第96話 「ここは俺に任せて先に行け」
ダミアン村を通過する帝国軍の補給部隊を襲撃。
馬車から奪った食事でもって宴会、自宅でぐっすり休んだその翌日。
俺たちは領主の屋敷に集まっていた。
帝国に占領されたダミアン村へ侵入。
帝国軍の補給物資を奪った上、10人の武器職人を仲間とした。
偵察の任は十分に果たしたといえるだろう。
「その……シューゾウ伯爵。ちょっと良いかな?」
イグノース城へ戻るべく準備を進める俺たちの姿に、マルクス団長が声をかける。
「補給物資だけど、シューゾウ伯爵の方でイグノース城まで運んでもらうことって出来ないかな?」
俺のストレージはSランク。余裕であるが、いったい何故か?
「ここダミアン村は僕たちダミアン騎士団の故郷。周辺の地理にも通じている。だから僕たちは村に残り、このまま帝国の補給部隊が通るのを妨害しようと思うんだ」
つまりは、敵地に潜みゲリラ活動に従事したいという提案。
敵の補給を絶つのは効果的。何せ補給のない部隊は戦えない。
反面、俺たちがイグノース城へ戻った所で、たかが兵力が25人増えるだけ。
イグノース城に詰める兵の数は1万。それを考えれば、俺たちの数などいてもいなくても変わらない。それよりダミアン村に留まりゲリラ活動する方が、よほど役に立つというわけか。
もちろん故郷ダミアン村を離れたくないという気持ちもあるのだろう。
なるほど。マルクス団長の提案は確かに効率的に思える。が……
「ソフィ。補給物資を奪われた帝国の北部侵攻軍。どう動くと思う?」
「そんなん。当然、補給物資を奪い返しに来るお! 全力だお!」
ふむ。他のドワーフたちの顔を見ても同じ考え。
「神具は帝国の皇位を示す象徴。絶対に奪い返しに来るお!」
錆びつき何の役に立たないとしても、象徴であるなら話は別。
例えるなら国宝である骨董品のようなものか? もしも賊に奪われたとなれば、全力で取り戻しに来るだろう宝物。
「シューゾウ伯爵? 帝国軍にとって補給物資は大事だろうけど、来るとしても少数。前線キャンプを引き払ってまで全軍が来ることはないよ」
マルクス団長の意見は当然である。
何せ俺のストレージに帝国3種の神具の1つ、神槍グングニルが保管されていることを知るのは、俺、カルフェ、エルちゃん、ソフィたちドワーフだけ。正統帝国への忠誠心が高いであろうマルクス団長や団員には話していないのだから。
何せアウギュスト帝国から分離したのが正統アウギュスト帝国。建国から分離するまでの歴史は共通であるため、神具についての認識も共通。
となれば神槍グングニル。正統帝国 皇帝ディートリヒ陛下にとっても、喉から手が出るほど欲しい代物。
「でも、おにい。大丈夫? 神槍を隠し持つなんて……不安」
「何の問題もない」
ピカピカに輝く神槍を見て、これが神槍だと気づく者はいない。
何せ神具を保管、管理している者たちですら、見知っているのは錆びつき赤茶けた姿だけなのだから。
「とにかくだ。マルクス団長。俺たち全員がダミアン村を引き上げ、イグノース城へ戻る事はすでに決定事項。準備を進めて欲しい」
自宅を離れたくないと。野盗などに村が荒らされるのを防ぎたいという気持ちは分かるが、諦めてもらうほかない。
「じゃがシューゾウ様よ。補給馬車を引く馬は全滅。わしらのストレージは一杯じゃて、これら荷物の全部を運ぶのは無理じゃぞ?」
生産クラスのドワーフが10人とはいえ、馬車が使えないのでは補給物資を全部は運べない。
ま、そこは何の問題もないわけだが──
「あかんあかん。いかんぜよ。逃げ出すとかそりゃあ、あかんぜよ?」
そんな俺たちの会話へ突然に割り込む男の声。
「え? だ、誰だい? いったいどこから声が?」
思わず周囲を見渡すマルクス団長の目には不審な者の姿はない。
だが、屋敷の中庭にいくつもそびえ立つ樹木。
「廃棄された村に住みついちょるたあ、おんしら野盗ぜよ? どこへ行こうちゅうか知らんが、ま、わしらが参上したきに逃げられはせんぜよ」
その樹木の裏から1人の男が姿を現した。
いや。1人ではない。屋敷の樹木それぞれから現れる男たちの姿。
ざっと見る限りその数は50人。いずれも黒の装束に身を包んでいた。
「シュ、シューゾウ伯爵。やばい……彼らの服装、彼らは影の騎士団だよ……」
いったい何を怯えているのか?
彼らの姿に、マルクス団長の身体はガタガタ震えていた。
「ほう? わしらのことを知っちゅうたあ、おんしらぁただの野盗じゃねえぜよ?」
「団長。こいつらの鎧、正統帝国の田舎村で使われてる騎士団の鎧でござる」
「しかも一緒にいるのは神具を管理するドワーフども。団長、こいつあ……」
ダミアン騎士団を、そしてソフィたちドワーフの姿を見てボソボソ言葉を交わす黒装束たち。その間も片時も目線を逸らすことはない。油断も隙も見つからない強者の姿。
「なるほどのお……こりゃあビンゴってやつぜよ」
マルクス団長の言う影の騎士団が何かは知らないが……
「マルクス団長。ドワーフや団員を連れて、先にイグノース城へ向かってくれ」
「え? シュ、シューゾウ伯爵。それはいったいどういう……?」
つまりは──
「ここは俺に任せて先に行け」
一度は言ってみたい台詞ランキングに入賞するこの台詞。俺はマルクス団長に向けて言い放つと、屋敷の中庭に停車する補給馬車へと右手の平を差し向ける。
「収納。ストレージ」
一瞬にして5台の馬車全てをストレージに収納する。
「おお! さすがはシューゾウ様じゃ! あれだけの荷物を収納するとは!」
「わしらとは物が違う! さすがじゃあ!」
いちいちひれ伏さなくても良いから、早く逃げろという。
非戦闘員にして生産クラスであるドワーフたち。敵兵と競争したなら即座に捕まり殺される。だからこそ俺が残り、ドワーフどもが逃げるだけの時間を稼いでやろうというのだ。
「だっ、だけどシューゾウ伯爵! 彼らは影の騎士団! 諜報や暗殺、闇の任務を得意とする精鋭ぞろい……無理だよ!」
なるほど。影の騎士団。確かに名前だけは一丁前に聞こえる。
「僕はダミアン村の次期領主。有名な騎士団についても勉強している。決して表に現れず、闇に潜み任務を遂行するのが、影の騎士団……殺されるよ!」
やれやれ……ここは俺に任せて先に行けと言われたなら、素直に従うのが暗黙のルールだというのに……
影の騎士団。決して表に現れず、闇に潜み任務を遂行する。か……
なるほど。マルクス団長が恐れる気持ちも分かるが──
「つまるところは表に出るだけの実力がない日陰者。ただの陰キャ野郎ではないか」
今にして思えば、もしかしてだが、前世の俺も陰キャ野郎であったかもしれない。親しい友人が1人として存在しなかったのだから、その可能性はあるだろう。
だが、異世界における俺は陽キャ。
何せ貴族にして結婚を約束した嫁が3人も存在するチート野郎。
そして、前世が陰キャであったかも知れない俺だからこそ分かることがある。
それは──
「パリピで陽キャなこの俺が、クソ雑魚陰キャ野郎に負けることはない。良いからマルクス団長は団員とドワーフどもを連れて先に逃げてくれ」
クソ雑魚陰キャ野郎など、エロ本においては好きだった女性を寝取られるだけの役回り。捕食される側でしかないのだから俺が負けるはずはない。
「わ、分かったよ。陰キャだ何だと言うのはよく分からないけど、僕はシューゾウ伯爵を信じるよ!」
身体を震わす程に影の騎士団を恐れ縮こまっていたマルクス団長だったが、俺の指示に震えも治まり行動する。
「じゃあドワーフのみんな。僕に続いてくれ。団員のみんなはドワーフを中心に陣形を! 走るよ!」
それも当然。今回のダミアン村の偵察行も含め、俺と行動して以降のマルクス団長は全てが上手く進んでいる。俺に対する信頼度はマックスまで上がっているのだから。
「おいおい。おんしらを逃がす思うちゅうか? 取り囲むぜよ」
逃げるダミアン騎士団を足止めしようと影の騎士団が動き出す。
だからこそ、俺はそのマルクス団長の信頼に応えるためにも。
「やれやれ……逃げる連中を追いかけようとは、随分と余裕だな?」
連中に向けて俺はことさら大きな声で喧伝する。
「補給部隊の馬車5台を全てストレージに収納したのは、この俺だ。この俺を放っておいて良いのか?」
言うが早いか、俺はマルクス団長やドワーフたちが向かったのとは逆方向へと走り出す。
「なんじゃ!? どこへ行くぜよ! ここは俺に任せろではなかったぜよ?!」
2方向に別れて走り出す俺たちの姿。
「おのれ! 2手に別れるとは卑怯でござる!」
「しかもあの男の逃げ足! なんという速度か!」
「団長! どうしましょう? どちらを追えば?」
慌てたように黒装束の男たちが顔を見合わせる。
「まっこと面倒なやつぜよ……」
団長と呼ばれた男は一つ肩をすくめると。
「おまんら10人はドワーフたちの後を。他の者はわしと一緒に馬車を収納した男を追うぜよ!」
影の騎士団50名のうち、40名が俺を追って走り出す。
影の騎士団。そのような精鋭がわざわざ来たとなれば、その目的は神槍グングニルを取り戻すため。万が一にも馬車を収納する俺を取り逃がすわけにはいかないのだから、当然の判断。
全員が俺を追ってくれればと思ったが……それでもマルクス団長たちを追うのは、わずか10名。その程度は頑張ってもらうしかない。
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