第4話 作品作り

「まず新しく小説を作るときのポイントを教えておくね」


 翌日、俺は小屋の中で地面に座り、メモ帳を広げながら星川さんの話を聞いていた。


「まずは頭の中で規模を考えないとね」

「規模?」

「そう、長編にするのか短編にするのかでこの後のプロットも変わってくるから」

「あの……プロットって何?」

「へ……?」


 俺の質問に対し、星川さんは肝をつぶすかのような勢いで俺の方を見た。


「その……よくそれで今まで書けてきたね……」

「……お恥ずかしい限りで」

「まぁ、いいや。とにかく、今回は長編を作ることになる。文字数は確か10万文字以上よね」

「うん、そうだね」

「プロットを作る前に1つやるべきことがあるんだけど、なんだと思う?」

「やるべきこと……。紙を用意するとか?」

「ん……まぁ、それもそうなんだけど。まずはその作品で伝えたいこととラストを必ず決めること」

「なるほど……」


 俺はふむふむとメモに取りながら相槌をうつ。


「それで、今回ヒロが作りたい作品で伝えたいことは何なの?」

「伝えたいことは……読んでる人が楽しくなってほしいことかな」

「それもいいんだけど、もっとこう具体的にないの? 感動させたいとか、命の大切さを感じ取ってほしいとか」

「難しいな……。う~ん」


 俺は少しの間頭を悩ませる。今回書きたいストーリーは昨日のうちにあらかた考えてきてはいたのだ。


「努力することの大切さ、かな」

「努力……いいね! それでどんなあらすじで、オチはどうなってるの?」

「昨日考えてきたんだけど……」


 俺はカバンの中から1枚の紙を渡す。これにストーリーを大雑把に書いてきたのだ。


「魔法が主流の世界が舞台なんだ。この世界では各人が持つ魔力の量によってランク付けがされている。そこで主人公の女の子は幼いころから『魔法士』にあこがれているんだ。だけど、その子は魔力が足りずに合格は厳しいと思われていた。そんなある日」

「ちょいストップ。分かった、分かった。それで、その作品のオチはどうなるの?」

「女の子は特級のモンスターを偶然倒して、特別に『魔法士』に認められるんだ」

「それがオチ?」

「うん」


 俺が熱意をもって話したストーリーを聞き終わった星川さんは、しばらくの間目を瞑る。そして間を空けてこう言った。


「ありきたりすぎ。ボツ」


 手を払うようにして俺のアイディアを一蹴した。


「待って。さっきも言ったけどこれは、努力することの大切さを感じ取ってもらう作品なんだ」

「それがどう関係しているの?」

「単に女の子がモンスターを倒すだけじゃ面白くない。それは分かってるよ。そこで、もう1人登場人物がいるんだ」

「ふ~ん、女の子の友達ってこと?」

「いや、違う。そもそもこの女の子は昔から友達はいなくて、ずっと馬鹿にされ続けてたんだ。『お前みたいなやつが魔法士になれるわけない』って。この女の子を救ってくれるのはある1人の男の子なんだ」

「……1人の男の子」


 星川さんはぽつりとそう呟いた。


「この男の子も魔法士を目指してるんだけど、同じ理由で挫折していたんだ。そこでモンスターを2人で協力して倒す。ここからがこの物語のスタートになるんだ」

「……」


 話し終えた後、チラリと横をうかがうと、寂しそうな横顔で窓の外をじっと眺めていた。


「どう……かな」


 恐る恐る感想を聞く。


「そもそも、オチを教えてって言ったのになんでそれがスタートになってるの」

「それは……今考えたんだ。そっちの方が物語が面白くなるかなって」

「ふふっ……。なにそれ」

「ダメ……かな?」


 一呼吸置いて


「少なくとも今のストーリーだと、受賞は難しいと思う。けど、私は好きかな。ヒロの作った物語」


 その言葉とともに、ドクンと心臓が跳ね上がったのを身体全体で感じた。

 こちらを向いた星川さんの悪戯っぽい笑顔は、逆光と相まってさらに眩しく見える。


「だったら、どうすれば賞が取れるような作品になるかな」

「そうだね……。もっと物語に奥行きを持たせたらいいんじゃないかな」

「奥行き……?」


 初めはその言葉がどういう意味なのか分からなかった。いや、なんとなくは分かるのだが、上手く頭の中で処理ができない。


「持ってきてくれた作品もそうなんだけど、何というか登場人物が本当に生きてるっていう感じを出したらいいと思うんだよね。そのためには時代設定やその人たちの文化、そして生きざまを描いていく必要があると思うの」

「確かに……そうだ」


 今までそこまで踏み込んで考えたことはなかった。ただ、こういう物語にしたいと、筆をがむしゃらに走らせていただけだ。


「まずはさっきも言った通りオチを決めてね。変わっちゃったんでしょ?」

「うん。2人が努力して成長していく物語がいいかな」

「……いいんじゃない?」

「とりあえず、また明日までに色々と考えてくるよ」


 そうして立ち上がり、その場を去ろうとした俺に一言。


「あ、ちゃんと睡眠はとった方がいいよ。目の下、クマができてる」


 星川さんは俺の目元を指さして言う。


「……今日はゆっくり寝て。また明日起きてから書き始めるよ」


 ちょっとからかわれた気分だ。だが、不思議なことに嫌な気持ちはしない。なんだか心が透き通っている気がする。


 それはきっと、彼女の言葉があったからだろう。

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