第94話 神槍グングニル

あらためて俺は手元に輝く槍を見つめる。


……綺麗だ。


語彙力あふれるコミュニケーションの天才。

そんな俺が、そう言うしかない程に輝いて見える1本の槍。

いったいこの槍は何なのか?


「神槍グングニルだお」


俺の疑問に答えたのはフード少女の口から漏れ出たその言葉。


「神槍グングニル……いったいそれは何なのだ?」


「アウギュスト帝国に伝わる3種の神具の1つだお」


かつて人々を苦しめる邪神を打ち倒すべく、アウギュスト帝国の開祖、騎士アウギュストが3柱神より授かったとされるのが3種の神具。他に神剣ティルフィング、神弓ミストルティンがあると言う。


「おにい……学校、歴史の授業で習ったはず」


おのれ。日本史であれば俺の方が詳しいというのに……


「でも、これが神槍だって言うのも信じられるかも? だって本当に綺麗……どうして今まで誰も修理しなかったの?」


天色あまいろに輝く神槍グングニル。

うっとり見つめるカルフェが疑問を口にする。


「当然、修理を試してるお。誰も修理出来なかっただけだお」


倒れている男も含めて馬車に居る全員が、国の依頼で神具を管理する武器職人。力を失った神具を復活させようと研究するも、これまで錆び1つ落とせなかったという。


「それじゃ修理したおにいは凄い?」


「凄すぎるお! 人間技じゃないお。この男は3柱神の1人、鍛冶の神の生まれ変わり。現代に蘇った現人神あらひとがみだお!」


あらためてフード少女は、だおーとばかりに頭を垂れる。

敵とはいえ、なかなかに道理の分かる少女であるが……


「うちらは神槍をブリギッテ皇女殿下の元までお届けする途中なんだお。お前も一緒に行くお。きっと褒美が貰えるお」


いや。一緒にいくおと言われても、お届けするはずがない。

帝国の皇女ということは俺の敵。何故にわざわざ敵に塩を送らねばならないのか?


「神具の力を引き出せるのはアウギュスト帝国の皇族だけだお。皇族以外では力の1割も引き出せない。宝の持ち腐れ、もったいないお!」


なるほど。もったいないのは確かであるが、無理である。

しかし、アウギュスト帝国の皇族でなければ真の力を引き出せないか……


俺は片手に構える神槍グングニル。

無造作にもって地面に叩きつける。


ズドカーン!


途端に地面が爆発。

周囲の建物までもが打ち震えるこの振動。

地震にも匹敵するこの衝撃。


「……どうやら俺は皇族だったようである」


これぞ神槍というべき威力。間違いない。


「お? 神槍を馬鹿にしとるお?」


「いや、馬鹿にしているつもりはないのだが……これで本来の力の1割だと?」


「当たり前だお。神槍の力がこの程度のはずないのだお」


これでも十分すぎる威力に思うのだが……


「もしも皇族が使えばどうなるか……恐ろしいものがあるな」


「だお。真の力を発揮した神槍グングニル。武器職人なら誰でも見てみたいお!」


俺は武器職人ではないが、見てみたいのは同意である。


「……思ったのだが、正統帝国の皇帝ディートリヒ陛下が持てばどうなるのだ? 陛下も皇族。神槍の真の力を引き出せるのではないか?」


「……おっ!!! いや……せやかて、そらあかんだお!」


いったい何があかんのか?


「正統帝国は盗賊お! 神槍を盗賊に渡すのは駄目だお。世間の常識だお!」


別に正統帝国は盗賊ではないのだが……敵対する帝国国民にとっては自分たちを襲うだけの相手。似たようなものというわけか。


だが、まあ──


「安心しろ。今のところ誰にも渡すつもりはない」


俺は修理を終えた神槍を自身のストレージに収納する。


「おにい。陛下に献上しないで良いの?」


とてつもない力を秘めた神の槍。1割の力ですら地震を引き起こすのだから、相手がディートリヒ陛下であっても無条件に信頼、献上して良い代物ではない。


「理解不能だお? お前は伯爵と呼ばれてたから正統帝国の貴族だお? それがなんだお? 謀反でもするお?」


別に叛意あってのことではない。


「確かに俺は正統帝国の伯爵。だが、エルフ王国においても森林の四つ葉の称号を貰う地位にある」


「2重国籍お? そっちの子供はエルフ。お前、エルフ王国のスパイなのかお?」


俺が仕えるのは特定の国にあらず。


「俺が仕えるのは、この世界。俺が尽くすのは、この世界に暮らす人々である」


俺の前世は令和の日本にして、令和の時代はグローバル。

自分の国だけが良ければ良いという昭和の時代ではない。

国を越え、世界と連帯して問題解決を図るのが21世紀のスタンダード。


江戸時代でもなければ昭和日本でもない。令和の俺が転生したからには、国を越え、グローバルに活動しなければ転生した意味がない。


「フード少女。神具は人々を苦しめる邪神を打ち倒すべく3柱神から授かったと言ったな?」


であれば神の槍は振るえない。


「神具は人間を殺すための力ではない。俺たち人間を助けるため、3柱神が与えてくださった力。例え敵対する国が相手でも、人間相手に振るって良い力ではない」


俺の言葉にフード少女は再び四つん這いとなり、頭を垂れていた。


現人神あらひとがみ様のおっしゃる通りだお……うちが間違ってたお!」


いや。フード少女だけではない。俺に片腕を斬られ床に倒れていた男たち。フード少女と同じ神具を管理する面々までもが、いつの間にか四つん這いとなり俺に頭を垂れていた。


「邪神と戦うんに3柱神様が与えてくださったんが神具」

「それを人間相手の戦争に使ったりしたら、罰が当たるっつーもんや」

「わしらそれを忘れて、神具の真の力を見たいだとか……」

「殴ってくれ! そない大事なことを忘れとったわしらを殴ってくれや!」


俺の言葉に納得したのか、次々とひれ伏す男たち。

分かって貰えたようで何よりである。


そもそも俺は最強厨。

主人公最強タグのない小説は読まないのがこの俺なのだから、神具などというチート武器。他人に渡すはずがない。


俺と陛下はつい先日、伯爵位を授かった際に顔を会わせただけの間柄。いくら陛下であっても他人であり野郎であるのだから、なおさらである。


「うちはソフィ。これからは現人神あらひとがみ様の弟子だお! よろしくだお」


? いつの間にかフード少女は俺の弟子になっていたようであるが──


「お前は帝国の人間。一応は正統帝国の伯爵である俺とは敵であるが?」


「関係ないお! うちらは鍛冶の神を崇めるドワーフ族。お前は鍛冶の神の生まれ変わり。従うのは当然だお!」


そう言う目の前の少女。そうだそうだと同意する周囲の男たち。

しかしドワーフ族だと?


「うちらドワーフ族は全員が生産クラスで、武器防具の取り扱いに慣れているお。だから昔から神具の管理を任されているお」


よくよく見れば彼らの身長、大人にしては随分と低い。正統帝国にエルフが住んでいるのだから、帝国にドワーフが住んでいても不思議はないが……


「悪いが、俺は弟子はとらない」


俺はスキルの力、火事場の馬鹿力でもって無理矢理に修理しているだけ。師匠として他人に何かを教えるなど出来るはずがない。


「みなまで言わなくても分かってるお。目で見て盗め。そう言いたいお? うちも職人なんで分かってるお!」


確かに昭和の職人はそういうものだと聞くが……そうではない。

そもそもがドワーフといえば髭もじゃのムサイ野郎と相場は決まっている。何を好んで髭もじゃ野郎を弟子にせねばならぬのか?


そんな俺の心情を無視して、被っていたフードを脱いで俺に片手を差し出す少女。その顔に髭はない。まごうことなきロリペタ美少女。であれば話は別である。


「良いだろう。ソフィ。俺の技術を盗んで見せることだ」


俺と美少女ドワーフであるソフィはがっちり握手。

ここに国と種族を越える師弟関係が成立した。


よくよく考えれば近年のドワーフ。男が髭もじゃは変わらないが、女はただのロリである場合も多くなっていた。これが多様性。これが令和のドワーフというものか……


「ほなら、わしらも弟子にしてくんなせえ」

「わしも。わしも頼んますわ」


俺とソフィの様子に他の男たちも立ち上がり、俺に向けて一斉に片手を差し出した。


いずれも髭もじゃで片腕だけの男たち。俺に武器を向けた自業自得とはいえ、片腕を斬られた恨みはないのか、その目をキラキラ輝かせているわけだが……


「すまないが俺の技術は一子相伝。俺が採用する弟子は1人だけだ」


髭もじゃ野郎の弟子など御免であるため仕方がない。

彼らにはそのまま帝国に帰ってもらう。その代わりと言っては何だが──


「神の御業にて彼の者の傷を癒したまえ。治療リペア」


俺は差し出された男たちの片手を握ると同時。

SSランク リペアを発動する。


「なんや?! わしらの腕が?」

「治っとる?! 治っとるで!」

「まさか四肢欠損の治療も出来るんか!?」


神槍の修理で灯した炎により、今も俺の頭髪は燃えたまま。

火事場の馬鹿力が発動したままとなっている。


「俺は錆びついた神具をも修復する男。腕の1本が治療できずどうする?」


いくら相手が髭もじゃ野郎とはいえ、ロリドワーフ美少女ソフィの仲間。片腕のないまま放り出し、ソフィに嫌われては困るというもの。


「真っ赤に燃える髪の毛……なんちゅう神々しいんや……」

「これでひげを伸ばせば鍛冶の神そのものやないけ……」

「やはりあんさんは現代に蘇った鍛冶の神! 現人神あらひとがみ様や!」


残念ながら俺にひげを伸ばす予定はないというのに、連中の騒ぎは一向に治まらない。


「弟子やろうが何やろうが関係ない」

「わしら鍛冶の神に着いていくで!」

現人神あらひとがみ様。ばんざーい!」


だから俺は現人神あらひとがみではない上に、野郎は弟子にしないというのに……


「パパ。エルフ王国は職人を募集しているのです」


悩む俺の姿に、エルちゃんが袖を引く。


……言われてみればである。武器防具の生産を担当していた先代の森林の四つ葉が亡くなり、供給に難が出ているのであった。


「俺は現人神あらひとがみではなくシューゾウ。俺に着いて来る。その言葉に二言はないか?」


俺は取り囲み盛り上がりを見せる髭もじゃ野郎に問い質す。


「おうよ! わしらは鍛冶の神の信徒やで!」

「わしらの運命は鍛冶の神と共にあるんや!」

「帝国と敵対、自分の親兄弟と戦うことになろうが!」

「わしら鍛冶の神の命に従い、ぶっ殺す覚悟やでえ!」


親兄弟と戦えなど、そのようなことを命じるつもりはない。

だが……国を捨てる。他国へ亡命するからには、その可能性はあり覚悟が必要。


「ソフィに言ったように、俺は正統帝国の伯爵であり、エルフ王国の森林の四つ葉である。この後、俺は故郷ダミアン村の周辺から帝国軍を追い払った後、エルフ王国へ向かう」


俺の話す言葉にドワーフたちは耳を傾ける。


「現在、エルフ王国は神聖教和国と戦争中である。だが、決して戦況は良いとはいえず、質の良い武器防具も不足している状況にある」


何せ俺は修理工。修理は出来ても、新しく武器防具を作ることは出来ない。


「俺とともにエルフ王国へ向かい、エルフたちの武器防具を仕立てる者が必要だが……お前たちにその覚悟は、神聖教和国と戦う覚悟はあるか?」


俺の言葉に、それまで黙って聞いていた髭もじゃ共が奇声を上げる。


「神聖教和国だか何だか知らんが、わしらが崇めるんは鍛冶の神だけ」

「鍛冶の神がわしらの力を必要やっちゅうなら」

「わしら地の果てまでも、どこまでもご一緒するでえ!」

「現人神様。いやさシューゾウ様。あんじょう頼んまっせ!」


野郎にご一緒されても困りはするが……彼らが覚悟を決めたというのであれば、武器職人としてのドワーフの力。エルフ王国のため役立ててもらうとしよう。


俺を中心に気勢を上げるドワーフたちの姿。


「あの……シューゾウ伯爵? これはどういった状況なんだろう……?」


付近の安全を確認して戻ったマルクス団長が、不思議に見ているのであった。

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