第8話 噛み合わない歯車

 帰宅後


 さて、意気込んだのはいいものの、現状2万字しか書けていないものを10万字にまで増やさなければいけないのだ。相当気合を入れなければいけないだろう。とりあえず俺は、1週間の予定を立てた。

 朝は8時には起きて朝食と身支度。そして9時から執筆開始、12時には一旦学校の宿題をやる。その後昼食を食べ、再び18時まで執筆を行う。そして風呂・夕食、そして執筆だ。これの繰り返しを行う。


「やるぞ」


 俺の心は気合で満ち溢れていた。星川さんに俺の描いた小説を見てもらいたいという思いと、もっといい小説が書けるという向上心が混ざり合って今の俺を突き動かしていた。


 同じような日が7日続いた。

 1日目は何度も折れそうになった。こんなに長時間小説を書いたことなどない。腕にも痛みが走り、悲鳴を上げている。

 だが、3日もすれば少しは慣れてきた。

 5日目には筆が乗りに乗って1日で20話も書き上げた。

 6日目には何とか50話まで書き上げ、目標である10万文字を達成していた。

 そして最後の7日目には、口酸っぱく言われた推敲をした。


 完成


 感想としては、やはり大変なのは大変であったが、こうもあっさりと完成してしまうものかと。いや、物語としてはまだ完結していないからまだまだこれからなのだ。だが、最終章手前までは書けた。

 俺はがっしりと持つことのできる量の原稿用紙をまとめ、カバンの中に入れた。それとボールペン1本だけを抱えて部屋から出る。

 10段ほどある階段を降り、玄関につながる廊下を歩いていたところ、リビングから人影が現れた。


 父さんだ。


 俺は思わず立ち止まってしまう。


「……最近は出掛けてないと思っていたが、今日はまた出掛けるのか。この時間に」


 その言葉は、明らかに食い気味だ。


「……そうだよ。俺は夢をかなえるために努力しているんだ」

「まだそんなことを言ってるのか……。呆れたな」

「呆れたって良い。俺は絶対に夢を」


 バチッ!


 俺が言い終わる前に、辺り一帯に破裂音が鳴り響いた。


 痛い。


 あぁ、殴られてしまったんだ。瞬時にそう分かった。


「これで目を覚ましてくれ」


 それだけ言うと父さんは自室へと戻っていった。残された俺は、殴られた頬をさすりながら靴に履き替え、出掛けて行った。



 裏山 小屋


「どうしたの、そのほっぺ」


 開口一番、聞かれたのはそのことについてだ。無理もない。今の俺はまるで虫歯ができた子供のようにぷっくりと頬が腫れあがっているのだ。


「家で色々あってね」


 ただ、そう言うしかなかった。あまり詳細なことを言って、星川さんに心配をかけてはいけない。


「家でね……。私たち本当に同じなのね」


 星川さんがボソッと、天井から吊り下げられたランタンに火をつけながら言った。


「ん、どういうこと?」

「何でもな~い。そうだ、ヒロ。しばらくの間ここで寝泊まりしたら?」

「えっ、ここで!?」

「そう。ここだったら他に邪魔は入らないだろうし、ベストだと思うけど」

「でも、星川さんに迷惑なんじゃ……」

「私? 私のことはどうでもいいのよ。それにここ、トイレとシャワーならついてるし、後は食糧だけ買ってくれば十分に寝泊まりできるわよ」


 そう言ってベットから立ち上がった星川さんは、隣に設置されていた扉を開ける。そこにはトイレとシャワーが取り付けられていた。


「で……でも」


 俺は言葉に詰まる。


「でも、何? あ、もしかして夜1人になるのが怖いとか……?」

「うっ!」


 クリティカルヒットです、星川さん。


「なんだ、そんなことなんだ。いいよ、私も一緒にいてあげる」

「え?」

「だから、一緒にいてあげるって言ってるの。それだったら怖くないでしょ?」


 悪戯っぽく笑ってくる星川さんの笑顔に、俺は眩しくて目が開けられなくなる。


「その、何て言うか。男女が一緒に泊まるのはちょっとまずいというか……」

「……なに、ヒロってばそんなこと考えてたの? 私はヒロがそんなことをするような人じゃないってわかってるよ」

「……」


 まさか、そこまで俺のことを信頼してくれているとは思ってもいなかった。星川さんとはまだ出会って数週間だ。こんな短期間でここまで距離を詰められる人間など、そうそういないだろう。


「分かったよ。それじゃあお言葉に甘えて泊まらせてもらうね。今から一旦家に帰って服とか持ってくるから」


 星川さんと2人きりで過ごすというのもあるのだろう、だがそれ以上に俺の鼓動は高鳴っていた。もっと自由に小説が書ける。星川さんの元で小説を書けば、今よりさらにいいものができる。そっちの方が大きかった。


「じゃぁ、その間に50話まで書き上げた小説見ておいてもらっていいかな?」

「うん、待ってるね」


 それだけ告げて、俺はさっき来たばかりの道を手ぶらで歩いて帰った。

 なぜだろう、足取りがものすごく軽い。このままなら空も飛べるのではないか、そんな愉快なことまで思えてしまう。


 新人賞の応募締め切りまで残り3週間。この調子でいけば無事に完成できそうだ。それも最高の作品が。

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