第85話 これにより帝国賢者ライナルトは死んだ。

イグノース子爵親子のいなくなったバルコニー。

最高責任者がいなくなったのでは、領地の運営に問題がある。

臨時に責任者となる人物が必要。となれば親衛隊の鎧を着たナディーンが適任。


「分かった。次期領主が決まるまでの間は私が指揮を執るぞ」


兵士を引き連れてバルコニーを出るナディーン。

その場に残されたのは俺とドロテお嬢様の2人だけ。


「シューゾウ。貴方、貴方ねえ! 衆人の前で何を言ったのですか!」


言うが早いかお嬢様は俺の胸を押し飛ばした。


あれはお嬢様を守るため。致し方ないことであったのだ。

と言って止まるお嬢様ではない。


ドスドスと床に倒れた俺を踏みつける。んほ。


「はあ……もう村人……ではないのですね」


「ああ。俺は伯爵だ」


「先程おっしゃったこと……私と結婚というのはどこまで本気なのですか?」


俺を踏みつける右足。その足は俺の真意を探るように動かされる。


「当然、全部本気だ。ドロテお嬢様。俺と結婚してほしい」


「ですが、貴方にはエルフの人が……」


「問題ない。俺はママさんとも結婚する」


「……はあ!?」


俺の返事にドスン。踏みつける足に体重が乗せられた。


「も、問題ない。俺は伯爵だ……」


村人の身分で重婚は出来ないが、貴族となれば異なる。

第二婦人だろうが第三婦人だろうが、結婚し放題。

それは第五夫人を持つ皇帝陛下を見れば分かることである。


「はあ……無知な貴方に教えるなら、伯爵が持てるのは第三夫人までです」


マジかよ……融通の効かない国である。

まあ……それでもお嬢様、ママさんと結婚しても、あと1枠の余裕がある。

何とかなるだろう。


「とりあえず俺のプロポーズはOKということで良いのだろうか?」


「ええ。ですが、勘違いしないでください。どうせ政略結婚。それなら伯爵である貴方と結婚した方がお得というだけです。それだけですからね!」


それだけ言うとドロテお嬢様は俺の身体から足を離すと、手を差し出した。

とりあえずは無事にドロテお嬢様と婚約は成立したわけだ。


差し出された手をとり立ち上がると、俺はお嬢様と共に病室に運ばれたマルクス様の元を訪れる。病室には、ベッドで眠るマルクス様に付き添うカルフェの姿。


「カルフェさん。良かった」


再会に2人抱き合い喜びを表した後、身体を離したカルフェが俯き謝罪する。


「ドロテちゃんごめん。カルフェが頼りないから。ダミアン様が……マルクス団長も腕を……」


ベッドのマルクス様に右腕はない。二度と剣を持つことはできない。


「マルクス兄様」


「ドロテ……僕は助かったのか……」


ドロテのかける声にマルクス団長が目を開ける。


「シューゾウが助けてくださりました。ですがお父様は……」


「うん。聞いたよ……シューゾウ。ありがとう」


マルクス団長は自身の身体、右腕を見ると悲しい顔で目を閉じる。


「マルクス団長の腕は治療できないのか?」


俺は治療する城の衛生兵に確認する。


「無茶いわないでくださいよ。普通の衛生兵にSランクヒールなんて使えるはずがないですよ」


それも当然か。


「マルクス兄様。私は神官。LVを上げてヒールのランクを上げれば治療できます。それまでお待ちください」


それも1つの手ではあるが。


「俺が治療する」


「はあ? 貴方ねえ。修理工がどうやってヒールを使うのですか?」


論より証拠。


「火よ。燃え盛る炎となれ。ファイア」


俺は自身の身体に炎をまとわせる。


「お、おにい!?」

「何を! 何をしているのです!」


いきなりの炎にカルフェとドロテお嬢様は慌てた声を上げるが、心配ない。

火事場の馬鹿力の働きにより、俺のスキルは1ランク上昇する。


「神の御業にて彼の者の傷を癒したまえ。治療リペア」


リペアの光がマルクス団長を包み込み、右腕を癒し再生する。

後は水をかぶり俺の身体の炎を消すだけ。SSランク リペアの使用に周囲を放火する必要もないのだから、俺も成長したものである。


「ぼ、僕の腕が……?」


信じられないとばかりに腕を撫でたり動かしたりするマルクス団長。


「シューゾウ。貴方……何をしたのです?」


「やれやれ。俺は普通にリペアしただけなのだがな?」


「やれやれじゃありません! マルクス兄さまの腕は物じゃないのですよ? 普通にヒールで治療してください」


そうは言われても困ったことに俺はヒールを使えない。


「ドロテ。やめないか。シューゾウありがとう。怪我が癒えたのだから、こうしていられないよ」


「マルクス兄様。どちらへ?」


「領民たちの所だよ。父さんと一緒に突撃して亡くなった騎士たち……その家族の人たちに説明しないと……」


そう言い残すとマルクス団長は病室を出て行った。

他の騎士団員も助けることが出来れば良かったのだが……俺が辿り着いた時、かろうじて息があったのはマルクス団長だけ。俺にもどうにもならない事がある。


「おにい。昔から変だったけど、今はもっと変」


カルフェ。いきなり何だ?


「だってリペアで怪我を治した。変」

「……そうですね。変です」


「俺はトリプルクラス。何の不思議もない」


と言っただけでは当然に伝わらない。

まあ、おいおい説明すれば良い。それよりも先にやるべきことがある。


俺はカルフェとドロテお嬢様を残して病室を後に城の中庭へ。

装甲馬車の元へと移動する。


装甲馬車の周囲には負傷した兵士たちが列を作っていた。

何をしているのかと思えば、エルちゃんを初めエルフたちがヒールで兵士たちを治療する。その治療待ちの列であった。


「俺の傷が……あ、ありがとうございます!」

「何かエルフが人間の街や村を襲うって噂があったけど」

「あれは真っ赤な嘘だぜ。こんなに美人で優しいんだ」

「だな。エルフを悪く言う奴がいるなら俺がぶっ飛ばしてやるぜ」


なるほど。オイゲン侯爵が流したおかしな噂を払拭するには論より証拠。

エルフたちが人間を助ける姿を見せれば、馬鹿な噂も消えてなくなるというもの。

これなら正統帝国とエルフの国。両国の同盟もじきに成就するだろう。


なら俺は余計な真似はせず、エルフたちに治療を任せて装甲馬車。

その荷台へと乗り込んだ。


荷台の中には縄でぐるぐる巻きにされた男が1人。


「あのー。この縄。ほどいてもらえないですかね?」


帝国賢者である。


「暴れないと言うならほどいても構わないが、どうする?」


「うん。それはもちろん。腕力には自信がないからね。無駄なことはしないよ」


自慢するようなことではない。

俺はナイフでもって賢者を縛るロープを切り裂いた。


「うーん。言ってみるもんだね……まさか本当にほどいてくれるなんてね」


賢者がいくら暴れようが、俺が取り逃がすことはない。その自信からである。


「お前が帝国賢者だな? わざわざお前を生かして捕えた理由。分かるか?」


「ええ、まあ。ライナルトといいます。私を正統帝国に引き抜きたい。そういった感じなのかな?」


「察しが良くて助かる。で、どうだ?」


「ええ、まあ、私も命は惜しいからね……もちろん協力は出来ないよ」


「ほう? 何故だ?」


「帝国は私の故郷だからね。君も、名前は分からないが、君も自分の国を、家族を相手に戦えと言われたら困るよね?」


「俺はシューゾウ伯爵だ。従わないならお前は死刑となる。死ぬぞ?」


「うーん……もちろん死にたくはないんだけど……仕方ないのかなあ」


俺の言葉に賢者は諦めともいえる表情を見せる。

だが、その目の奥には覚悟を決めた者だけが見せる光があった。

俺が何を言おうが、その意思を変えることはないという強い光。


現在、俺の手元に洗脳の首輪はない。

唯一あった洗脳の首輪はイグノース子爵に取り付けたためである。


だが、まあたいした問題ではない。

賢者が正統帝国に寝返るのが一番であったが、死ぬのであればそれで構わない。

メテオの脅威はなくなるのだ。それ以上を望むのは高望みというものである。


「パパ。城の兵士の人たちから差し入れをいただいたのです」


賢者と話す車内。馬車のドアを開けて顔を出すのはエルちゃん。

その手にはリンゴの入った籠を持っていた。


「賢者さん。縄をほどかれているのです? 良かったのです」


「あ、えっと……うん。その、まあね」


エルちゃんの姿を見た途端、賢者は落ち着きなく目を伏せ顔を赤らめる。

怪しいな……


「エルちゃん。こっちへおいで?」


俺はエルちゃんを手招きして隣に座らせる。


「何か企んでいるです? パパ、怪しいのです」


何も怪しくはない。俺はエルちゃんのヒールの力を借りたいだけ。

捕らえた際に傷を負ったのだろう。賢者は身体に怪我をしていた。


「エルちゃん。治療してやってくれ」


エルちゃんは、ヒールのため賢者に近づき手を触れる。


「あ、うん。怪我といっても火傷したくらいだから、その。あ、ありがとう」


間近で治療するエルちゃんの姿に、賢者は顔を赤らめキョドっていた。怪しい。


「帝国にエルフはいないのか?」


「え? あ、うん。少なくとも私は見たことがないから。まあ、その……」


何やらもごもご言いたそうにする賢者。


「何か言いたいことがあるのか?」


「えっと。その、あの、パパというのは何だろうと。疑問にね」


俺は治療を終えたエルちゃんを抱え上げ、膝に乗せる。

その様子を、ちらちら羨ましそうに見つめる賢者。怪しい。


「神聖教和国がエルフの国へ侵攻を開始しているのは知っているだろう?」


「うん。でも帝国とはあまり関係のない話だしね。詳しくは知らないかな」


俺はエルちゃんが手にする籠の中からリンゴを手にとる。

ストレージからナイフを取り出し皮を剥いて、エルちゃんの口に運ぶ。


口をもぐもぐ。リンゴを食べるエルちゃん。

その様子をチラチラ羨ましげな眼で見つめる賢者ライナルト。怪しすぎる。


「エルちゃんは神聖教和国によって奴隷とされていた所を俺が助け出した」


「そうなんだ。それは、可哀そうだけど良かった。うん、うん、良かった」


これまで多くの正統帝国兵をメテオで押しつぶした大量殺人者。

それが帝国賢者であるが、それはあくまで戦争での話。

元は普通の人間なのだろう。エルちゃんの無事を心から喜んでいるように見える。


「神聖教和国には、まだ多くのエルフたちが奴隷として囚われている」


「そうか……神聖教和国はそんなことになっているんだね……」


「エルちゃんのような少女が他にも囚われているのだ。可哀そうだとは、助けたいとは思わないか?」


「え? いや、それは可哀そうだとは思うけど、でも……何を言いたいのかな?」


「お前を捕虜としたことは、まだ誰にも報告していない」


賢者を捕虜としたことを知っているのは俺たちだけ。

だが、ひとたび正式に報告したなら、そうはいかない。


「お前の身柄を正統帝国に渡したなら、お前は間違いなく死刑となる」


味方の士気を上げるためにも、敵への見せしめのためにも。

間違いなく残虐な方法でもって死刑となる。


「うん。さっきも言ったけど仕方ないかな。私は本当にたくさんの兵士を殺したからね」


あくまで国の命令で戦っただけ。だからといって罪がないわけではない。

特に賢者となれば部隊を指揮する立場。命令されましたで済むはずがない。

己の罪の自覚があるのだろう。諦観したような悟ったような表情の賢者。


「俺はこの後、エルフの国へ戻り神聖教和国と戦う。囚われたエルフたちを全員助け出すためにだ」


「そうなんだ。うん。君なら、シューゾウ伯爵なら出来るかもしれないね」


これから死ぬ運命だというのに、賢者ライナルトはエルフたちの無事を祈るのか、優しい目でエルちゃんを見つめていた。であれば、このまま殺すわけにはいかない。


「エルフの国へ亡命するなら手助けできるぞ?」


「それは……」


「戦う相手は神聖教和国。祖国である帝国と戦う必要はない」


「それはそうだけど……先ほどの戦では私の指揮で多くの兵士が死んだんだ……敵も……味方もね。それを私だけのこのこと生き残るのもね……」


「お前が死のうが生きようがこれからも兵は死ぬ。多くの兵士を殺したと言うなら、最後に多くのエルフを助けてみせろ。お前が死ぬのはそれからだ」


俺の言葉に迷いを見せる賢者。ならばあと一押し。

俺は膝の上のエルちゃんの背中を押して合図する。


「賢者さん。お願いするのです。エルちゃんたちエルフを助けて欲しいのです」


上目づかいで懇願するエルちゃんの顔に。


「うん……分かったよ。その、私の傷も治してもらったしね。小さな子供に頼まれたんでは仕方ないかな。うん。エルフたちが非道な目にあっているなら助けないとね」


賢者はエルちゃんの頭をなでるとそう言った。


これにより帝国賢者ライナルトは死んだ。

これからは、エルフの国の賢者ライナルトとして生きることとなる。


「エルフたちを助ければ感謝される。お前を慕うエルフも現れるだろう」


「いや、別に私はエルフの女性と知り合いになりたいだとか、そういう気持ちで亡命するわけではないんだよ。本当にね。私は賢者だから、そういった邪な感情を持たないのが賢者だから勘違いしないで欲しいかな」


どうでも良いが、俺の顔に唾が飛ぶ。急に早口で喋らないで欲しいものである。

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