第86話 えー。このたび私シューゾウ伯爵は婚約する運びとなりました。

帝国賢者ライナルトの説得は完了した。

正統帝国に寝返ることは出来ないが、エルフの国の一員として、神聖教和国と戦うだけなら出来るという。


となれば馬車を降りた俺はママさんを探して話しかける。


「ママさん。エルフたちと賢者を連れて、先にエルフの国へ帰って貰えないだろうか?」


「まあ……とうとうママは捨てられるのね……」

「……許さないのです」


一緒に馬車を降りたエルちゃんは憤るが、誤解である。


捕らえた賢者。いつまでもここに置いておくわけにはいかない。

その意思が変わらないうちに、とっととエルフの国へ送り込む。


そして、俺達がエルフの国を出てから一か月が経過している。

エルフの国と神聖教和国の間で、捕虜交換が行われる時期である。


本来なら俺もエルフの国へ戻り、解放された捕虜たちの奴隷の首輪を破壊。

その負傷を癒すという役目があるわけだが……


「ママもエルフの国も見捨てるのです。やり捨てなのです」


俺は純情。やり捨てはしない。

だからこそ、この場に残るのである。


イグノース城に迫る帝国軍。

先の戦で城前から追い返しはしたが、完全に撤退したわけではない。

今もイグノース城近くの丘に本陣を構えたまま。


つまりは俺の故郷。ダミアン村も帝国軍に占拠されたままとなるわけで……


「ダミアン村を取り返したなら、帝国軍を追い払ったなら、俺もエルフの国へ向かう」


ドロテお嬢様は初めての相手。きちんと家まで送り届ける。

俺がエルフの国へ向かうのは、それからである。


そう時間はかからない。

何せ帝国軍。その主力たる賢者はもう存在しないのだ。


今回の戦争。15年間の休戦を破って帝国が侵攻した理由。

最も大きな要因は、正統帝国の賢者ヘルムート辺境伯が亡くなったことだろうが、帝国に賢者ライナルトが存在していたことも理由の1つ。


メテオによる圧倒的破壊力でもって侵攻する。

その切り札となる賢者ライナルトを失った今、一度追い返したならば帝国も侵攻を諦め、元の休戦状態に戻るだろう。


そうなれば後顧の憂いなく、エルフの国へ向かうことが出来るというわけで。


「ママさん。エルフの国が落ち着いたなら結婚しよう」


「まあ。でもエルフの国に結婚は……」


ママさんは俺との結婚にためらう顔を見せるが。


「俺の国。正統帝国で暮らすなら結婚は必要。陛下から領地を貰ったならママさん、エルちゃんと一緒に俺と暮らして欲しい」


「はい。あなた。ありがとうございます」

「パパ……許すのです」


やれやれ。エルちゃんの機嫌も直ったようで何よりである。


「ただ、その言いにくいのだが、俺はドロテお嬢様とも結婚するわけで、まあ重婚というか何というか、ママさんは第二婦人になるわけで……」


「……やっぱり許さないのです」

「ふふ。結婚なんて初めてで楽しみです」


再び機嫌の悪くなるエルちゃんだが、ママさんは喜んでいるようだし、そのうち落ちつくだろう。たぶん。


とりあえず今日はエルフたちも疲れている。

ママさんたちエルフが国へ帰るのは一晩休んでからとするべく、俺はママさん、エルちゃん、エルフたちを引き連れて城内へ。城の部屋を借りるべく移動する。


なお、賢者は馬車に閉じ込めたままである。

うかつに出歩き他の者に見つかってはマズイのだから仕方ない。

後でエルフ女性にご飯を運ばせれば文句は言わないだろう。



城内。領主の間でナディーンを見つけた俺はエルフたちが休める部屋について聞くと同時に、エルフたちが明日、一足先にエルフの国へ帰ることを伝えた。


「ふむ。それなら装甲馬車をそのまま使うと良い。皇室御用達の装甲馬車。道中で止められることもないだろう」


なるほど。アンドレたちがエルフに対する偽情報を流していたこともあって、もしも道中で兵士に馬車を調べられては余計なトラブルとなりかねない。いずれ誤解も解けるだろうが、それまで有難く利用させてもらうとしよう。


ついでに言うなれば、馬車には賢者も乗っている。

何せ元は帝国軍の幹部。正統帝国軍にとっては許しがたい敵であるのだから、それこそ兵士に見つかれば大変なため、助かるというもの。


なお、賢者をエルフの国へ連れ出すことについては、ナディーンには内緒である。

幸いにも突如降ってわいたイグノース城の管理で忙しく、ナディーンは賢者を捕らえたことを忘れている。


ナディーンに伝えるのは賢者が国を出た後。

事後報告であれば、仮にナディーンが難色を示そうが、既に手遅れ。後の祭り。どうにもならないというわけで丸くおさまるだろう。


その後、エルフたちを部屋で休ませた後、俺は城内でドロテお嬢様とカルフェ、そして俺の両親を見つけ合流する。都合よく関係者がそろった所で。


「えー。本日はお日柄もよろしく、この場を借りて重大発表をしたいと思うのですが、皆様ご都合はよろしいでしょうか?」


「シューちゃん。かしこまってどうしたのかしら?」

「おにい。何なの?」

「わくわくなのです」


俺の言う内容を察したのだろうドロテお嬢様とママさんエルちゃん。

半面、何も予想していない様子のカルフェと両親を前に。


「えー。このたび私シューゾウ伯爵は婚約する運びとなりました。ありがとうございます」


俺は自身の婚約を発表する。


「えっ!?」

「うむ?」

「まあ!」


驚きの声を上げるカルフェ。父さん。母さんの3人。


「えー婚約相手ですが、ドロテお嬢様とマーマレットさん。こちらのお2人となります」


ドロテお嬢様、ママさん、エルちゃんは事前に知っているため、落ち着いたものである。


「ドロテちゃん。おにいと仲良しは知ってたけど……結婚するの?」


カルフェがドロテお嬢様を振り返る。


「これはその、あれです。政略結婚。シューゾウは伯爵ですから仕方なくです」


何故か焦ったようなドロテお嬢様。


「ふふ。結婚なんてママはじめてです。エルちゃん共々よろしくお願いします」


落ち着いた様子で両親に挨拶するママさん。


「シューゾウ……妻を2人もなど」


「あー。父さん。伯爵は3人まで妻を持てるそうなので、大丈夫なのだ」


「まあ。それならシューちゃんは、後1人お嫁さんを迎えることが出来るの?」


「えーまあそうなるわけなのだが……」


いったい母は何を言い出すつもりなのか?

まさか良い人がいるから見合いをしてはどうかと言い出すのではないか?

貴重な残り1枠。相手は慎重に慎重を重ねて決めねばならない。

適当に近所の人間を勧められても困るのである。


「それなら後1人。カルちゃんをお嫁さんにすればどうかしら? ね?」


「いや、母さん。俺とカルフェは兄妹。そういうわけにも……」


いったい何を言いだすのかと思えば……


「あら? シューちゃん知らなかったかしら?」


何をだ?


「シューちゃんは捨て子だから、血はつながっていないのよ」


マジで? 思わず父を見る俺に対して。


「うむ。シューゾウは畑に落ちていた所を俺が拾って帰った」


淡々と答える父の姿。マジかよ……


「そうなのよ。産着にはシューゾウって名札まで貼ってあったのよ」


うーむ……言われてみれば俺の名前だけ家族と異なる日本風。

何のことはない。捨て子だったからであったとは……


「シューちゃんカルちゃん。2人は随分と仲良しなんだし良いじゃない」


そう言って俺とカルフェを意味ありげに見る母。

うむむ……まさか風呂場でのことがバレているとか……ないはずだが……


いや。それよりもだ。

確かに俺とカルフェに血のつながりが無いのであれば、結婚するに何の障害もない。


実際問題。いずれカルフェも結婚する。

いずれは何処の馬の骨とも分からぬ相手に寝取られ、俺は涙ながらに結婚式でスピーチする羽目になるかと思ったが……こうなっては話は別である。


俺の結婚相手となる最後の1枠。これはカルフェを迎えるためにあったのだ。

何せ今まで一緒に暮らして来た勝手知ったる兄妹。新婚生活を送るに何の不安もないのだから、これ以上に適任はいない。


「えーと。そのカルフェが良ければ、結婚したいのだが……」


はたしてカルフェはどう思っているのだろうか?

いくら俺が結婚したいと思えど両者の合意がなければ成り立たない。


「……いきなりそんなこと言われても……カルフェ分からない」


それはそうだ。混乱するのも無理はない。


「いや。まあカルフェに好きな人がいるなら、それが一番だぞ。うん。決して強制することじゃないから。まあ、その考えておいてくれれば……うん」


……無理はないと言いつつも、少々がっくりした気持ちになるのも仕方がない。

俺がカルフェを大好きなように、てっきりカルフェもお兄ちゃんを大好きだと思っていたが……それはあくまで兄妹として好きだっただけなのだ。


とりあえずは俺とドロテお嬢様。ママさんとの婚約が成立した。

もっとも今は住む家も何もない状態。正式に結婚式を挙げるのは、故郷ダミアン村を取り戻し落ち着いてからである。


それにしても……これまでカルフェとお風呂を一緒に入る際、俺の棒が元気となる原因がようやく分かったというもの。


普通はいくら一緒にお風呂に入ろうが、家族を相手に元気になることはない。もしかすれば俺は変態ではないかと悩むこともあったが、そんなことはない。やはり俺は正常であったのだ。



翌日。


ママさんを隊長とするエルフの一団の乗る装甲馬車は、一足先にエルフの国を目指してイグノース城を出発するべく準備を整え中庭に停車する。その荷台には先の戦いで捕縛した賢者も一緒である。


「あなた。エルちゃん。行ってきます」


「ママ。気を付けてなのです」


いや。何故にエルちゃんは俺の隣で馬車を見送ろうとしているのか?

エルちゃんもママと一緒にエルフの国へ帰るはずなのだが……?


「エルちゃんは、パパが逃げないよう見張るのです」


「エルちゃん。これから俺達はダミアン村を占拠する帝国と戦争になる。残るなら兵士として戦う必要があるぞ?」


「大丈夫なのです」

「ふふ。エルちゃんには、ママが教えられることを全て教えましたから。ね」


まあ、確かにこれまでも俺に着いて戦って来たため、LVは結構上がっている。

武器防具も強化しているため、普通の兵士よりは強いか……


「分かった。ママさん。エルちゃんは後ほどエルフの国まで送り届ける。それまで、先にエルフの国で待っていてくれ」


「はい。あなた。エルちゃん。行ってきます」


こうして、エルちゃんを残してママさん、エルフたちは、賢者を連れて一足先に国へと帰って行った。


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更新は2日に1回。昼12時を目標に頑張ります。よろしくお願いいたします!

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