異世界に転生したので冒険者を目指そうと思ったが俺のクラスは生産系の修理工。これって戦闘に向かないのでは? だが、前世のある俺だけ2つ目のクラスがあった。やれやれ。これなら何とかなりそうだ。
第93話 その槍は全身が赤茶け錆びついていた。
第93話 その槍は全身が赤茶け錆びついていた。
目の前で胃液を吐き出し地面に倒れる男。
その身体から食料と医薬品、さらには猛毒ナイフが1本、床にこぼれ落ちていた。
「ストレージの荷物は全て出すよう言ったはずだが?」
ストレージに保管した荷物は、本人が意識を失った時点で全て排出される。
隠して持ちだせると思ったのだろうが、俺も生産クラス。
ストレージの仕組みに関しては当然に知っている。
「そんなん。あんたらに渡した量と比べたらミジンコみたいな量やん」
「わしらかて腹は減るし怪我もする。野良モンスターに襲われたらナイフも必要や」
「そんくらい大目に見んかい。金玉のちっちゃい奴やな」
俺の対応に不満を漏らす補給部隊の男たち。
「悪いがお前たちは捕虜だ。そして俺は全て出せと言った。それ以上に説明は必要か?」
俺も鬼ではない。彼らが素直に従うのであれば、解放に際して多少の食料を持たせることもやぶさかではなかったが……
「けっ。胸くそ悪いやっちゃな」
「ほらよ。これでええんやろ?」
「これで全部じゃい。わかったら早よ解放せんかい」
俺の指摘に不貞腐れたのか、彼らは隠し持っていた物資と医薬品。猛毒ナイフをドサドサ俺の足元へ投げつけていた。やれやれではあるが、彼らにそのつもりがないのであれば仕方がない。
「良いだろう。本当にストレージが空となったかどうか、確認させてもらう」
ポキポキ。指を鳴らして近づく俺の姿。
「な、なんやそら! 全部出したって言っとるやろがい!」
「わしら殴って気絶させるつもりか? 暴力反対やがな!」
「こんなん捕虜虐待や! 兄さんからも何か言ってやってくれや!」
男たちは慌てたのか、傍らのマルクス団長にすがっていた。
「え!? いや、僕に言われても……でも確かに捕虜虐待は……シューゾウ伯爵。殴るのはちょっと……」
困った顔で俺を見つめるマルクス団長。
面倒ではあるが、団長を困らせるのは俺の本意でない。
「分かった。殴り気絶させるのがマズイというのであれば……」
俺はシャキーンと剣を抜き放つ。
「後は殺して確認するしかなくなるわけだが、それで良いだろうか?」
本人の意識を失わせる。それは気絶でも死亡でもどちらでも良いわけで。
「あ……いや。殺すのも虐待だから駄目なんだけど……シューゾウ伯爵?」
俺は既に1度は団長の意見を、殴るなという意見を受け入れた。
次に意見を受け入れるのは、順番的にマルクス団長。
よって、俺はその呟きを見て見ぬ振りをし、剣を振りかぶる。
「待って! どうかわしらを殴って確認してくだせえ!」
「わ、わしから。わしの腹からお願いしますだ!」
これまでの言動。そして俺の表情から本気であると感づいたのだろう。
必死で俺の足にすがりつき訴えていた。
俺は平和主義者。暴力などもっての他である。
だが、連中が自分から殴って欲しいと言うのであれば仕方がない。
やれやれではあるが──
「ふんぬ!」
ドカーン
「げぼおぉぉ!」
力を込めて腹を殴りつける。
気絶し倒れた身体から吐き出されるのは胃液だけ。
今度こそストレージに何も隠していないのは本当に思えるが……
「そ、そらもう。そんなん当然ですやん」
「わしら捕虜やから嘘つくはずあらしまへんよってな」
とはいえ、1人殴っただけでは分からない。
「ふんぬ! ふんぬ!」
ドカーン ドカーン
「げぼおぉぉ!」「げぼおぉぉ!」
念のため別の2人を気絶させてみるが、胃液で床が汚れただけであった。
「……何だか僕、シューゾウ伯爵に着いて行けるか不安なんだけど……カルフェちゃん。後はお願いしても良いかな?」
そう言い残すとマルクス団長は付近の様子を調べるべく立ち去って行った。
別に俺は捕虜を虐待したくて殴っているわけではない。
そもそもが目の前の補給部隊。前線への補給任務とはいえ、馬車が5台に対して護衛の兵士が200人は多すぎる。
俺だからこそ制圧できたが、普通の野盗であれば返り討ちにあうその兵力。
何らかの貴重品を運んでいると考えるのが妥当である。
そして、もしも貴重品を輸送している際に奇襲を受けたなら、形勢不利と見るなら、貴重品を抱え一目散に逃亡を図るもの。
そのため先の襲撃。俺は真っ先に逃亡を図る兵士を狙って切り伏せたわけだが……貴重品を持った者はいなかった。
となれば、俺は残る7人に目を向ける。
馬車に隠れ潜む7人の内の誰かが、今もストレージに貴重品を隠し持っている。
見つめる俺の視界に、フードを被り顔を伏せる男が1人。何を恐れているのか顔を伏せ、目だけでキョロキョロ辺りを伺っていた。
「……そこのフードの男。こちらへ来てもらおうか?」
「な、なんでっか? 順番からいっても次に殴るんは、わしやがな。わしを殴っておくんなせえ!」
フード男を庇うように、別の男が俺の前に立ちはだかる。
「駄目だ。次に殴るのは後ろに隠れるフード男だ」
さらには俺の目からフード男を隠すよう、他の6人はその立ち位置を変えていた。
「あ、あんさん。こいつフード被っとるけど実は女の子なんや」
「わしらの可愛い後輩よって、殴るのは勘弁したってくだせえ」
なるほど。他より小柄な体格。フードの下から覗く顔も女性的に思える。
「あんさん、こんなめんこい娘を殴るとか」
「あかん。それだけはあかんでえ」
おそらくはこのフード少女が本命。
か弱い少女であれば暴力を免れると思ったのだろうが……
残念ながら俺は異世界転生者。令和に生きた日本人。
これまで散々に男を殴って来たのだ。今さら男女の扱いに差異を設けては、昭和の時代に逆戻りとなる。
「よって俺は殴るのだ」
ポキポキ。指を鳴らしてフード少女に近づいた所で。
「……あんさん。そこまでや」
いつの間にか俺は猛毒ナイフを手にした6人の男に取り囲まれていた。
「降伏した振りをして、やり過ごそう思とったのに」
「おなごまで殴ろうとするとか、えらい鬼畜なやっちゃで。ほんま」
「わしらの運ぶ貴重品。絶対に渡すわけにはいかんのや」
これまで気絶させた男たち。いずれもストレージに武器の類を隠し持っていないため油断していたが……
「残念やったのう。物を隠すんはストレージだけやないで」
「わしらのパンツを脱がせて確認するべきやったなあ」
なるほど。俺としたことがストレージにとらわれ過ぎた盲点。
連中は降伏したわけではない。降伏したように見せかけ、武器を隠し俺の隙を狙っていたというわけだ。
「おっと。抵抗せんほうがええで?」
「わしらの持つ武器は猛毒ナイフや」
「分かるやろ? わしらかて殺しとうはない」
6人が持つ猛毒ナイフ。その刀身は不気味に黒く光っていた。
どこかで見覚えのある黒光り。となれば──
「カルフェもエルちゃんも下がっていてくれ。連中の相手は俺がする」
武器を構えるカルフェを制止。
俺は6人に取り囲まれる中、慌てることなく剣を抜き放つ。
「俺が相手するやって? あんさん恰好つけるのも大概にした方がええで?」
「猛毒ナイフや。かすり傷で死ぬんやで? 苦しいでえ?」
「あんさんだけやない。連帯責任。そのおなごも死ぬで?」
俺を取り囲みいっちょ前にナイフを振るってみせる男たち。だが──
「それだけの武器がありながら、今まで逃亡も反抗もしなかったのは何故だ?」
ナイフを突きつける連中。その腰が引けていることに俺は気が付いていた。
「いくらいきがろうが、所詮は生産クラス。そして生産クラスの戦闘力など……」
ズバーン
「ぎゃああ!」
電光石火の斬撃。
ナイフを突きつける男を1人。俺はその右腕を切り捨てる。
「トリプルクラスである俺からすればカス同然。戦って勝てる力がないから、お前たちはギリギリまで降伏した振りでやり過ごそうとした。そういう事だろう?」
男が1人斬られたにも、生産クラスで荒事に慣れていないだろうにも、残る5人の男たちに怯む気配はない。
「確かにわしら生産クラスや」
「せやけど、生産クラスでも訓練すれば剣術は習得できるんやで?」
「もちろん本職から見ればわしらの武力はカスかもしれん」
「それでも猛毒ナイフが5本。かすり傷でも殺せるんや!」
「あんさんも死にたくないやろ? わしらもや。せやから見逃せや!」
確かに俺も死にたくはない。だが、そもそもの話。
「俺はトリプルクラスのシューゾウ。パンツに隠せる程度の短小包茎ナイフ。俺に通用しない」
よって。ズバーン。ぎゃああと、さらに1人。俺はその右腕を切り捨てる。
「なーにがトリプルクラスや! 意味不明なこと言いおってからに!」
「もうええ! ぶっ殺したるわい!」
「こうならやけや! いくでえ!」
「うおおお!」
背水の陣。残る4人の男は決死の覚悟で猛毒ナイフを振るい迫りくるが──
「スター・スラッシュ! 4連斬り!」
ズバズバズバーン
俺の剣術はAランクにして、スター・スラッシュはAランクスキル。
流星の如き速度で相手を切り刻む高速剣を相手に、生産クラスの人間が4人程度。
いくら取り囲もうが、俺にかすり傷1つ負わせることは叶わない。
「ぎゃああ!」×4人。
地面に倒れる4人の男たち。
やれやれ。また無駄な物を斬ってしまったものだが……殺してはいない。
俺は令和に生きた日本人。ジュネーブ条約を遵守するべく、非戦闘員である連中の右腕を切り落としただけ。荒事に慣れていない生産クラス、痛みとショックで気絶しているだけである。
腕を斬り落とした時点で条約違反ではないか? という問題はあるが、まあ、仮に違反だったとしてもここは異世界だからして……
ズブリ
血に濡れた剣を鞘に収める。その瞬間。
俺の脇腹に突き刺さる1本のナイフ。
「……」
無言でナイフを握るのはフードを被る少女。
その手に握るのは黒く光る刀身。猛毒ナイフであった。
「お、おにい! 猛毒ナイフが!」
慌てて駆け寄ろうとするカルフェを片手で制すると、俺は腹に刺さる猛毒ナイフを抜き取り、自分のストレージに回収する。
「お、おにい? 大丈夫なの?」
「……?」
不思議そうな顔をするカルフェとフード少女。
「問題ない。俺に毒は無効だ」
HP自動回復スキルのある俺に毒は意味がない上、以前に暗殺者から猛毒の剣で斬られたおかげで、Fランクとはいえ状態異常耐性スキルも習得している。
「パパの生命力はゴキブリ並み。心配するだけ無駄なのです」
その例えはどうかと思うが、心配がいらないのは事実であるため否定はしない。
「フード少女。ストレージの中身を全て出してもらえないか?」
「……」
俺の問いかけにも返事はない。となれば殴り気絶させるしかないわけだが……
俺は争いを好まぬ令和の紳士。先ほどフード少女を殴ると見せかけたのも、あくまで脅し。男女差別と言われようが、誰が好き好んで少女を殴ろうか?
俺は床に倒れる男の1人。右腕を切り落とされ気絶する男を持ち上げ、再度、問いかける。
「フード少女。ストレージの中身を全て出してもらえないか?」
男の首筋に当てられた剣を見たフード少女。諦めたようにその手を前に差し出すと、ストレージの中身を床に吐き出した。
チャリーン
音を立てて床に転がる1本の槍。
散々にもったいぶったのだ。いか程の逸品であろうかと手に取るが……
その槍は全身が赤茶け錆びついていた。
「……何だこの槍は? すっかり錆びついているではないか?」
俺の問いかけにもフード少女は首を横に振るだけ。
「普通に錆びついているね。かなりの年代物?」
カルフェも手に取るが、誰が見ようがただの古い錆びついた槍。
試しに馬車に突き立てるが──
カーン
木製の馬車にすら弾き返される。
武器としてはまるで役に立たないゴミであった。
「ふーむ。とりあえず修理してみるか……リペア」
俺は錆びた槍にリペアスキルを使用する。
が……錆びた槍に効果はなく、錆びついたまま何の変化もない。
「ふーむ。修理も出来ないのでは使い道はないか……」
一人愚痴た俺は錆びた槍を地面に投げ捨てる。
その姿にフード少女は口元に薄っすら笑みを浮かべるが……
「……などと、まさか俺が本当に投げ捨てると思っていないだろうな?」
フード少女の前で投げ捨てるように見せた錆びた槍。
俺は再び握り直すと、自身の胸元へと引き寄せる。
そもそもが、俺のリペアはSランク。
最高ランクのリペアで修理できない槍など、常識的に考えてあり得る代物ではない。
いったいこの錆びた槍が何なのか?
フード少女が答えないのであれば、とにかく修理してみるだけである。
「え? でも、おにい。Sランクで修理できないんじゃ、どうしようもなくない?」
カルフェの疑問に、うんうん頷くフード少女。
うんうんじゃねーよ。この野郎と思わないでもないが、まあ良い。
カルフェにもまだ説明していなかった俺のトリプルクラス。
その真価について、この場で実践して見せるのが手っ取り早いというもの。
「火よ。燃え盛る炎となれ。ファイア」
詠唱と同時。俺は自分の身体に炎をまとわせる。
「……!?」
突然の焼身自殺に驚くフード少女。
「……そういえば、おにい。マルクス団長を治療する時も、同じことをやっていたよね?」
見るのが2回目だからか、冷静に評するカルフェ。
「俺はトリプルクラスのシューゾウ。心の炎を燃やすことで、人を越え、神にも匹敵する力を手に入れるのが、この俺なのだ。いくぞ!」
錆びた槍を両手でつかみ天に抱げる。
「槍よ。我が魔力を糧に、あるべき姿を取り戻せ。SSランク リペア!」
錆びつき赤茶けた槍にリペアの光が流れ込む。
表面にこびりつく錆が剥がれ落ちていくと同時、その下から光が迸る。
「……綺麗」
「神々しいのです」
「!!!!!!!」
錆の落ちた後、俺の手には
呆然と槍を見つめるカルフェとエルちゃん。
そして、いつの間にかフード少女は四つん這いとなり、俺の前に頭を垂れていた。
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