第88話 まさに荒れ狂う暴風そのものといった動き。

野盗の男。暴風のトルコが腰の剣を引き抜き構える。

その構えは、左右それぞれの手に剣を握る二刀流。


「俺は暴風のトルコ。死にたい奴から前に出ろや」


エルちゃんは手元の弓を背中に背負い直すと、代わりに剣を引き抜き進み出る。


「やるのです」


ではなくて。


「待った。エルちゃん」


何故に先程から好戦的なのか? そのように暴力的な子に育てた覚えは……なくもない気はするが、わざわざ自信満々に剣を構える敵を相手にタイマン勝負をすることもない。


何せこちらは3人。相手は1人。

3人で取り囲みボコボコにするのが常道というものである。


「へっ。3人なら勝てるとでも思ったか? この暴風のトルコを相手に村人風情が何人いようが無駄だぜ!」


まあ俺とエルちゃんは鎧もない普通の服装。村人に見えなくもないだろうが、カルフェは全身を金属鎧で固めた騎士スタイル。どう考えても村人ではない。


だというのに……何故それほどに自信満々なのか?


「来ねえなら俺から行くぜええ! 竜巻スラッシュ!」


叫ぶと同時。野盗は身体を竜巻のように回転させていた。


なるほど。まさに荒れ狂う暴風そのものといった動き。

うかつに近づいては、振り回される左右の剣に巻き込まれズタズタに切り裂かれる。

村人が何人いようが無駄だと言うのはこういうことか。


だがまあ、それはろくな装備も何もない村人の場合であって、俺の場合は盾で防げば良いだけ。


ストレージから盾を取り出すその前。


「お、おにい!」


カルフェは慌てたような声で、俺を庇うよう白銀鋼の盾を手に立ち塞がる。


いや。別に庇わなくても平気なのだが……

カルフェには俺がトリプルクラスだという、その詳細は言ってなかった気がする。

だとするなら、俺を修理工だと思っているカルフェ。

慌てて庇おうとするのも当然か。


野盗は回転するそのままに、カルフェが構える白銀鋼の盾を目掛けて斬りつける。


カーン


が、当然のように盾に弾かれる。


そら、そうなるわな。

暴風のトルコなど洒落た異名を名乗るには、間抜けである。たかが野盗の使う剣でいくら斬りつけようが、強化した白銀鋼の盾はビクともしない。


それでも野盗は竜巻のように回転するまま、暴風の如き勢いで左右の剣を幾度も打ち付ける。


カンカン カンカン カンカン カンカン カンカン


「あっ……」


カルフェが声を上げると同時。


ガシャーン


左手に構える白銀鋼の盾が砕け散っていた。


な?! 俺が強化した白銀鋼の盾。

そんな簡単に砕けるはずがないのだが……


「へっ。いくら良い装備だろうが……使うのが甘ちゃんではなあ!」


言葉と同時。盾を失いがら空きとなった胴体へと野盗は蹴りを放つ。

いくら強固な白銀鋼の鎧といえど、打撃の衝撃を完全には吸収できない。

吹き飛び壁に叩きつけられたカルフェは、その衝撃に倒れたまま。


「まず1人って所だなあ。で、あと2人か?」


だらりと垂らした左右の手、それぞれに剣を持つ二刀流スタイル。白銀鋼の盾を砕いた理由は不明だが、異名を名乗るだけあって相応の実力というわけか。


「この剣はなあ、魔剣ソードブレイカー。破壊の魔力が込められた魔法の剣よ」


魔法が込められた剣。そのように貴重な剣をこのような野盗が持っているのか。


「俺は暴風のトルコ。野盗じゃねえ。界隈じゃ名の知れた傭兵なんだぜえ」


金で雇われているということか。


「傭兵だというなら何故、野盗などに雇われた? 今は戦時中。帝国だろうが何処だろうが働き先はいくらでもあるだろう?」


「へっ。あいつら規律がどうとか、いちいちうるせえんだよ。面白くも何ともねえ」


軍隊なのだから規律は大事。当然である。


「しかも俺ら傭兵をいつも下に見やがって。舐めてんじゃねーぞ!」


ドカーン


野盗は身近にあったテーブルを蹴り上げる。

それは我が家のテーブルなのだが……


「それに比べて野盗は最高よ。規律も何もねえ。好きに殺して好きに食う。それで生きていけるんだからな」


いずれ軍隊か冒険者かに討伐されて終わるだけに思えるが……まあ、本人が気に入っているなら俺が口出すような問題ではない。野垂れ死のうが本人の自由というもの。


「そんなわけでよお。俺は偉そうな兵士を、鎧を身に着けた兵士を見たらぶっ殺すことにしてるってわけだ」


野盗は左右の手に持つ剣。ソードブレイカーを見せつけるよう構える。


「あいつら大層な鎧や盾をいつも自慢してやがったからよお。俺のこのソードブレイカーでぶっ壊してやった時の顔。思い出すだけでも笑えてくるぜ」


そう言うと野盗は伏せた顔をにやつかせる。


「俺の盾があーとか、俺の鎧があーとか。へへっ。間抜け面をさらしてよお」


気持ちは分からなくもないが、人前で思い出し笑いは止めておいた方が良いだろう。


「へっ。その女の装備も高価で良い物じゃねえか。どけよ。今度はその女の鎧をボコボコに壊してやるからよお?」


そう言われて、はいそうですか。となるはずがない。

俺はストレージからバビロンの盾を取り出し構えた。


「ああ? んだお前? ストレージが使えるってことは生産系クラスか? はっ。んな雑魚が相手になるかよ。おら消えな!」


言うが早いか斬りかかる野盗の剣。


カーン


当然の如く俺はバビロンの盾でもって受け止める。


「なんだあ? 生産系クラスが生意気な。高価そうな盾がぶっ壊れた時のてめーの泣き叫ぶ顔が今から楽しみだぜ! いくぜ! 竜巻スラッシュ!」


野盗が身体を回転。立て続けに振るわれる左右の剣がバビロンの盾を打ち付ける。


カンカン カンカン カンカン カンカン


「へっ。どうよ? このソードブレイカーは一撃で耐久力を10パーセント削る。つまり、てめーの盾を合計で10回殴ればぶっ壊せるってわけだぜ」


なるほど。そのための二刀流。

両手それぞれの剣で叩けば、装備をより早く壊せるというわけだ。


「すでに9回殴っているから後1回。俺がこの剣で小突くだけで、てめーの盾はバラバラだぜ? おいどうするよ?」


どうするも何もそれは困る。


「何とか攻撃を止めてもらえないだろうか? 良い装備を壊したくはない」


念のため野盗に話しかけてみるが。


「アホかよ。言っただろうが。俺はなあ、自慢の装備がぶっ壊れて泣き叫ぶ相手の顔を見るのが三度の飯より好きだってよお。止めだおら。ぶっ壊れろ!」


カーン


野盗の振るうソードブレイカー。

バビロンの盾で受け止めると同時、装備が破壊される前兆だろう。

ピシリとひび割れの走る音がする。


「へっ。せっかく良い盾だったのによお? もったいないよなあ?」


まったくだ。せっかくの良い装備なのに残念である。


ガシャーン


一拍遅れて、装備が破壊される音が鳴り響く。


「ぎゃははっ。どうなんだ? 自慢の装備がぶっ壊れた気持ちは……あああっ!?」


ひび割れバラバラに砕け散るのは、野盗が持つ剣。ソードブレイカー。

反面。俺が手にするバビロンの盾には傷一つ存在せず健在であった。


「あああっ! なんで? なんで俺のソードブレイカーがああ?!」


なんでも何も俺は修理工。

バビロンの盾が斬られるたびにリペアで修理していたのだから当然である。

最後にデストラクションの力を盾にまとわせ、ソードブレイカーを破壊したのは、おまけというもの。


「だから言ったであろう? せっかくの良い装備を壊したくないと」


他人の忠告を聞き届けるだけの分別があれば良かったろうに……残念である。


「て、てめー! 許さねえ! 竜巻スラッシュ!」


野盗は残ったもう1本のソードブレイカーを手に身体を回転。

竜巻スラッシュで斬りかかるが……

やれやれ。何度も同じ手が通用すると思われていたとは心外である。


「貴様の攻撃はすでに見切っている。ふん!」


ジャンプ一番。ストレージから取り出したユーカリの剣を手に、俺は野盗の頭上へと飛び上がる。


「なあにいいい!?」


竜巻スラッシュは独楽の動き。

横方向に無類の強さを誇る反面、その頭上は無防備。


「シューゾウ流剣術。月面宙返りムーンサルトスラッシュ!」


ズバーン


空中で逆さまとなりながらユーカリの剣を一振り。

野盗の首を跳ね飛ばした上で着地を決めてのフィニッシュ。

10点満点。パーフェクトな剣技でもって戦闘終了である。


まあ、実際の月面宙返りは二回宙返り一回ひねり。

今のは普通の前方宙がえりなわけだが、ここは異世界。

ネーミングの都合上、ムーンサルトの方が恰好良い上に、誰にも違いは分からないからこれで良いのである。

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