朝顔と麗人のお話
夢の話
私は夏にだけ、たった一人で祖母の自宅に行く。
祖母は庭の手入れが好きで、花から野菜、果物までお手のもの。毎年色とりどりの花が咲き、スイカやブルーベリーが実っていて、それはそれは心躍った。
ある年の初夏、祖母は体を壊した。大したことではない。検査入院が必要だったものの、状態にこれといって変なところはなく、1ヶ月ほどの入院が必要だったが生活に支障はないらしい。
しかし、それは夏真っ只中に祖母の家では過ごせぬと言う宣告でもあった。
心底落ち込んだが、入院中の祖母の姿を見てはそうもいっていられない。寂しく残念な気持ちは何処へやら。その祖母の姿は弱々しかった。
別に居なくなるわけでもないのに。
悲しい顔をして一人で見舞いに行くと、祖母は良いものをあげると、小さな巾着を差し出してきた。藍色の、キラキラした可愛らしい花の刺繍がしてある巾着だった。
「この中に入っている種を私の庭に撒きなさい。きっと忘れられない夏になるわよ」
「撒いてもいいの?お世話できないかもよ」
「いいのよ。素敵な思い出になるように願いを込めておいたわ」
早速、祖母の庭に撒こうと一目散に向かって行った。
巾着の中には、種が数種類。全て一粒ずつ入っていた。
見たことあるものから植えてみよう。と、一つ取り出した。
朝顔の種だ。
たしか小学一年生の時に育てたことがあるような…あの見覚えのある種だ。
硬く、黒く、本当にこの種から朝顔が咲くのだろうかと思う。
1番日当たりのいい場所に埋めた。
と言ってもこの庭はどこでも日当たりのいい植物にとっては夢のような場所だ。
雑草でさえも生き生きとして見えるほど。
土をかぶせて水を垂らし、トントンと手で整えて。
きっとこれでいいだろうと思い、空が暗くなってることもあってその日は寝てしまった。
翌朝、眩しい日差しと夏の熱気で起きた。
涼しさを求めて庭への引き戸を開けると、一人の麗人がいた。
女の人のような男の人だった。
背がすらりとして、青黒い襟足の長い艶やかな髪と妙に白い肌で、草花の香りのする人だった。
直感的に、この人はあの朝顔だと思った。
「誰なの」
「だれだとおもう」
「朝顔」
「しってるじゃないか」
短く言葉を交わすだけだった。その声は風鈴のようだった。
彼は人のようだ。そして、朝顔だった。
まず、熱いものが飲めなかった。
出会ってすぐ、もてなそうとして、来客用なのか台所の戸棚にあった良さそうな紅茶を出したが、熱いものは飲めないと言われた。
氷を入れて、少し冷まして常温にしてようやく飲めた。
ガラスによく興味を示した。
透明なものは水のようで水で無い不思議な感覚だったようだ。よくつついていた。
彼といた夏はすぐに過ぎた。
祖母からもらった袋には他にもまだ種が入っている。しかし、撒く気になれなかった。
朝顔がいたから十分だと思っていた。
夏が終わりそうになるころ、ようやく祖母が帰ってくると知らせが来た。
「たのしかったか」
「うん、たのしかった」
「じゃあ、もうだいじょうぶ」
「うん、大丈夫」
最後だと悟った。
寝て起きると、彼はいなくて、庭の朝顔は萎んでいた。
青い花を摘んで、色水にして、彼が好きだった透明なガラス瓶に入れて。
彼の好きだった紅茶が入っている戸棚にしまった。
夏の小さな思い出。
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