第95話 帝都第13騎士団。その通称は影の騎士団。

「何だと! 補給部隊が襲われ、補給物資が全て奪われただと!?」


ここはアウギュスト帝国 北部侵攻軍の野営地。


本国から補給部隊の到着を待っていたところ、到着したのは補給物資を奪われ命からがら敗走して来た兵士の姿だけ。


「あの。神具は、神槍グングニルはどうなったでしょう?」


息せき切らして倒れ込む兵士たちに対して、ブリギッテ皇女が声をかける。

疲れているだろうが神具について一刻も早く聞き出さねばならない。


「……すみません。我々も命からがら逃げるのに精一杯でして……」


皇女からの問いかけに、兵士は申し訳なさ気に目を伏せる。


今回、神具の輸送を担当したのはベテランの輸送部隊。

隊長、副隊長ともに腕の立つ騎士であり、配下にも多数の騎士がいるという。

それが成すすべなく討たれたというのだから、敵は腕の立つ相手。


「襲撃犯の数は20名前後」

「卑怯にも連中は無人となった建物に潜み、我らを急襲したのだ」

「あの練度、あの装備。あれは間違いなく賊軍正統帝国の最精鋭!」

「我らの補給計画が漏れていたとしか思えません!」


まさかとは思うが、賊軍正統帝国は帝国の占領地まで侵入。

我が軍の輸送経路を絶つゲリラ作戦に出たのではないかと諸将は懸念する。


「とにかく! 一刻も早く補給物資を取り戻さねばならぬ!」

「出陣! 出陣だ! 我ら全軍で補給部隊を救助に向かうぞ!」

「おうよ! 舐め腐った襲撃犯に目にものを見せてくれる!」


そんな大声を張り上げる諸将の中。


「おいおい。そがな大声で吠えちゃあ、わしらの軍にトラブルがあったと敵に宣伝するようなもんぜよ?」


その熱を冷ますかのように、1人の男が声を発していた。


「む? 貴公は第13騎士団 団長シャドウトン殿」

「いくらシャドウトン殿であろうとも、今は作戦行動中」

「正式な騎士団でもない貴公が口出しする場面でないぞ」


咎めるような諸将の声にシャドウトンは肩をすくめる。


「まあ、確かにわしの団は正式な騎士団やないぜよ」


その全身を包み込むのは黒装束。一般的な騎士が身に着ける鎧ではない。


「そがなわしにも、ここで慌てて全軍を動かしちゃ危ねえってことは分かるぜよ? 何せイグノース城は目と鼻の先にあるけえのう」


現在、北部侵攻軍が陣地を構えるのはイグノース城を遠くに眺める丘陵地帯。

こちらの陣地からイグノース城が見えるということは、敵からこちらの陣地も見えるということ。


お互いが臨戦態勢で睨み合うこの状況。慌てて部隊を動かしては、その混乱は即座に知られることとなり急襲を受けかねない。


「うむ……シャドウトン殿の発言にも一理あるか……」

「確かに。慌てて動いては賊軍につけこまれかねん」

「そのような呑気を言っとる場合か! 奪われたのは神具であるぞ?」


泰然自若。慌てる諸将とは異なり、シャドウトンは冷静。


「慌てのうとも良いぜよ。神槍グングニル。おんしらも見たことあるじゃろ? ありゃあ何処からどう見てもただの錆びついた槍ぜよ」


シャドウトンの話す理路整然とした内容。


「む……確かに」

「微量な魔力を感じはするが、言われてみればという程度」

「賊軍の連中も、まさか神槍だとは気づくまい」

「ただの錆びついた槍として、野山に放置されるか……」


当初は驚き慌てるだけであった諸将も落ち着きを取り戻していた。


「じゃけえわしら第13騎士団、影の騎士団が、神槍の回収に向かうぜよ」


シャドウトン率いる帝都第13騎士団。その通称は影の騎士団。

彼らは諜報や暗殺といったアウギュスト帝国の暗部を担う集団。


通常の騎士団とは異なり、一般的な作戦行動には参加しない。

ただ皇帝の直接指示でのみ動く、小人数の特殊騎士団である。


「だが、シャドウトン殿だけでは……」


「なんじゃい? わしら影の騎士団じゃあ不服じゃとでも?」


懸念する諸将をひと睨み。


「い、いやいや。シャドウトン殿が向かわれるなら安心というもの」

「よくよく考えれば神具を失うという大失態」

「下手に我々は関与しないのが一番であるな」

「うんむ。野山に放置された錆びた槍の捜索」

「そのような雑事。影の騎士団に任せるのが適任である」


シャドウトンの眼光に、諸将は慌てたように相槌を打つ。

最後にシャドウトンは軍議の席、その最上位に座るブリギッテ皇女を見つめる。


「皇女殿下。しばらく護衛が半分になりようが、かまわんぜよ?」


「はい。もちろん。シャドウトンお願いします」


ブリギッテにとっては神具を取り戻すことが何より重要。

陛下がブリギッテを信頼して送り出した神槍。もしも失ったとなれば陛下からの信頼は潰える。そうなっては親子ともども皇宮にはいられなくなるのに間違いはない。


「姫様。わしにはそんな堅苦しい挨拶やめちょくれ。わしは姫様の母上、男爵家に拾ってもらった恩があるきに任せるぜよ」


皇女殿下に一礼するとシャドウトンは団員の半分、50名の兵を連れて陣を出る。

そのまま馬に乗るでもない。全速力でもって走り、駆け出して行った。


特殊任務に従事するべく選抜された影の騎士団。その1人1人が一騎当千の力の持ち主。補給部隊を襲った賊軍の数は20名というのだから、シャドウトンにとって兵が50名は多すぎる位であった。


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主人公も登場しないので、明日もう1話投稿します。

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