第89話 俺も強くなる。だから……これからも一緒に頑張ろう。


暴風のトルコは死んだ。


竜巻スラッシュを使いこなす危険な傭兵であったが、我が家のリビング。天井が高くて助かったというもの。これが転生前の実家、日本の家屋であれば、ジャンプした瞬間に頭を打って悶絶していたところであった。


そんな暴風のトルコが使っていた魔剣。ソードブレイカーだが……


「回収するのです」


まあ、俺には必要ないもの。エルちゃんのおもちゃに丁度良い。

それより問題はカルフェである。


傭兵に蹴られたカルフェは今も倒れたまま。

金属鎧であっても蹴られては痛い。それでも衝撃は緩和できるはずで、あの程度でどうこうないはずが……どうしたのだろう?


「カルフェ。大丈夫か?」


「……うん」


倒れたカルフェに手を差し出すが、カルフェは俺の手を見るだけ。

手を取ることもなく、立ち上がろうともしなかった。


「調子が悪いのか?」


「……うん」


俺の問いにもカルフェは俯いたまま。


「怪我をしたなら、お兄ちゃんが治療する。見せてくれ」


「うう。駄目だよ」


蹴とばされたお腹を見ようとするが、カルフェは背中を向けてしまっていた。


「うう。だって、おにいとカルフェ。本当は兄妹でも何でもないんだよ?」


まあ、そうなのだが……いきなりどうしたのだ?


「おにいとカルフェは他人。だから親しくしたら駄目なんだよ」


いや。他人であっても怪我人には優しくするもの。

何より相手はカルフェ。俺が優しくするのは当然である。


「おにい。伯爵だなんて凄い出世した。なのに、け、結婚しようとか……ドロテちゃんもママさんもいるのに、カルフェを好きになるとか、ないから」


そんなことはない。


「俺は好きでもない相手と一緒に、お風呂には入らない」


確かにドロテお嬢様もママさんも魅力的。

だが、それ以上に異世界で俺が始めて好きになったのはカルフェ。お前なのだから。


「うう。あれはおにいとの約束だったから……今から思うと恥ずかしい。消えたい」


いや。恥ずかしくなどない。

一般的には恥ずかしいのだろうが、俺とカルフェは幼い頃から一緒にお風呂に入っていた仲。確かに多少、そう、多少は大きく成長していたようだが、それは恥ずかしがることではなく誇ることであるからして何の問題もない。


「おにいはずっとおにいだと思ってた。でも、3年ぶりに会ったおにいは何だか大きく別人のように逞しく成長して……それに伯爵だなんて。何か別の世界に行っちゃったような感じ……」


それはかつての俺と同じ。

カルフェが騎士となった時、ただの村人であった俺は置いていかれたような、カルフェが別の世界に行ってしまったような……そんな感覚となったことを覚えている。


それでも、カルフェは俺を置いてはいかなかった。

村人であった俺とも一緒に冒険者となろうと。そう言ってくれたのだ。だから。


「俺はどこにも行かない。俺はカルフェに会うため戻って来たのだ」


俺はカルフェの目を見て言う。


「これからもカルフェと一緒にいたい。だからカルフェ。俺と結婚して欲しい」


途端に赤くなり俯くカルフェ。


「うう。でもカルフェこんなんだし。ドロテちゃんもママさんも。2人とも美人でおしとやかで頭も良いのに。カルフェ。戦うしかできないから」


まあ、おしとやかで頭も良いかどうかは知らないが、美人なのは確かである。

だが、美人というならカルフェも。


「うう。カルフェ。戦うだけが取り柄なのに、おにいの前でみっともなく倒れて……恥ずかしい。消えてしまいたい」


みっともなくなどない。俺とカルフェは兄妹として暮らして来たのだから、今さら何を恥ずかしがることがあるのか。


「カルフェはお兄ちゃんを助けようとしてくれたんだろう? ありがとう」


そもそも、みっともないと言うなら、俺はこれまでカルフェの前でどれだけ気絶してきたか。きっと白目を向いてみっともなかっただろう。それもカルフェが相手だからこそ、気を許せる相手だからこそであり。


「カルフェ。これからも俺はみっともなく倒れることがあるだろう。その時はカルフェに助けて欲しい」


それはドロテお嬢様にもママさんにも出来ない、騎士であるカルフェだけに出来ること。再び差し出す俺の手をカルフェがつかんだ所で、引き上げる。


「うん……じゃあカルフェ。もっと強くなる」


すでに十分に強いとは思うが、より強いに越したことはない。


「ああ。俺も強くなる。だから……これからも一緒に頑張ろう」


俺の手を取り立ち上がるカルフェ。起き上がった今も、その手はつながれたまま。


3年前。かつて自宅で一緒に剣を振るっていたあの頃。毎日のように一緒に森へとモンスター退治の修行に出たあの頃は、まだ兄妹だった。


それがこうして一緒に並び立てる時が来ようとは……

隣で立つカルフェの顔は少し赤く、そして、きっと俺の顔も赤くなっているだろう。



さて。すっかり待たせてしまったエルちゃんはといえば、倒れる傭兵。暴風のトルコの身体をごそごそ。その装備をはぎ取っていた。


「なかなか良い装備なのです」


うーむ。なかなかの手際であるが、いったい誰が仕込んだのか……


「カルフェお姉ちゃん。もう大丈夫なのです?」


「うん。ごめんね。エルちゃん」


「弱肉強食。世の中は理不尽なことが一杯なのです」


何だか達観したようなエルちゃん。


「そんな時、頼れるのは暴力だけ。これをプレゼントするのです」


エルちゃんがカルフェに手渡したのは、先程回収した剣。

ソードブレイカー。

てっきりエルちゃんが自分で使うものかと思ったのだが……


「エルちゃんの分もあるから、お揃いなのです」


そう言ってエルちゃんはバラバラとなったもう1本の剣。

ソードブレイカーの破片を俺に手渡した。


なるほど。俺に修理しろというわけか。


「え? でも折れているし、もう使えないんじゃ?」


「カルフェ。お兄ちゃんは修理工。この程度は軽く修理できるから心配いらないぞ」


これからは家族となる2人。

お揃いの武器となるのであれば、早速修理するとしよう。


「パパ。室内で燃えるのは駄目なのです」


はい。確かにここは俺の実家。燃やすのはよろしくない。

というか、そんな我が家のリビングが血みどろとなっているではないか……


「パパが首を斬るからなのです」


俺は悪くない。自宅に侵入した傭兵を退治しただけ。

悪いのは全てこの傭兵。俺は傭兵の死体を家の外へと運び投げ捨てる。


「お父さんお母さんが怒りそうだね。カルフェが掃除する」


「エルちゃんも手伝うのです」


鎧を脱いで雑巾片手に掃除を始めるカルフェとエルちゃん。

床に出来た大きな血だまりを拭き取ったところで。


「よし。後の細かな掃除はお兄ちゃんに任せてくれ」


3年前。俺が実家に住んでいた頃も、掃除は俺の担当だったのだ。


俺の修理スキル。リペアで修理した物は、汚れもない新品同様のピカピカとなる。

つまりは。


「リペア。リペア。リペア。リペア」


天井。床。テーブル。椅子。全てにリペアするなら。


「綺麗になったのです」


どういう原理か? 血は何処へ行ったのだ? などと考えてはいけない。

修理した物は新品同様になるという。その結果だけで十分。

あるがままを受け入れる。それが異世界を生き抜くコツである。


ただ、汚れを落とすといっても、あくまで修理のおまけの副次効果。染みついた汚れを落とす程度の効果でしかない。綺麗になったのも、2人が大きな血だまりを拭き取ってくれたおかげである。


さて。後はカルフェとエルちゃん。

2人の服と身体に着いた血の汚れも落とす必要があるわけだが。


「服は俺が綺麗にしておくから、その間、2人はお風呂で身体を洗うと良い」


リペアで服は綺麗に出来ても、身体は無理である。

いや、SSランクであれば出来そうな気もするが、そんな野暮はなしである。


これから家族となるカルフェとエルちゃん。

2人の絆を深めるためにも必要なことである。


「おにい。まだ村に野盗が残っているかも知れないよ?」


「お風呂に入っている間に襲われるのは困るのです」


その心配はない。

先程、傭兵の死体を捨てるのに外へ出た時、騎士団の人に聞いたのだ。


「大丈夫。領主の屋敷にいた野盗のボスは退治したそうだ」


せっかくの実家。今日はこのままゆっくり休ませてもらうとしよう。


「パパも一緒に入るのです」


「うう。いきなりそれは……というより、おにいとエルちゃん一緒に入ってるの?」


「パパは、いつもエルちゃんの身体を洗ってくれるのです」


エルちゃん。家族にもプライバシーというものがある。あまりそういうことは吹聴しないよう、今度ママさんから注意してもらう必要があるようだ……

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