第84話 喧嘩両成敗。お互い不問とすることで手打ちできないか?

「し、親衛隊の方。この男がいきなり僕に暴力を!」


「何が伯爵だ! とんでもない蛮人ではないか!。陛下の耳に入れば爵位のはく奪は間違いない。親衛隊の方、この件について陛下にお伝えくだされ!」


イグノース子爵とその子息イグノンは、親衛隊であるナディーンに訴える。


「うーむ。シューゾウ。理由なく貴族を害しては内乱の元となる。イグノース子爵の言うとおり陛下の耳に入れば爵位剥奪もありえるぞ?」


なんと。そうだったのか。


「だとするなら、イグノース子爵の子息がダミアン男爵令嬢を踏みつけるのも、問題あるということだな?」


「うむ……確かにな」


ナディーンは渋い顔で答える。


「いやそれは……先に手を挙げたのは男爵令嬢のほうだ! ですよねえ?」


俺の訴えに対して、子息イグノンが異を唱える。


「男爵令嬢。どうなのだ?」


「ええ。私が先に手を、彼を平手打ちしました」


「ほらこの女が悪い! この男も悪い! これは2人とも牢屋行きですよねえ!」


素直に認めるドロテお嬢様に対し、鬼の首を取ったと言わんばかりに勝ち誇る子息イグノン。


「なぜ手を挙げたのだ?」


「亡き父を、ダミアン男爵を侮辱したからです」


手を上げたことは認めるが行為自体に後悔はないのか、真っすぐナディーンの目を見て答えるドロテお嬢様。


「なんだ。それでは先にお嬢様を侮辱したイグノンが騒動の原因。父親の爵位剥奪ということで解決ではないか」


「そんなわけあるか! 僕は子爵家の子息。男爵家の人間を侮辱するのは良いんだよ!」


俺の述べる感想を子息イグノンが否定する。


「ふーむ。つまりは爵位が下の者を侮辱するのは良いわけか。そうすると、爵位が上の者を侮辱した場合はどうなるのだ?」


「駄目に決まってんだろ! そうでなければ誰がお前なんかの相手をするか。お前が伯爵だっていうから仕方なく相手してやってんだろ? 分かれよ」


伯爵に対して十分に失礼な発言にも思えるが……まあ良い。


「なるほど……じゃあ、お嬢様。俺と結婚してください」


「はあ?!」


突然の俺の告白に、ドロテお嬢様は目を丸くする。


「そうすればドロテお嬢様は伯爵夫人。爵位が上の者を侮辱したお前たち親子が騒動の原因となるわけだ」


「な、んな、そんな後出しが通用するわけねえだろ! 馬鹿かてめーは!」


俺の提案に子息イグノンは声を荒げるが、爵位がものを言うのが貴族社会。

後出しだろうが何だろうが、伯爵夫人となったドロテへの侮辱は許されない。

くわえて言うなら──


「そもそもが後出しではない。以前から俺とドロテお嬢様は両想いの仲。すでに中出し済みなのだから伯爵夫人となるに何の問題もない」


「ちょっと! あ、貴方! 貴方ねえっ!」


照れているのか、俺の告白に顔を赤くするドロテお嬢様。

その様子に真実だと感づいたのだろう。


「な、な、な! そんな馬鹿な……僕に隠れて婚前交渉なんて不潔な……最低すぎるよねえええええ!」


脳が破壊されたのか、これまで以上に激昂する子息イグノン。


「まあ……その、確かにシューゾウ伯爵の行為は最悪だが、今は自国の貴族同士で争っている場合ではない。喧嘩両成敗。お互い不問とすることで手打ちできないか?」


見かねたようにナディーンが俺たちの間に分け入った。

ナディーンとしては同じ正統帝国の貴族同士が争うことを避けたいのだろうが……


「馬鹿かよ! こんな下品な男と手打ちなんて、出来るわけねーんですよねえ!」

「うむ。このままでは我が息子イグノンは欺かれた上、殴られ損ではないか」

「同感である」


今さら仲良くしろと言われようが、俺もイグノース子爵親子も納得するはずがない。


「父上……もう僕は我慢の限界ですよ。こいつらを除けば、ここにいるのは全て我が領兵。そうですよねえ?」


「うむ。死人に口なしか……陛下からの援軍2人は帝国軍を追い払ったが、その矢傷がたたり死亡。ドロテ嬢は父の訃報に悲嘆のあまり自決。そういうことだな?」


シャキーン。イグノース子爵が剣を抜き放つ。


「兵士たちよ。この反逆者どもを捕えよ!」


おいおいマジかよ。といった兵士たちであるが、子爵の命令には逆らえない。

渋々ながら兵士たちは剣を抜き放ち、俺とナディーン、ドロテお嬢様を取り囲む。


「うむむ。ナディーン卿。こうなった場合、俺がイグノース子爵を斬り倒して罪になるのだろうか?」


「はあ……いくら挑発されたからとはいえ、武力でもって伯爵を襲うのだ。罪を問われるのは子爵の方だが……はあ……」


ならば安心。挑発した甲斐があったというもの。

シャキーン。俺もまたユーカリの剣を抜き放つ。


「兵士諸君に言っておくが、俺は皇帝陛下の信任も厚いシューゾウ伯爵。ナディーン卿は陛下直属の親衛隊。兵士諸君は俺たちと子爵親子。どちらに味方するか決めてくれ」


おいおいどうするよ? といった兵士たち。

どちらに従うのが得策か悩む様子を見せていた。


「まったく……待て待て! 兵士たちに告げる。イグノース親子を捕縛せよ! そうするなら兵士たちに一切の罪は問わない」


先の戦場で俺の強さを知るナディーン。

このままでは兵士もろとも全員が切り殺されると思ったのだろう。


「お前たちも先の城外での戦闘の様子は見ただろう? この男、シューゾウ伯爵は化け物だ。歯向かっては全員が殺されるぞ」


ナディーンの言葉に兵士たちは一転。イグノース子爵親子を取り囲んでいた。


「待て! お前たちどういうことだ?」

「僕たちはイグノース子爵。君たちの雇い主だよねえ?」


残念ながら眼前の恐怖。

俺という暴力を前に、兵士たちは己の本能に従う選択を選んでいた。


「援軍の2人は俺達を、城を、領民を守ってくれた恩人なんだ」

「陛下に反逆するなら子爵だけで。俺達を巻き込まないでくれ」

「そもそもこの2人に剣を向けては、俺たちが殺されるっての」


その後、兵士たちにボコボコとされたイグノース子爵親子は、縄にくくられ転がされる。問題はこの後の処遇だが……


「ナディーン。陛下に報告して刑に処してもらう場合はどうなる?」


「領地資産を没収した上で、家族もろとも追放になるだろうな」


面倒くさい。どうせ追放するなら今やってしまえば良かろう。


「いや待て! 伯爵とはいえシューゾウが勝手に処分はできないぞ?」


「子爵が自発的に領地を出ていく分には問題ないのだろう?」


「まあ、それはそうだが……」


縄に巻かれ床に転がるイグノース子爵。

俺は懐から、暗殺者の死体から回収した洗脳の首輪を取り出した。


この洗脳の首輪だが、洗脳した者が死んだ際、洗脳の首輪も自動的に壊れる仕組みとなっているようである。もちろん今は修復済みであり、再びの出番が来たわけだ。


俺はイグノース子爵の首に手を伸ばすと、洗脳の首輪を取り付け縄をほどく。

パチリ。目を開きイグノース子爵が立ち上がる。


「イグノース子爵。子息を連れて帝国へ突撃せよ」


俺の言葉にイグノース子爵はグルグル巻きで床に転がる子息イグノンを担ぎ上げる。


「と、父さん? あの? どうしたんですかねえ?」


「我は正統帝国イグノース子爵。これより敵陣へ突撃する!」


「え? ちょっと、待ってよ。父さん。とうさーん!」


シャキーン。イグノース子爵は剣を抜き放ち、肩に子息を担いだまま城外へ駆け出して行った。仮にも子爵。なるべく多くの帝国兵を倒してから死んで欲しいものである。


「シューゾウ、お前なあ……」


洗脳の首輪。その効能を知るナディーンは憮然とした目で俺を睨むが、これはイグノース子爵親子のためである。


伯爵を襲撃した罪で資産を没収。家族もろとも罪人として放逐されるのではない。

命を賭して領地を守った英雄として名誉の戦死を遂げるのであれば、家族に被害は及ばない。俺はその場を与えたわけだから、寛大すぎる処置と言わざるを得ない。

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