第5話 物語の奥行き

翌日


俺は物語の続きを考えた。星川さんに言われた【奥行き】の答えがはっきり出たわけではない。だが、奥行きを持たせるためにはある程度の知識が必要だ。

俺には知識が不足していた。小説もろくに読んだことなかった俺には、想像すらできなかった。そうなればやるべきことは1つ。毎日1冊ずつ小説を読む。それで後は感覚に任せるしかない、そう思った。


俺は財布だけを片手に近所の本屋まで走った。入り口を入って3列ほど進んだところに「ライトノベルコーナー」と大きく書かれたポップがあるのを見つけた。その下には書店員おすすめの1冊と書かれた本が置かれていた。今は内容を選り好みしている時ではない。おすすめの1冊を中身も確認せず手に取り、レジに持っていく。そのまま会計を終えた俺は、帰宅した。


部屋に戻ってきて、早速本を読み始めた。俺はあることに気付いた。まだ読み始めて5分も経っていない。”本を読むのが苦痛”なのだ。

なぜだろう。読まなければいけないと思って、上から下にそしてまた上から下へと視線を動かしていくのだが、どうにも辛い。具体的に何が辛いとかではなく、この行為自体が辛いのだ。


「ダメだ……」


そこで限界が来た。時間にしてわずか10分。読んだページ数も10数ページだ。俺は本を閉じた。どうして、こんなに読書が辛いのだろう。そんなことを考えながら、俺はゆっくりと瞳を閉じていった。



「ヒロ!」


どこからか俺を呼ぶ声がした。起き上がってみるが辺りは真っ白で何もない空間だ。地面も天井も何もない。


「ヒロ、こっち」


聞きなれた声が左から聞こえた。俺はゆっくりと振り返る。

そこには星川さんが座っていた。


「うぉ、星川さん!?」


あまりにも近くにいたため、驚いた俺は勢いよく数歩後ずさりをする。


「そんなにびっくりしないでよ。で、その後どうなの?」

「その後って……。そうだ、本屋でラノベを買ってきて、それを読んでいたんだよ。そしたらいつのまにか寝てしまって……」

「はぁ~、ヒロってほんとに学校行ってた? 読書の時間とかなかったの?」

「いや、あったんだけど、今日、久々に読もうと思ったらなんかダメみたいで……」

「……もしかして、自分で書いた小説の推敲とかしてない?」

「あんまりしたことはないかな」

「……!」


途端に星川さんの表情が険しくなる、かと思いきや俺のことを哀れむような視線で見てきた。


「だから、あんなに誤字が多かったのね。う~ん、たぶんそれは活字に対して抵抗ができちゃってるのかな」

「抵抗?」

「そう、抵抗。高校になってから読書をしたことは?」

「ない、かな。中学の時までは読書の時間が毎朝10分だけあったからしてたんだけど、高校に入ってからはそれすらなくなったから」

「それが原因ね。まぁ、少しずつ読んでいって慣れるしかないね」

「そうだね……。もう少し頑張ってみるよ」

「うん。私はずっと応援してるからね」


にこっと、裏表のなさそうな笑顔でほほ笑む。


「それで、ここってどこなの?」


俺は無限に広がる空間を指さして言う。


「所謂、夢の中かな」

「夢……」


そうつぶやいた瞬間、意識がだんだんと遠くなっていった。傍にいた星川さんの姿もどんどん離れていく。何とか掴もうと必死で手を伸ばすが、それは空をかすめるだけで、何の意味もなかった。



「夢……か?」


目が覚めた。それもいつもと違い、気持ちの良い目覚めだ。身体も重くなく、脳がすっきりとしている。


「夢にまで星川さんが出てくるなんて……」


ぼんやりと夢の内容を思い出そうとする。だが、それはまるでパズルのピースが1つずつ外れていくようで、鮮明に思い出すことはできない。


ただ、ひとつ、覚えていることがある。


彼女の笑顔だ。先日もそうだったが、彼女の笑顔はしっかりと脳裏に焼き付いて離れることはない。なぜだろう。考えれば考えるほど、あの笑顔が浮かんでくるので、俺は思考を停止する。


「続き、読むか」


俺は机の上に閉じられている小説を再び開き、読み進めていった。

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