第2話 目指すべきもの

 帰宅後、一目散に自分の勉強机に向かった。引き出しを開けて、ガサゴソと何か使える白紙はないかと探す。すると、大量の宿題プリントの裏紙があった。これに指摘されたことを改善しつつ、物語を新しく書いていこう。そう思って、ペンを握った。


 初めて他人に小説を見せた。まるで自分の恥ずかしい内面をさらけ出しているかのような感覚であったが、今まで完璧だと思っていた自分の小説を初めてダメ出ししてくれた。あんなにダメ出しされたから凹んでしまうと思っていたが、実際には違った。それが燃料となり、俺のエンジンは加速を速めていった。


「絶対に、完璧なものを書きあげてやる!」


 気が付けば朝日が昇っていた。現在改稿が終わったのは20話ほど。まだこれの5倍以上あるのだ。だが、筆が止まることはなかった。頭の中に浮かんでいたのはずっとあの子の笑顔だ。どうしても、その表情が脳裏に焼き付いて離れない。


 再び日が傾いてきた。朝食も昼食もロクに取らず、無我夢中で紙とにらめっこしていた。


「ダメだ。間に合わない」


 当然間に合うはずがなかった。俺はできたところまでの紙をカバンに無理やり詰め込み、一目散に玄関に向かう。そこで鉢合わせたのは父さんだった。


「昨日もこの時間に出かけていた気がするが、一体どこに行ってるんだ。つい昨日、進路のことについて話したばかりだろ。真剣に考えているのか」

「……考えてるよ。ただ、今はまだやりたいことをする」

「はぁ……。あのな、父さんみたいにITの会社でのんびり安定した生活を送ってくれれば何も文句は言わないんだ。嫌でも普通に会社に行けば給料がもらえる。こんな簡単なことないぞ」


 父さんはため息交じりに俺に説教をしてきた。


「少し、時間が欲しい。父さん」


 俺は父さんを振り切って玄関の扉を開け、外に駆け出す。夏の暑さが肌を刺す。昨日と同じように裏山へと走って行った。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 息を切らしながら見えてきたのはあの小屋だ。相変わらず中に人がいる気配はないが、星川さんはいるはずだ。俺は入り口の前に立って軽くノックを2回する。


「ヒロ?」


 中から高い声が聞こえてきた。


「うん。小説、書き直してきたよ。全部は無理だったけど」


 そう言うと、扉がぎぃぃぃと軋む音を立てながら開いた。中からひょこっと黒い髪を揺らしながらこちらを見つめる星川さんが現れた。


「小説、どのくらいまで書けたの?」

「頑張ったんだけど、72話まで。残りは明日までには何とか書き上げようと思っている」

「え、72話も一晩で書いたの!?」


 星川さんは俺の言葉に驚きを隠せなかった。


「うん、なんかやる気が出ちゃって。あの、読んでもらえるかな?」

「いくら改稿とはいえ、流石に一晩で72話は書きすぎでしょ……。も、もちろん読ませてもらうね」


 立ち話もなんだからということで俺は小屋の中に招かれた。


 そこは普通の家の一部屋ほどの広さで、ベッドと勉強机の2つだけが置かれている極めてシンプルな作りであった。


「ずっとここに住んでるの?」

「最近、それもこの時間だけね。それまではずっと家にいた」

「なんでここに住み始めたの?」

「うーん、なんでだろ。つい、ふらっと来ちゃうんだよね。そういうヒロこそふらっと来たんでしょ?」

「まぁ、そうだね。無我夢中で歩いていたら来ちゃった……みたいな?」

「そうなんだ。何か家で嫌なことでもあったの?」

「……え、なんでそれを?」

「顔に書いてあったからね」


 その言葉に対して俺は両手で顔をペタペタと触る。


「本当に書いているわけないじゃん。面白いねヒロって」

「からかうのは勘弁してほしい……」


 俺はまるで彼女に心の中を見透かされているのではないだろうか、そんなことを思ってしまった。


「それで、プチ家出の理由は?」

「たぶん、何の変哲もない普通の悩みなんだけど」


 俺はあえてそう前置きをして、


「進路のことで少し両親と言い争いになったんだ……」

「……ふーん。進路、ね」


 星川さんの表情が一瞬だけ澱んだ気がした。星川さん自身も何か悩みを抱えているからここにいるのだろうか。


「俺さ、見たらわかると思うんだけど小説家になりたくて。けど、新人賞に何度応募しても1次審査すら通過できない。今までたぶん30作品以上応募してきたけど、どれもだめだったんだ」

「……ちょっと待って。今30作品って言った?」

「う……うん。実際はもっと多いとは思うけど」

「いやいや、30作品も作れる時点で才能だよ、それは」

「才能……」

「そう、才能。分かったわ。私がみっちり添削してヒロの小説を世界で1番面白い小説にしてみせる。いいわよね?」

「本当に!? もちろん!」

「じゃぁ、とりあえずその書いてきた紙を置いていって。私が今夜のうちに読み込んで明日色々説明するから」

「分かった。ありがとう、星川さん。それじゃあまた明日」

「うん、また明日」


 片手で遠慮気味に俺に手を振ってくれた。早速家に帰って残りを書き上げたいという思いと、自分の趣味でしかない”小説”に対して、ここまで真剣に話し相手になってくれたのは初めてで戸惑いもある。今日は、色んな意味で心が躍っている。


 あぁ、早く明日にならないかな。

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