第92話 前線キャンプを目指して進む補給部隊。

帝都を発した後、北部侵攻軍の前線キャンプを目指して進む補給部隊。

その先頭を進む騎馬が1頭。馬車の窓を開け車内で身体を休める男に声をかける。


「隊長。ダミアン村に到着しました。どうしますか?」


「ダミアン村か。すでに住人は避難しており、今は無人の村だったな?」


「はっ。賊軍正統帝国の腑抜けどもが、刃も交えることなくダミアン村を放棄したとか」


「ふむ。ここまで来たなら期限は大丈夫か。今晩はダミアン村で夜を明かす。馬車はかつての領主の屋敷、その中庭まで運び入れろ。その後、各自は適当に空いた家屋を利用して休憩するように」


緊急の補給物資を積み、ここまで休みなく走り抜けた補給部隊。ようやくまともなベッドで休めるとあって、路地を進む部隊に弛緩した空気が流れていた。


「この辺りは村でも建物が密集しているな」

「領主の屋敷が近いからな。かつての村の中心部ってわけだ」


周囲の警戒がおろそかとなるその瞬間。

無人と思われた道路脇の建屋。その2階の窓が開くと一斉に矢が放たれた。


「ぐわー」

「なんだ!? 敵襲か!」


放たれる矢雨に、馬車を操る御者はもちろん、馬車に追従して行軍する兵士が射倒されていく。


「くっ。速度を上げろ! 弓矢で狙われているぞ!」


建物が立ち並ぶ路地を駆け抜けるべく御者が鞭を入れる。

先頭を進む馬車が速度を上げようとした所で、その地面が陥没した。


「なにい?! 落とし穴だと!」

「車輪が! これでは馬車が動けないではないか!」


落とし穴に車輪を取られた先頭の馬車が停車。

決して広いとはいえない路地。後に続く馬車も動きを止めざるを得ない。


「何ごとだ? 何を騒いでおる! 何故に馬車を止めるのだ!」


突然に周囲から聞こえる悲鳴。さらには動きを止めた馬車の動きに、車内でくつろぐ隊長は豪華な兜を片手に馬車を飛び出した。


「は、廃屋だと思われた家屋から突然に矢が!」

「おそらくは野盗あたりが潜んでいるかと……」


「おのれ! 野盗風情が! だが、我らを襲うとは運のない連中よ! 慌てず守備陣形を整えよ!」


部隊へ指示を飛ばす隊長。

その前に、路地の建屋を飛び降りて1人の男が立ちはだかった。


「何やつか! 貴様が襲撃犯であるな?」

「ものども取り囲め! ぶっ殺すのだ!」


隊長の指示に従い騎士が20人。一瞬の間に男の周囲を取り囲む。


ただの輸送部隊ではない。貴重品を輸送する任をおった熟練の輸送部隊。

多数の騎士が護衛するのだから、取り囲まれた男は終わりである。


だが、二重三重に包囲されたにも男は冷静。両手それぞれに剣を握る2刀流。


「死にっさらっせー!」

「きえー!」


護衛の騎士たちが飛び掛かると同時。男は身体をひねると独楽のように回転する。


ズバズバズバズバズバーン


飛び掛かる騎士たち20人。その身体が一斉に細切れとなり吹き飛んでいた。


「シューゾウ流剣術。竜巻スラッシュ」


「なにい! 20人の騎士が一瞬で?! ま、まさか……2刀流にその剣技……貴様は暴風のトルコ! 噂に聞く凄腕の傭兵。まさか野盗に雇われていたか!?」


やれやれ。まさかトルコなどという雑魚と見間違えられようとは……


「シューゾウ流剣術と言ったであろう? 俺はトリプルクラスのシューゾウ。今日より竜巻スラッシュは俺の技である」


先の1戦。奴の竜巻スラッシュを受けた時に俺はその仕組みを理解、習得していた。

2本の剣をもって回転するこの大技。最も効果を発揮するのは敵集団に取り囲まれた時。荒れ狂う剣の竜巻に巻き込まれた敵兵士たちが、命の助かる道理はない。


元々が野盗に雇われた傭兵トルコ。この竜巻スラッシュで補給部隊を襲う手筈だったという。俺が代わりに披露したのだから感謝してもらいたい。


「おのれー! 我が名は騎士カウフマン! 補給部隊の隊長にして……」


手元に抱える兜を被るその直前。

ズブリ。1本の矢が隊長の脳天を貫通していた。


「スナイプ・シュートなのです」


建屋の2階。窓から狙撃するエルちゃんはぐっとブイサイン。


幼い頃よりママさんから弓矢の手ほどきを受けていたエルちゃんであったが、これまでの実戦を経て、その腕前は精鋭と呼べる実力に達していた。


「ああっ! た、隊長までもが?!」

「馬鹿な! 騎士にして輸送任務に熟知した我らの隊長が!?」

「あひー! ど、どうすれば?!」


多くの騎士を、隊長を討ち取られ混乱する補給部隊。

さらにはファイア・ボールの火球が車列に飛び込みドカーン。爆発する。


ダミアン騎士団唯一の魔導士ハンブルの攻撃魔法。

魔法使いの上位クラスだけあって、なかなかの威力。


「今だ! かかれー! 全員突撃!」


爆発に混乱する機を逃さず、マルクス団長率いるダミアン騎士団の団員それぞれが潜んでいた家屋を飛び出し突撃する。


「う、うわ! いきなり四方八方から敵が!」

「ヤバイって! 聞いてないってこんなん!」

「ど、どうすりゃ良いってんだよ!?」


一頭の羊に率いられた狼の群れは、一頭の狼に率いられた羊の群れに敗れる。とは誰の言葉であったろうか?


集団を率いるにおいて、隊長の役割がいかに重要であるかを述べたこの格言。その言葉通り、マルクス団長が指揮するダミアン騎士団は、隊長を失い混乱する帝国軍補給部隊を翻弄する。


「皆の衆よ慌てるな! 野盗の数は少ない! 落ち着くのだ!」


その流れを変えようというのだろう。槍を天に突き上げ大声を張り上げる男の姿。


「これより補給部隊の副隊長である俺が指揮を執る! 皆の衆は慌てず……」


ズブリ。


その胸元を貫く槍が1本。


「がはっ……な、なにやつ……?」


槍を操るのは騎士カルフェ。

俺と一緒に居た頃は剣しか使っていなかったカルフェであるが、本来、騎士は剣、槍、弓、盾を使いこなす戦闘系の上位クラス。


カルフェが槍を引き抜くと同時、男は声もなく地面に倒れていく。


「ああっ! ふ、副隊長まで?!」

「お、おのれー!」


副隊長の仇を討たんと周囲から敵兵が剣先を向けるが──


「邪魔しないで。ペネトレイト・ストライク」


ズブズブ ズブリ。


振るう槍先は寸分たがわず敵兵の胸。その鎧を貫き心臓を串刺しにする。


俺の居ない3年間。ダミアン騎士団で正式な戦闘訓練を積んだのだから、その実力は推して知るべしというものである。


「ま、まずいってこれ!」

「に、逃げろ! 逃げるしかねえ!」

「助けてくれえ!」


隊長、副隊長を失った補給部隊。

敵兵士は馬車を捨てて一目散に逃走を開始する。


だが、敵兵たちの受難はまだ終わらない。

逃げる敵兵を追いかけ追いすがり背後から切りつける1人の勇者。


「逃亡兵虐殺スラッシュ! 死ねー!」


ズバーン。


「ぎゃあー。ご無体な……」


この俺。トリプルクラスのシューゾウがいるのだから、逃亡兵に安息があろうはずもない。


「シュ、シューゾウ伯爵。相手は補給部隊。逃げる敵は無理に追わなくても……」


逃亡兵を狙いすました俺の斬撃に、マルクス団長は戸惑ったように声をかけるが……

例え背を向け逃げる兵士であろうとも、武器を捨て降伏するまでは敵兵士。歴戦の勇士たる俺に油断は微塵もない。


「で、でもほら。下手に深追いしても危険だし、それより補給部隊の馬車を確保した方が……どうかな?」


そう言ってマルクス団長が指さす先には置き去りとなった5台の補給馬車。いずれも馬車を引くべき馬は射貫かれ、車輪は穴に落ち、逃げ出すこともできず停車していた。


元々が田舎領主の息子として、両親に愛され幸せに育ったマルクス団長。


その性格は父であるダミアン男爵を受け継ぎ温厚そのもの。先の戦で帝国軍を相手に父親を失う悲劇にあってなお以前と変わらない。こと戦争に限れば欠点となりえるその性格だが……


「分かった。俺は補給馬車を確保する。敵兵はマルクス団長の方で適当に追い散らしておいてくれ」


俺やカルフェが領主一家、ドロテお嬢様と親しくなれたのも、その性格あってのもの。おかげで俺はお嬢様と結婚。マルクス団長は俺の義兄となったのだから。


「うん! 騎士団は逃げる敵兵を追撃! 村から追い出すだけで十分だから無理しないようにね!」


マルクス団長の号令に勢いよく駆け出す騎士団メンバーに追撃を任せた俺は、置き去りとなった5台の馬車に歩み寄る。


「……結婚してパパは腑抜けたのです」


残された補給部隊の馬車。

その荷台へと向き直る俺の傍らには、いつの間にかエルちゃんの姿。


「エルフの国では逃げる敵兵にも容赦なかったのです」


どうやら敵兵の追撃を取り止めたことが不満のようだが……

エルフの国とは異なり今回の敵は帝国。それも補給部隊。


世継ぎ騒動から2つに分かれ敵国となりはしたが、元は同じ国民。

犠牲が少なく治まるならそれに越したことはない。


何より今は馬車への対応が優先。

馬車のドアを開けば、床に座り込みガタガタ震える男たちの姿があった。


「か、かんにんや……」

「わ、わしら抵抗せんから助けて貰えんやろか?」


彼らは生産クラスの人間にして、物資の運び人。

スキルのストレージを利用して馬車の容量以上に荷物を運んでいる。


「わしらの運ぶ物資は全てあんさんに渡すさかい」

「何とか見逃してや。故郷には女房と子供がおるんや」


護衛の兵士が逃げた今、反抗するつもりはさらさらないのだろう。

俺が剣を向けるだけで、男たちは両手を掲げ大人しく馬車を降りて来た。


「ひとまずストレージの物資を全て出して貰おうか?」


俺は剣を向けたまま、5台の馬車を降りた運び人、合計10名の男たちに告げる。


「へ、へい。それじゃ失礼しやして」


ドサドサ積み上げられる物資の山に、マルクス団長は感嘆の声を上げる。


「凄いよ! これだけの物資を持ち帰れば、領民のみんなも……」


イグノース城へ避難。今も居候生活を送るダミアン男爵領の住民たち。先の戦におけるダミアン騎士団の活躍により改善されたとはいえ、まだまだ城内での立場は低い。


だが、これだけの補給物資を持ち帰ったとなれば話は別。

今後は身体を小さくして生活する必要もなくなることだろう。


運び人たちがストレージから放出する物資。

最終的には馬車20台にも匹敵する山となっていた。


「これでわしら無害なんは分かって貰えましたやろか?」

「わしら丸腰ですよって、解放して貰えやしまへんやろか?」


両手を揉みながら、ぺこぺこ頭を下げる運び人たち。


「そうだね。シューゾウ伯爵。もう彼らは解放して良いんじゃないかな?」


思った以上の補給物資にマルクス団長は喜色満面。

確かに俺たちの目的は補給物資。このまま解放しても問題はないのだが……


「ストレージの荷物はこれで全てか?」


「へ、へい。それはもう。この荷物の量を見てもらえれば……」


念のため確認する俺の言葉に、男が答える。

言われるがままに、これだけの補給物資を放出したのだ。

普通に考えれば、これ以上に隠し持っていることはなさそうであるが……


「ふんぬ!」


ドカーン


俺は男の腹を殴り飛ばす。


「げぼおぉぉ!」


口から胃液を吐き出し倒れる男。


「な、なにするんや! あんた!」

「わしら非戦闘員やで! それをあんた!」

「非道や! こんなん非道にも程があるで!」


いきなりの暴行に補給部隊の男たちが騒ぎ出す。


「シュ、シューゾウ伯爵?! どうしたの!?」


ついでマルクス団長も驚きの声を上げるが……残念ながら異世界にジュネーブ条約が存在しないことは、エルフ王国における蛮行を見れば明らか。そして──


「どうしたも何も、見てのとおりだ」


地面に倒れ気絶する男。

その身体から食料と医薬品、さらには猛毒ナイフが1本、床にこぼれ落ちていた。

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