第3話 正しい努力
深夜3時
「終わった~!」
全106話全て書き直した。星川さんに言われた、会話文では句点をつけないだったり、ネットで調べた小説の書き方の基本を、俺なりに全力で表現したつもりだ。
今は早く星川さんにこの小説を読んでもらいたい、その一心のみであった。
気が付いたら眠っていた。最近ロクに寝ていなかったからその疲労がドッと来たのだろうか。なかなか上がらない瞼をゆっくりと押し上げ、時計を見る。その時刻を見た瞬間、瞼は勢いよく開いた。
「6時!?」
そう、朝の6時ではなく夜の6時なのだ。どれほどの間眠っていたというのか。
「早く行かないと」
まず頭をよぎったのはそのことだ。空腹でも寝すぎて痛い首のことでもない。あの子に、星川さんに残りを見てもらいたい。
そこらへんに脱ぎ捨ててあったいつも着ている服を強引に着て、俺は部屋を飛び出していった。
「やばっ、原稿忘れてた」
タブレットは持っていたものの、肝心の書き上げた原稿を忘れるところだった。
裏山に入り、ひたすら走る。こんな道、普通は走るものではないだろう。走りなれてない俺はなおさら息切れが激しくなり、胸が苦しくなる。だが、自然と足が前に出た。
小屋の前までやってきた。すると、昨日とは違って星川さんは既に外に出て小さな岩の上に座っていた。
「ほ……星川さん。ごめん、遅れた」
「……遅い」
「気づいたら寝ちゃってて……。ごめん」
俺は深々と頭を下げ、反省の意を込める。
「もう、来ないのかと思った」
ぼそっと、星川さんはギリギリ聞き取れる声量でそうつぶやいた。
「あと、これ。残りの原稿書いてきたから」
俺はカバンの中に乱雑に入れてきたプリントの裏紙という名の原稿用紙の束を渡す。星川さんはゆっくりとそれを両手で受け取った。
「これ読んだから返すね」
俺の渡した原稿と交換する形で、昨日渡しておいた72話までの原稿が返された。
「どう……だったかな?」
俺は恐る恐る感想を聞く。
「昨日も言ったけど小説の基本的なルールでまだできていないところはあるね。物語の設定はまぁまぁ良かった。それと、大事なことを聞いてもいい?」
「大事なこと……? 何?」
「これってさ、途中で妥協してない?」
「妥協……?」
「そう、最初はすごい熱意が感じられるんだけど、どうしても後半に行くにつれて早く物語を書き上げたいって気持ちなのか、雑になってるの」
「……」
その指摘に対して俺は何も言い返せずにいた。そんな俺に対して星川さんは、ゆっくりとある言葉を投げかけてきた。
「努力は必ず実るって言葉あるじゃない」
空を仰ぐようにして上を向き、話し始める。
「その言葉を誤解してる人が多くてね。いくらがむしゃらに、適当に頑張っても結果が付いてこないのは当たり前なのよ。しっかり正しい手順を踏んで行ったことのみ”努力”として認められて、その時初めて結果につながると私は思うんだ」
「正しい、努力……か」
「私のクラスにもいたんだけどね。その子はものすごく勉強熱心だったの。勉強時間でいえば毎日15時間くらいしてたのかな。でも、宿題とかは全部答えを写してた。それでいて自分の希望の学校にいけないって悔しくて泣いてた。私はそれを見て思ったんだ、当たり前じゃんってね」
いつの間にか視線は俺の方を向いていた。じっと、透き通るような瞳でこちらを見つめている。
「今のヒロも、そうなんじゃないかな。新人賞で選考を突破するのが目標になってて肝心の小説が過程になってる。とにかく完結させて応募しよう、なんて思ったことはない?」
その言葉は俺の胸に槍となって深く突き刺さった。思えばそうだ。最近はずっと小説を書き上げることしか頭になかった。
「そう……かもしれない。1次審査すら通過できない自分に焦りを感じて、いつの間にか小説を書くのが作業になっていた」
「……まぁ、30作品も応募して1次落ちじゃぁそうなるのも仕方ない気もするけど。それで、この作品を新人賞に応募するまで締め切りはどれくらいあるの?」
「あと1か月後の新人賞に応募しようと思ってる。だけど、今のままじゃ……」
俺が弱気な発言をしようとしたが、それをもみ消すかのようにして星川さんは声高くこう言った。
「いいわよ。ひと月あれば十分。さっき返した紙を見て」
そういわれて俺はごそごそと原稿用紙の束を漁る。
「その紙。それに現状修正すべきことを書いておいたから。とりあえず目を通してみて」
そこには赤ペンでぎっしりと丁寧な文章がつづられていた。
「とりあえず、今から新しい作品を一本作るよ」
「え……この作品は?」
「それを再構築する方が時間かかるから。もう新しいの作った方がいいよ。ま、書いてきてくれたこれは一通り目は通すつもりだけど」
「あと1か月なんだよ!? この作品をここまで持ってくるのにも3か月かかっているんだ。間に合うはずないよ!」
そんな焦る俺の顔を見て、星川さんは溜めるようにしてこう言った。
「”天才”なんでしょ?」
その言葉が脳に触れ、我に返る。
「”天才”ならそれくらいのことできないとね」
俺のことをまるで試そうとしているかのような不敵な笑みがこぼれる。
「……あぁ、そうだった。俺は天才だ!」
「ふふっ……やっぱりヒロって面白いね」
「か……からかわないでくれよ……」
こうして新しい目標ができた。1か月後までに新作小説を書き上げること。それが俺のミッションだ。
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