異世界に転生したので冒険者を目指そうと思ったが俺のクラスは生産系の修理工。これって戦闘に向かないのでは? だが、前世のある俺だけ2つ目のクラスがあった。やれやれ。これなら何とかなりそうだ。
第99話 両手で持ってカルフェは神槍を握りしめる。
第99話 両手で持ってカルフェは神槍を握りしめる。
襲い掛かる影の騎士団を討伐。団長のシャドウトンを追い払った。
となれば、まずはカルフェの治療である。
「水よ。我にその恵みを。ウォーター」
ブシャー
「げぼげぼ……なのです」
水を浴び、エルちゃんの酔いが覚めところで。
「エルちゃん。カルフェの治療を頼む」
切り裂かれたカルフェの左腕。
骨が半分砕かれ、神経を切断されるだけの重症であるが、四肢が切断されたわけではない。エルちゃんのヒールで治療可能。
「ヒールなのです」
「エルちゃん。ありがとう」
傷つき二度と動かないだろうと思えた重症がみるみる癒えていく。
エルちゃんが左腕をヒールするその間。
「おにい。神槍を返す」
カルフェは右手にある神槍を俺に手渡そうとするが。
「俺に槍は使えない。カルフェが使ってくれ」
何せ元々の俺は生産クラス。槍スキルなど所持していない。
もちろん槍スキルはユニークスキルでもない。
槍を片手に訓練するなら4~5年もあれば槍スキルが生えてくるだろうが……
すでに最強と化した俺。今さらそのように地味な訓練はごめんである。
それなら騎士クラスであり、槍スキルを標準装備しているカルフェが使うのが効率的というもの。
「うう……何だか嫌だなあ……恐れ多いというか……」
何も恐れ多いことなどない。
神槍だ何だと粋がろうが、所詮はただの槍。
武器であるのだから、使わない方がよほど神に失礼というもの。
「でも、おにい。神具は人間を相手に使うのは駄目って言ってたような……?」
「カルフェお姉ちゃん。正確には『神具は人間を殺すための力ではない。俺たち人間を助けるべく神が与えてくださった力。例え敵対する国が相手でも、人間相手に振るって良い力ではない。キリッ』なのです」
いちいちキリッ。とか効果音を付ける必要があるのだろうか……?
いや、それより、そんなものはドワーフどもを騙くらかすために言っただけのこと。
そもそもが、誠実にして善良、博愛主義者であり令和の価値観をあわせ持つ天使のようなこの俺を殺そうとする相手が、まともな人間のはずはない。
つまりは、俺を殺そうとする相手は心が邪悪に染まった人間。となれば当然。
「邪神の手先を相手に神槍を使うのだ。何の問題もない」
悪いどころか、神の力で邪を討つのだ。使えば使うほど徳が増すというものだ。
「カルフェは何も気にせず、思い切り振り回して欲しい」
そもそもが、この俺は異世界転生者。別世界の存在。
赤ん坊の俺は畑に落ちていたというのだから、きっと空から降って来たのだろう。
神話などにおいては、天界から神が地上に降臨するというのはよくある話。となれば、つまりは、俺は神ではないだろうか? というわけで仮に怒られた場合も、神が神具を使って何が悪い! と逆ギレするだけ。何の問題もないのである。
「パパがまたぶつぶつ勝手なこと言っているのです」
「うん……さすがに罰があたりそう……」
「でも、カルフェお姉ちゃん。さっきの野郎たち。とても手ごわかったのです」
傷ついたカルフェを治療しながらエルちゃんが話しかける。
「パパが取り逃がしたから、きっとまた来るのです」
取り逃がしたのではない。
俺には逃げる野郎を追いかける趣味などない。あえて見逃しただけである。
「どうせここで死ぬのだ。考えるだけ無駄である。キリッ。とか言ってたのです」
言っていない。心の中で思っただけだからノーカンである。
それにだ。仕留められなかったとはいえ、野郎は片目と片腕を失う大怪我。さらには身代わりとなる団員も全滅している。
「すでに野郎との格付けは済んでいる。例え再度、襲って来ようが俺がいる限りは楽勝。何の心配もない」
「でも……いつもパパが一緒とは限らないのです」
呟くエルちゃん。その瞳には神聖教和国で奴隷であった時に見た景色。他のエルフたちを追いかけ乱暴する兵士たちの姿。人間と言うにはあまりにもおぞましく、それこそ悪魔としか言い様のないその所業が、今も瞼に映り込んでいる。
「カルフェお姉ちゃんが使わないなら、エルちゃんが使うのです」
2人の言葉に、カルフェはエルちゃんがヒールする自分の左腕を見つめる。
すでに完治しようとしているが、一時は切断寸前となるまでに切り裂かれた左腕。もしもシューゾウがいなければ、もしも神槍が手元になければ……
「……うん。そうだね……エルちゃん。ありがとう」
エルちゃんのヒールが終わり、元通りとなったカルフェの左腕。
「神槍グングニル。カルフェが使ってみる」
両手で持ってカルフェは神槍を握りしめる。
兄とエルちゃん。人間とエルフ。正統帝国とエルフ王国。
本来は何のつながりもない2人が一緒に居るには理由がある。
先程の一瞬。いつもは快活なエルちゃんの瞳が暗く濁って見えたのが、その理由。
「カルフェは騎士。槍も得意。だから任せて」
奴隷であったエルちゃんを兄が助けたという出会いの話。
やはり兄はどこまでいっても兄である。
かつては妹であるカルフェを守り、今また小さなエルちゃんを守るその姿。
それこそがカルフェが憧れた姿であり、騎士団に入った理由なのだから。
「我らが開祖たる騎士アウギュスト様。騎士カルフェが神槍グングニル、お借りします」
神槍グングニル。
かつて邪神が世を支配する暗黒の時代。騎士アウギュストは神より授かる神具をもって邪神を討伐、帝国の礎を築いたとされているが……
「邪神と戦うようなだいそれた力じゃなくても、ただ目の前の幸せを、家族とその仲間を守るだけの力を、どうかカルフェにお貸しくださいませ」
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