第91話 ブリギッテ皇女が指揮する北部侵攻軍。

アルカディア帝国 皇帝エドウィンに2人の世継ぎあり。

すなわち第1子 ブリギッテ皇女。第2子 カイザーン皇子である。


3年前。正統帝国賊軍の重鎮ヘルムート辺境伯の死去により再燃した帝国と正統帝国賊軍による争い。


3年が経過した今、その戦況は帝国有利の状況で進捗していた。


いよいよ長年に渡る争いに決着を着けるべく帝国は軍を2分。南北2つのルートから正統帝国賊軍の首都を目指して進軍を開始する。



北ルート。北部侵攻軍を指揮するのは、皇位継承権 第2位であるブリギッテ皇女。南ルート。南部侵攻軍を指揮するのは、皇位継承権 第1位となるカイザーン皇子。


皇帝エドウィンは南北それぞれの指揮官に我が子2人を抜擢したのであった。


ブリギッテ皇女が指揮する北部侵攻軍。

それは帝都第4騎士団、第5騎士団、第6騎士団を中心に編成された混成部隊。イグノース城をはじめとした北部要衝を攻略しつつ、正統帝国賊軍の首都を目指す手筈となっていたのだが……


「あの……賢者ライナルトの行方はどうなったでしょうか……?」


「はい。イグノース城攻めにおいて前線で陣頭指揮をとっていた所、賊軍正統帝国による戦闘馬車の突撃を受け、部隊は壊滅。いまだに行方不明とあって、おそらくは討ち死にされたかと……」


配下からの報告にブリギッテは暗い顔で俯いた。


「それでどうする? 軍師である賢者殿が討ち死にしたのだ。これ以上に進軍することは無理であろう?」

「だが我らは陛下の命でここにいる。指揮官である皇女殿下の指揮に従い、城攻めを継続するしかあるまい?」

「……本気で言ってるおるのか? ふんぞり返るだけが得意なお飾り殿下の指揮で無駄に部下を死なせるなど、我は御免であるぞ?」


今は第4から第6騎士団の団長が集まる軍議の席。忌憚のない議論が必要とはいえ、仮にも皇位継承権 第2位。長子にして皇女であるブリギッテを前にあまりにも失礼な物言い。即刻、打ち首を命じられても不思議のない場面であるが……


(別にふんぞり返っているわけでもないのに……お飾りなのは確かだけど)


配下の暴言にもブリギッテは脳内で愚痴るだけ。18歳となるこれまでに目立つ戦功はなく、大部隊を指揮した経験もないのだから言われても仕方のない所であった。


だが、例え本人が気にせずとも、皇女殿下への暴言は帝国への暴言。

本来であれば集まる諸将が制止するべき場面なのだが……


「だいたい皇女などと粋がってるが、奴のクラスはただの【戦士】ではないか」

「何故に我ら誇りある帝都騎士団が【戦士】の指揮に従わねばならぬのか……」

「我はこれほどの屈辱、初めてである」


アウギュスト帝国は、何よりクラスを重視する国。【戦士】は成長性に劣る下位クラス。帝国軍における役割は雑兵だと相場が決まっている中、皇女というだけで指揮官となったブリギッテに反発するのはやむをえないことであった。


「それに比べて南部侵攻軍の羨ましいことよ」

「弟ぎみであらせられるカイザーン皇子殿下のクラスは、陛下と同じ【聖騎士】」

「我もカイザーン皇子の元、轡を並べて戦いたかったであるぞ」


代々アウギュスト帝国の皇帝は【騎士】クラスの者が戴冠する決まり。いかに長子であろうともブリギッテが皇帝となる可能性はなく、すでに弟であるカイザーン皇子が皇位継承権の第1位となっていた。


諸将の関心は、いかに次期皇帝カイザーン皇子の歓心を買うかであり、【戦士】であるブリギッテに取り入ろうとする者はいない。


そんな孤立無援の軍議において、ブリギッテは顔を上げる。


(でも……お母さんのためにも頑張らないとね)


ブリギッテ皇女とカイザーン皇子は、母の異なる異母兄弟。


男爵家にして、恋愛結婚であるブリギッテの母。

公爵家にして、政略結婚であるカイザーンの母。


当然、両夫人の折り合いが良くなるはずもない。


特にカイザーンのクラスが【聖騎士】と判明。ブリギッテを抜いて皇位継承権 第1位となって以降、宮廷におけるブリギッテ親子への当たりは厳しくなっていた。


ブリギッテの母とは恋愛結婚。情のある皇帝エドウィンは此度の作戦、北部侵攻軍の指揮官という大役にブリギッテを任命する。


正統帝国賊軍首都の制圧。この大任を全うすることが出来たならブリギッテの実績に箔が付き、宮廷におけるブリギッテ親子の立場も改善されるだろうと。


必勝を期するべく皇帝エドウィンはブリギッテの軍師に賢者ライナルトを配置。ブリギッテもまた慣れない鎧を着てここにいるわけだが……肝心の賢者ライナルトが討ち死に。北部侵攻軍におけるブリギッテの求心力は地に落ちる一方であった。


「あの……帝都への魔法伝書バトの返事はどうなっているでしょう?」


賢者ライナルトの訃報について、ブリギッテはいち早く帝都へ魔法伝書バトを送るよう伝えていた。高速を誇る魔法伝書バト。そろそろ何らかの返事が届いているのではと配下に確認する。


「はい。こちらに」


自身に向けてうやうやしく差しだされる書面を受け取り、ブリギッテは目を通す。


「……父上は、いえ、エドウィン陛下は、私に神槍グングニルを貸し与えてくれるそうです」


予想だにしないその内容。


「神槍グングニル!? 3種の神具の1つをブリギッテ皇女にだと?!」

「それは……本当に真の書面であるか?」

「陛下は我が子可愛さにおかしくなってしまわれたか?」


思わず配下の騎士団 団長は声を漏らしていた。


神槍グングニル。それは神剣ティルフィング、神弓ミストルティンと並ぶ帝国3種の神具の1つ。アウギュスト帝国の開祖である騎士アウギュストが3柱の神より授かったとされる武具である。


かつて邪神が世を支配する時代。騎士アウギュストは神具をもって邪神を討伐、帝国の礎を築いたとされている。


帝国建国から長年が経過。3種の神具はかつての神力を失い、今や紙切れ1つ切ることのできない錆びた抜け殻となっているが、それでも神具としての威光は健在。


その神具の1つをブリギッテ皇女に貸し与えるというのだから──


「つまりは我らに勝手な行動はするなと」

「ブリギッテ皇女殿下に従うよう」

「陛下は改めて釘を刺してきたというわけか……」


軍師として配置した賢者ライナルトが討ち死に。ブリギッテの指揮に従わない者が出ることを危惧した皇帝エドウィンは、神具の威光を持ってブリギッテの元に騎士団をまとめようという腹づもり。


「やむを得まい。陛下がそこまでブリギッテ皇女をお思いであるなら」

「我らも皇女殿下に従おうぞ。あらためて、よろしくお願い申すである」

「して皇女殿下。神槍グングニルは今どちらにあらせられるか?」


覚悟を新たにブリギッテを見つめる騎士団 団長たち。

皇女殿下への反感はあろうとも、帝国への忠義は健在。

いずれも歴戦の勇士であり、その実力に微塵の疑問も不要である。


「補給部隊が輸送中と。もう間もなく到着するそうです」


先の戦で賢者ライナルトが討たれたとはいえ、帝都第4~第6騎士団の精鋭3万に大きな被害はない。皇女殿下の返答を聞いた団長たちは、イグノース城の再攻撃計画について議論を開始する。


だが、そもそも正統帝国賊軍との争いは、世継ぎ争いが元で始まった内乱。

今、3種の神具の1つを皇位継承権 第2位であるブリギッテ皇女に貸し与える。

それは、あらたな世継ぎ争いの火種にもなりかねない危険な行為であった。


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久しぶりの更新ですが、多くのアクセスありがとうございます。感謝の投稿。

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