第6話 小説を書くということ
夕刻
いつもの時間になったので俺は身支度をして、玄関を出る。昼間の暑さとは打って変わってかなり過ごしやすい気温になったと感じる。
いつもの道、いつもの景色を眺めながら裏山を登っていく。そこには毎日見ている小屋があった。俺はノックしようと、右手を上げるが何故かそこで止まってしまった。
なぜだろうか
そんなことを思いつつも、押し切るような形でコンコンと2回ノックをした。
「ヒロ?」
中から声が聞こえてくる。
「うん、そうだよ」
何故かその声に対して、答えたかった。
「鍵空いてるから入っていいよ」
そういわれて俺は恐る恐る扉を開けて中へと入る。
「お邪魔します……」
人の家に入ることすらないが、ましてや女の子の家に入るとなると胸の鼓動も加速していくものだ。
「それで、プロットはできたの?」
星川さんはベットに腰掛けてこちらを見ていた。
「そのことなんだけど……」
俺は振り絞るようにして言う。
「やっぱ今のままだと、色々世界を知らないというか。もっと他人の小説を読んで勉強してから作りたいって思ったんだ」
今の気持ちを、ありったけ込めて伝える。
「ってことは今は読書だけしてる感じ?」
「う……うん。そうだね。昼間に1冊だけ買ってきたんだ」
「その小説はもう読み終わったの?」
「まだだね。今50ページくらい読み終わったところ」
「……遅いね。1日2冊は読まなくちゃ。学校は休みなんでしょ?」
俺は何も言い返せなかった。確かにそうだ。今は学校が休みで時間はいくらでも作れる。それを俺はめんどくさがって、本を閉じたりしていたから進まなかったのだ。
「それと、読書するのもいいんだけど、そのペースだと明らかに間に合わない。1日2冊読みながらプロットも考えてきて。とりあえず明日中に昨日言ってたオチをまとめてきて。分かった?」
「うん」
俺の返事は小さかった。言われて初めて気づいたのだ。何て自分がめんどくさがっているのだろうと。小説家を目指す志は人一倍持っているつもりだ。だが、俺はあることに気付いた。
楽をして小説家になろうとしているのではないかと。
「ごめん、星川さん。俺、楽しようとしてたんだね」
俺の吐露に対して星川さんはゆっくりとこちらに近づいてくる。
「うんうん。ヒロがそうやって気づいてくれたからいいんだよ。1番最悪なパターンは誰からも指摘されることなく”努力”をしてしまうこと。少なくともヒロには私がいる。だからそんな”努力”はさせるつもりはないよ」
俺はまるで子供のように頭を撫でられる。
「は……恥ずかしいからやめて……」
無理やり星川さんのテリトリーから離れる。
「ふふっ。やっぱりヒロっておもしろーい」
そしてまた、あの脳裏に焼き付く笑顔をしてみせた。
「綺麗……だ」
「え?」
思わず俺はそう呟いてしまった。その言葉はもちろん本人にも聞こえていた。
「あ……いや、何でもない。じゃぁ、今日のところは」
そう言ってその場から立ち去ろうとした時、声をかけられた。
「ちょ……ちょっと。今日は何しに来たの?」
「えっと……。その、小説読み始めたってことを報告したくて」
「……!」
星川さんの顔がなんとも間抜けになっていた。それもそうだ。
「じゃぁ、本当にそれを報告しに来ただけなんだね」
「うん、そうだね」
「やっぱりヒロは面白い~」
先ほども口にした言葉と同じことを言う。そんなに面白いだろうか。
「明日にはオチを考えてくるから。それじゃあ」
俺は星川さんからの返事を待たずにその場から立ち去った。否、待っていられるほど俺は平常心でいられなかったのだ。
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