第87話 周辺の偵察もかねてダミアン村の様子を見に行くとするか。

ママさんたちエルフの去ったイグノース城。

残された俺はダミアン村奪還のため動き出す。


何も難しい話ではない。城近くの丘に陣を構える帝国軍。

奴らを相手に一戦。打ち倒して国内から追い出せば良い。


「いや無理だぞシューゾウ。一刻も早く生まれ故郷を取り戻したい気持ちは分かるが、帝国軍を攻めるのは陛下の援軍を待ってからだ」


ふむむ。兵士を連れて突撃しようとナディーンに頼んではみたが、残念である。


まあ先の戦いでは、城主であるイグノスース子爵を失ったばかり。兵士にも多くの被害が出ているのだから、城を打って出るわけにはいかないか。


となると、さすがの俺も無茶は出来ない。

何せ敵は軍隊。丘に陣取る帝国兵は3万近い数だというのだから、俺1人がいきったところで仕方がない。


先の一戦。俺は装甲馬車で暴れ回ったとはいえ、あれは局所的な勝利。

敵軍3万のうち、せいぜいが1千を討ち取れたかどうかといった所だろう。


それでも敵陣を強襲。幹部である賢者を捕えることに成功したこともあって、帝国軍は城攻めを中断。丘に築いた陣地へと引かせることに成功していた。


つまりは、守るイグノスース城は城主を失い、攻める帝国軍は賢者を失った。

互いに指揮する幹部を失った損害と混乱により、今はお見合い状態となっていた。


どちらも直ぐに動くことはない。

それなら、周辺の偵察もかねてダミアン村の様子を見に行くとするか。

人のいなくなった家屋は荒れるというから心配である。


「心配であるじゃありません。帝国兵が何処にいるかも分からないのに、修理工1人で何ができるというのですか」


などと俺の身を案じるドロテお嬢様。


「はあ? 案じるはずがないでしょう! 単に馬鹿で無謀だと言っているだけです」


まあ普通に考えればそうなるのだろうが。


「俺はトリプルクラスのシューゾウ。何の心配もいらない」


「はあ……」


何故に溜息をつくのか? 謎である。


「シューゾウ君。僕たちも同行するよ」


そんな俺に声をかけるのは、ダミアン騎士団マルクス団長。


「マルクス兄様。傷はもう大丈夫なのですか?」


「うん。シューゾウ君に手当してもらったからね」


「そういえば……どうして修理工のシューゾウが治療できたのですか?」


当然、トリプルクラスだからである。

そんなわけで俺1人でも十分なのだが……


「ダミアン村は亡き父さんの領地。今は僕の領地なんだから、僕が行かなければならない」


マルクス団長の背後には、ダミアン騎士団の生き残り。

総勢20名が勢ぞろいしていた。


自分の領地を取り戻したいというその気持ち。無下にはできない。


そんなわけで俺はマルクス団長以下、ダミアン騎士団と共にイグノスース城を出て、ダミアン村を目指して出発する。


出発に際しては深夜。近くの丘に陣取る帝国軍に気づかれないよう、丘を避けて遠まわりするよう移動する。


ダミアン騎士団が一緒に行くということは当然。カルフェも一緒なのだが……


「エルちゃん大丈夫? 疲れない?」


「エルフの国からもずっと歩いて来たのです。歩くのは得意なのです」


カルフェはエルちゃんに付きっ切り。

俺とカルフェが義兄弟と分かってからは、まともに話をできていなかった。

たまに目が合ったかと思っても、目を逸らされる始末。


うむむ。今までカルフェと親しかったと思ったのは、ただの兄妹だっただけ。本当の兄妹ではないと知った今は、ただの他人。俺とは目も合わせたくないということなのだろうか?


「シューゾウ君。いや、シューゾウ伯爵。このまま夜が明けると帝国に見つかる恐れがある。街道を外れて山道を進もうと思うけど良いかな?」


勝手知ったる自国の領地。

先導するダミアン騎士団に従い、俺達は山道を歩いていく。



その後、3日ほど野宿と歩きを繰り返したところ。

俺にも見覚えのある景色が見えて来た。


ダミアン村近くの森。

少年時代、モンスター退治で幾度も訪れた森である。


ということは、いよいよダミアン村は目と鼻の先。


「村に敵兵がいないか見て来ます」


騎士団の中でも目の利く団員が1人。隊を離れて藪の中へと消えていく。

しばらく帰りを待つ俺達の元へ隊員が戻って来た。


「村は荒らされていますが、帝国兵の姿はありません。ただ……」


何だと言うのか?


「どうも野盗が住みついているようでして……」


まさか野盗とは……

戦争により国が荒れる。治安が低下するとなれば、野盗が栄える稼ぎ時というわけか。そのように暴れる元気があるなら、兵士にでも志願して普通に給料を貰えば良いものを……


「野盗に僕らの村を荒らされるなんて……シューゾウ伯爵。突撃の許可を貰えないないだろうか?」


意気込むマルクス団長。


「当然。村から野盗を叩き出してくれ」


俺の了承に全員が抜刀。森を飛び出してダミアン村へと雪崩れ込む。


「んなっ! なんだ! 兵士が何でこんな場所に?」

「待ってくれ! あんたら帝国軍か?」

「それなら俺らはただの盗賊。あんたらの敵じゃないって」

「俺らは抜け殻となった村を襲うだけ。あんたら兵士には手出ししないって」

「言うなら同じ正統帝国と戦う同士ってわけや。お互い頑張ろうじゃねえか」


わざわざ野盗であると自白するとは殊勝な心掛け。

冤罪の可能性もなくなったわけで、安心して討ち取れるというもの。


「ここは僕たちダミアン騎士団の村だよ。覚悟してくれないか」


バッサリとマルクス団長がが野盗を斬り倒す。


「な!? 村の連中が戻って来たってのか?」

「ここはもう俺らの村だぜ! やっちまえ!」


それを合図に騎士団と野盗の間で剣が交わされる。


「戦うのです! やるのです!」


などと弓を手に意気込むエルちゃんの首根っこをつかみ、制止する。


村人が不在の瞬間を狙ってコソ泥を働くだけの連中に対して、こちらは日頃から戦闘訓練を積む騎士団。普通に戦うなら負けようがない相手。ここは騎士団に任せておけば良い。


「そうだね。僕たちに任せて。カルフェちゃんは伯爵の護衛をお願い」


「え? 伯爵って……おにいのこと?」


そう言ったかと思うとカルフェを俺をチラリ見ただけで顔を俯ける。


むむ……微妙な雰囲気が続くカルフェとの関係。

シャイな俺が話しかけるには何かきっかけが必要……


幸いにもここは俺たちの生まれ故郷。共に暮らした自宅であれば何か話題のきっかけも作れるだろうと、俺は自宅を目指して移動する。


道中。俺たちの姿を見た野盗が襲い掛かるが。


ズバーン


剣を抜こうとするカルフェ。

弓を構えようとするエルちゃんに先んじて、あっさり俺が斬り倒す。


「むう。エルちゃんの出番を取らないで欲しいのです」


などとエルちゃんは憤るが、俺は過保護。

ママさんとの婚約がなった今、エルちゃんは正式に俺の養子となるのだから、これまでのように無茶はさせられない。


そもそもよくよく考えれば、俺の養子ということはエルちゃんは伯爵令嬢。

剣や弓を振るうような野蛮な行為は下々の者に任せて、今後は華道に茶道、さらにはピアノにヴァイオリンを習わせるのが良いのではないだろうか?


うむ。それが良い。エルフの国でママさんに会ったなら、エルちゃんの教育方針について相談してみるとするか。


しばらく歩いたところで俺たちは自宅へたどり着いた。

この前は1日だけの寝泊りであったが、俺の部屋はそのままに残っている。と言っても元々がカルフェと一緒の部屋。俺の荷物はベッドの上に一まとめに置かれているだけだが。


ガラリ。自宅のドアを開けたところで居間に見えるのは、見覚えのない男の姿。


「あん? 誰だ? ここは俺の家だぜ?」


いや。俺の家である。


「お前も家が欲しいなら他にいくらでもあるだろ? 好きなの使えや」


それは他人の家。同じ村に住む隣人の家である。

今後の近所付き合いを考えても勝手に使うわけにはいかない。


「ああ? なんだ仲間の野盗じゃねえ? もしかして逃げ出した村人が帰って来たってのか。へっ。馬鹿な奴だぜ」


そう言うと男は腰の剣を引き抜いた。


「俺は暴風のトルコ。ま、お前みてえな村人は知らねえだろうが……」


さらに男はもう1本、腰の剣を引き抜いた。


「俺の二刀流から逃がれた奴はいねえ。運がなかったと諦めな」

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