第11話 99点
約3週間が過ぎた。
「99点」
原稿は最終話まで完成し、最後のチェックをしてもらったところだ。この3週間、ただ、ひたすらに小説のことだけを考えて過ごしてきた。明日からは学校も始まる。こうして星川さんと過ごせるのも恐らく今日が最後になるだろう。だが、学校が終わってからまたいつものようにここに来ればいいだけだ、俺はそう思っていた。
「99点って、あと1点は?」
「それは自分で見つけないとね。うん、その1点を付け加えれば、提出しても大丈夫だと思うよ」
「あと1点……」
俺はうーん、と拳を額に当てて考えた。
「そんな難しいことじゃないと思うよ。そうだ、ヒロ。ちょっと外の空気吸いに行かない?」
「外って、どっか遊びに行くの?」
「う~ん、あんまり遠く行くと疲れちゃうから、ここの辺り歩かない?」
「まぁいいけど」
「じゃあ、いこっ!」
星川さんは強引に俺の手を引き、玄関の扉を開け放っていく。
「応募締め切り明後日だけど、緊張とかはしてない?」
俺と星川さんは小屋の周りの山道を、ゆっくりと歩きながら会話をしていた。
「緊張かぁ~。1人だったらしてたかも」
「それって私がいるから大丈夫ってこと?」
「そうだね。正直、俺、星川さんに出会ってなかったら小説家になるのあきらめてたかも」
目の前に小さな木でできたベンチがあったのでそこに2人で腰掛ける。その場所からは、俺の住んでいる家を含む、町全体が見渡せた。
「私も、ヒロと出会えてなかったら今はこんな風に生きていなかったかな」
「えっ、もしかして星川さん自殺しようとしてたの!?」
「違う違う! そんなことするはずないでしょ。うーんとね、そうだ。ヒロはどうして小説家になろうとしてるの?」
「俺? 俺は、自分の世界を色んな人に見てもらって、それで喜んでもらったり悲しんでもらったりしてほしいんだ」
「要は目立ちたがり屋ってこと?」
「そうなのかなぁ~。そうなのかもしれない。俺って目立ちたがり屋なのか?」
自問自答している俺を見て、星川さんはクスクスと笑っていた。
「ふふっ、面白いね。そんな真剣に考えてる人初めてみたよ、ヒロ」
何度目だろうか、星川さんに面白いといわれるのは。
「今日で夏休み終わっちゃうなぁ~。星川さんも明日から学校? ってかどこの高校行ってるの?」
「何、ヒロ。新手のナンパ?」
「ちーがーうー。そういえば星川さんのことあんまり知らなかったなって思って。聞いてなかったけど、もしかして俺より年上だったりする?」
「うんうん、ヒロと同じ高3だよ」
「そうか……。って俺いつ高校3年って言ったっけ!?」
「言ってはいないけど、進路の話とかしてるなら高3だろうなって」
「なるほど。星川さんって鋭いよね」
「ヒロのほうが鈍感なんじゃない?」
「かもしれない」
そんな他愛もない会話をしていると、どんどん日が傾いてきた。少し肌寒くなってきたのを身をもって体感し、秋の訪れを感じ始めていた。
「ヒロはもう帰っちゃうのよね」
そんな静寂を打ち破るかのように、星川さんが呟いた。
「そう……だね。流石に明日から学校も始まるから、一旦家に帰ろうと思う。たぶん帰ったら父さんにめちゃくちゃ怒られると思うけど」
「その時はまたここに来ればいいよ。私も毎日ここに来る。ヒロも毎日会いに来ていいよ」
そういわれた時は素直にうれしかった。家で嫌なことがあればここにまた来ればいい、そんな風に思うことができるようになっていた。
「ねぇ、ヒロ。もし小説家になることができたら、その時はどうする?」
「突然どうしたの? その時はもちろん、嬉しいかな」
「そうじゃなくて。このままこの町に住むの? それとも東京に行く?」
「あー全然考えたことなかった。そうだね……ここで暮らすってのもいいかもしれないけど、やっぱりそろそろ自立したいかな。バイトでお金貯めて、東京に行きたい」
「……いいね。その時は私のことも連れて行ってよ」
「え!? 星川さんも一緒に来るの?」
「何、嫌なの?」
「嫌……とかじゃないけど。星川さんは東京に来て何するの?」
「そうねぇ……。ヒロのアシスタントでもしようかな。ヒロの考えた世界を、私はもっともっと見たいな」
星川さんは両手を空に掲げ、まるで届かない雲を捕まえようとしているかのような仕草をする。
「俺は星川さんがアシスタントになってくれるなら大歓迎だなぁ。ってか、小説家にアシスタントっているの? 漫画家とかならよく聞いたことあるけど」
「う~ん、基本はいないけど、別に一緒に住んで隣で原稿読めばよくない?」
「……それって」
俺がそれ以上言葉を発しないようにか、星川さんが勢いをつけてベンチから立ち上がる。
「さっ、ヒロ。そろそろ家に帰って残りの1点を見つけないと。締め切り間に合わなくなっちゃうよ」
揺れる髪が夕日に反射して眩しい。ただ、眩しいのは夕日のせいだけではないのかもしれない。
「そうだね。家に帰って探そうかな。本当に簡単なんことなんだよね?」
「うん。きっとヒロなら時間はかかっても私と同じ答えを出すと思う」
「同じ答え……?」
「これ以上は自分で考えることー!」
「……分かった。明日は忙しくて来れないけど、明後日……も応募しなきゃいけないから無理か。じゃあ、3日後、応募が終わったら必ずここに来るから」
「うん、分かった。待ってるね」
俺はゆっくりとベンチから立ち上がる。
すると、星川さんがこちらに向かって手を差し出してきた。
「約束してね」
俺はその手を握るのが何故か怖かった。なぜだろう。明確な理由はない。ただ、脳の片隅に何かが渦巻いて離れない。
「うん。また次の作品も一緒に作っていこう」
ゆっくりとであったが、手を握り返す。ぎゅっと、いつまでも離さないように握っていたかったのだが、星川さんからその手離された。
「じゃあね、ヒロ」
それだけ呟くと、星川さんは小屋のほうに歩いていった。
俺はその背中をじっと、最後まで見続けていた。ただ、ただ、ずっと。
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