第100話 「来ては駄目だ! 僕以外の団員はみんな……」

エルちゃんの治療により、カルフェの怪我は癒えた。


「おにい。マルクス団長たちが心配」


影の騎士団の襲撃に際して、2手に別れた俺たち。

マルクス団長たちの方へ向かった敵は少数とはいえ、心配なのは確かである。


「よし。行くか」

「はいなのです」


返事と同時。再び俺の肩に飛び乗るエルちゃん。

まあ、急ぐのであれば肩車が最も効率的なのだが……


「はいどー。はいどー」


手綱代わりに俺の髪の毛を引っ張るのは困りもの。

出来ればムチで叩いて貰いたいのだが……いや、単に競馬的な視点から速度が向上するように思うわけだがいかがなものだろうか?


「ないのです。ママが持って行ったのです」


はあ……とにかく走り出した俺たち。


「カルフェ……走るのが速くなったか?」


前回、俺の走りに着いて来れなかったカルフェであるが、この短期間にどうしたのか? 俺の背後にぴったり着いて来ている。


「うん。神槍のおかげだと思う。何だか身体能力がアップしてる感じ」


装備の中には使用者の身体能力を向上させる物がある。

当然、そのような装備はレア装備として貴重なわけだが……

さすがは神槍。当然のように装備バフがあるわけだ。


「であれば、行くぞ!」


「うん」


「はいどー」


だから髪の毛……いや。幸いにも俺はフサフサであり多少が抜け落ちようが何の問題もないわけではあるが、今がフサっているからといって決して油断するわけにはいかないのが髪の毛であってだな……つまりは、やはりムチが必要。合間を見て探しておくしかないわけだ。


そんなエルちゃんを肩車して走る道すがら、見えるのは地面に倒れる1人の男。


「カルフェお姉ちゃんと同じ鎧なのです」


つまりはダミアン騎士団の団員。影の騎士団にやられたというわけか。


2手に別れて逃げるダミアン騎士団。その数17名。

そして追いかける影の騎士団は10名。


人数でいえばダミアン騎士団が有利だが、所詮は田舎の騎士団。

本物の騎士はマルクス団長とカルフェだけ。後の団員は戦士であったり猟師であったりといった下位クラスで構成された弱小騎士団。人数に優ろうとも隠密部隊たる影の騎士団に適うはずがない。


それでも俺の強化リペアで全員の装備を強化している。

勝てないまでも、簡単に負けることはないはずだが……


倒れる団員に近づいた所で、藪の先から聞こえる剣戟の音。


「おにい!」

「行くぞ!」


一息に藪を抜けた先。

見えるのは影の騎士団3名と剣を交えるマルクス団長。

そして、その背後に庇われるドワーフ職人10名の姿。

ひとまずドワーフたちは全員無事であるが……


「マルクス団長!」


「シュ、シューゾウ伯爵にカルフェちゃん! 来ては駄目だ! 僕以外の団員はみんな……」


傍らの地面に倒れ伏した人影。影の騎士団が7名に……ダミアン騎士団が16名。


「なんだと? 貴様らはシャドウトン団長が追っていた者たち!?」

「ま、まさかシャドウトン団長はどうしたでござる!?」


ござるも何も俺たちがここに現れたということは、そういうこと。

最後に残された影の騎士団が3名。


「スター・スラッシュ」

「スナイプ・シュート」

「グングニル・ストライク」


ズバーン ズブリ ズドガーン


駆け付けた俺たちの攻撃により撃破する。


「はあはあ……あ、ありがとう……」


疲労からか、マルクス団長は地面に剣を取り落とし膝をつく。


「僕は……何がダミアン村でゲリラ活動するだ。この程度の敵にすら勝てない……父さんが作り上げたダミアン騎士団。その団員たちまでも失って……僕はもう……」


ついには、仰向けとなり寝ころんでいた。


まったく……こんな所でグチグチとウザイやつである。


これが美少女の泣き言であれば、大歓迎。

喜んで俺の胸を貸した後、弱みにつけこみグヘヘであるが。

野郎であるマルクス団長の泣き言など、俺に何の得もない。


よって。


「マルクス団長」


俺は寝転がるマルクス団長。その手を引き上げると。


ボカーン


「うぐう」


鉄拳修正。兜の上からその頬を殴り飛ばす。


グチグチうざい野郎は殴り飛ばすのが昭和の常識。

いや、俺は令和人間であるため聞きかじった知識であるが、とにかく。


「グダグダ言っている暇があるなら、エルちゃんやカルフェを手伝ってくれ」


俺が指さす先。

地面に倒れるダミアン騎士団の団員が16名だが。


16名全員、まだ死んではいない。


エルちゃんは治療魔法で。カルフェやドワーフたちもポーションを使用したり水を飲ませたりと、倒れた団員が死なないよう必死で介抱していた。


「ま、まさか?! みんな無事なの? あれだけ斬られたのに……」


殴られ地面へ倒れ伏していたマルクス団長が、その顔を上げる。


「へっ。マルクス様。あっしらを舐めねえでくだせえよ」

「あっしら剣の腕は下手っぴだども」

「農作業で鍛えた体力には自信があるだべよ」


全身が傷だらけ。今にも死にそうだというのに、軽口も良いところである。


「シューゾウぼっちゃん。助けてくださり、ありがとうでごんす」


そう言って俺に礼を述べるのは、藪の向こう、道中で地面に倒れていた団員。

死んでいるにも見えた彼らだが、全員が気絶していただけ。


それも当然。何せダミアン騎士団の装備は、全部この俺が超絶に強化しているのだ。

もちろん鎧も強化済み。多少が斬られた程度、致命傷とならないのは当然である。


「師匠。ダミアン騎士団の人たちのお陰で、うちらの被害は0だお」


ドワーフたち10人も全員が無事。


「マルクス団長。よくドワーフたちを守ってくれた」


ダミアン騎士団が盾とならなければ、生産クラスのドワーフたちは即死していた。

髭もじゃ野郎はともかく、美少女ドワーフたるソフィの無事に感謝である。


「シュ、シューゾウ伯爵……ぼ、僕は……グスン。シューゾウ伯爵ううう!」


ガシリ。俺に抱き着くマルクス団長。

おのれ。野郎に抱き着かれても嬉しくも何ともない。

良いから、早くカルフェたちの治療を手伝えという。

怪我を負ったお前の団員たちが死にそうではないか……


しかしながらマルクス団長はドロテお嬢様の兄。

俺の義兄でもあるのだから、無下にはできない。


しかも、よく見れば兄妹だけあって微妙にドロテお嬢様と顔が似ているではないか……俺の生きた令和時代。国によっては同性婚も可能であると聞くが……ごくり。


「パパがやばいのです。帰って来るのです」


ポカリ。エルちゃんパンチで俺の意識は覚醒。やはり俺の好みは美少女だけであった。そしてマルクス団長の俺に対する信頼度。極限にまで高まったようでもあった。





帝国軍 北部侵攻軍 野営地。


「なにい! 神槍グングニルが奪われただと?!」

「シャドウトン。貴殿が向かっていながら、なんと情けない!」

「これは責任問題であるぞ!」


神具を輸送中、襲われた補給部隊。

神具捜索のため向かった影の騎士団であるが、戻って来たのは団長シャドウトンのみ。50名の部下、全てが敵に討たれたという。


「しかも相手は野盗ではない。賊軍正統帝国だと!」

賊軍正統帝国の手に神槍が渡るなど」

「ありえぬ失態! ことは帝国の皇位にまで影響するぞ!」


1つとはいえ神具が敵国の手に渡ったというのだから大問題。


「だが、神槍とはいえ、錆びついた槍が1本」

「何故に賊軍はそれが、神槍だと感づいたのか?」

「ふん。賊軍も元は帝国の国民。神槍を見知った者がおったのだろう」


神槍グングニル。錆びついているのは、その刀身のみ。

槍の柄などの装飾を見れば、分かる者には分かるという。


「我らは急ぎ帝都へ戻り、陛下へ報告させていただく」

「此度の失態はブリギッテ皇女とシャドウトン殿の責任」

「我らは無関係であるとな」


言い残すと第4~第6騎士団 団長は陣幕を退去。

帝都へ引き返すべく、部隊の元へと戻って行った。


陣幕に残るのは、ブリギッテ皇女とシャドウトン団長のみ。


「姫様。まずいことになったぜよ」


「いえ。シャドウトンの責任じゃない。私が、全軍を動かしてでも捜索に向かうべきだったの」


「それもそうなんじゃが……それどころやない」


2人きりだというのに声を潜めるシャドウトン。


「神槍グングニルがその力を取り戻したぜよ」


「どういうこと?」


「錆びつき光を失っていた神槍が、ピカピカに修復されていたんぜよ」


「神具を管理するのはドワーフ。彼らが修復方法を見つけたの?」


自分で言っておきながら、それはおかしな話。

もしもドワーフが見つけたなら、当然、帝都にある他の神具も修復するはず。

だが、そうではないというのなら……


「奪われたのは正統帝国なのよね?」


「そうじゃき。正統帝国 シューゾウ伯爵っちゅうとったきに」


「聞き覚えのない名前ですね……」


神槍を修復したのは正統帝国の者。

当然、神槍は正統皇帝ディートリヒの手に渡るだろう。


ディートリヒのクラスは賢者。槍を得意とするクラスではないとはいえ、神槍にそのような制約、あってないようなもの。


素人であろうとも、手に持ち振るうだけで地面を穿つその神力。

帝国を相手に向けられては、被害は甚大なものとなるだろう。


「シャドウトン。一刻も早く父上に。陛下へ報告を」


「じゃけど……報告すれば姫さんの責任問題になりゆうぜよ?」


ブリギッテへの配送中に奪われた神槍。

ブリギッテにはどうしようもないとはいえ、世間はそうは思わない。

そもそもが、ブリギッテへ送らなければ良かったのだと。神槍が奪われたのは、全てブリギッテの責任だと。例え皇女とはいえ、その責任を問われるのは間違いない。


「そんなこと気にしてる場合じゃないってば」


長子でありながら帝位を剥奪された後、正統帝国の皇帝となったディートリヒ。

帝国に恨みを持つ彼の手に神槍が渡ったなら、その恨みの矛先はブリギッテたち皇族だけではない。帝国国民全員に向けられる大惨事となるだろうから。

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