍奮闘してきた俺にはなおさらだ。


「それなら今日は本気を出すとしようかな。クロエには良いところを見ていてほしいからな!」


「うふふ。期待していますね。」


 クロエの言葉が心に染みる。これほど気持ちの良い期待を向けられたことがこれまであっただろうか。


 だから、そんな彼女に応えるために、彼女の計画を完璧に実行するために、俺はここで失敗するわけにはいかない。


 俺はクロエに近づいていき、彼女の右手を両手で包み込むようにして軽く握る。


「約束だクロエ。俺は君の隣に一生いることを誓おう。そして、あらゆる外敵から君を守り抜くことを誓おう。悲惨な過去が薄れて消えてしまうくらいに、これからの生活を明るく楽しいものにすると誓おう。だからクロエ、見ていてくれ。俺が、君の隣にいる資格がある人間かどうかを。」


 これが俺がクロエにできる唯一の“癒し”だろう。俺には彼女のように人を癒すような綺麗な顔も声もなにも持っていない。持っているのは人殺しの過去と少しの前世の記憶と、それから文字通り他を寄せ付けない力だけだ。だから、彼女に俺が与えられるものは、力による安心感くらいしかない。

 今はまだ不安かもしれないが、この戦闘で圧倒的な力を見せることができれば、彼女を少しは安心させることができるだろう。


 彼女の隣にいるために、彼女の傷ついた心に少しでも寄り添ってあげるために、俺のできる精一杯を。


「……はい。しっかり、見ていますね。」


 彼女は頬を赤らめ、少し涙目になりながら俺の目を見つめてくる。その様子は暗闇の中で見にくくはあったが、月に照らし出されて輝く彼女の顔は今までで一番綺麗な表情だった。



 ……ただ。



「ねえねえ、二人とも!私たちのこと忘れてるよね!」

「兄様。いい感じのところ申し訳ないですが、兄様がクロエさんより頭一つ分小さいので、少し微笑ましく見えてしまいます。少しだけ不格好です。」


 こいつらがいるのを忘れていた。自分の顔が少し火照ってくるのを感じながら、彼女から優しく離れ、少し投げやり気味に言葉を投げかける。


「もう行ってくる!お前らは安全な場所で待機しとけよ!」


「ああ待って待って!Cも連れて行って!」


「ん?どうしてだ?Cが屋敷内にいる必要はないだろ?」


「兄様。兄様の戦闘ははっきり言っておかしいです。ですので、兄様視点でクロエさんが見たら確実に酔ってしまいます。解決策として私の視点を共有しようとしているのだと思います。合ってますかB?」


「そう!その通り!だから、Cも連れていくのだ!」


「それなら分かった。Cは自分の身は自分で守れよ。」


「承知しました。一応『憑依』をしておきます。」


「よし!それじゃあ行くか。」


 俺はネックレスの先端に付いている赤い宝石を握って九化貂ナインテンを召喚した後、こいつを身にまとうかのように憑依させ、全身から赤いオーラを噴出させる。一方Cも同様に自分の精霊を召喚した後憑依させ、全身から黄色いオーラを噴出させていた。

 これが俺たちの万全な戦闘態勢である。




 さあ、カッコいいところ見せつけるとしますか!




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