第83話 皇帝陛下からの援軍。シューゾウ殿、ナディーン卿をお連れしました。

イグノース城 バルコニー。


「なんだ? よく分からんが帝国軍が撤退していくではないか?」

「もしかして……僕らの勝利ですかね?」


不思議な顔を見合わせる2人。イグノース子爵とその子息。

2人の眼前では混乱、撤退する帝国兵を弾き飛ばして1台の馬車が走り回っていた。


「あれは皇室御用達の装甲馬車だな。陛下からの援軍だろう。我らの勝利だ」


散々に帝国兵を追い回した後、ようやく装甲馬車はイグノース城へと入城する。


「報告します。皇帝陛下からの援軍により敵は撤退。ですが、ダミアン男爵。オカモン男爵の両名は討ち死に。マルクス団長は片手を失う重症ですが命に別状はないそうです」


しばらく後、兵士からの報告が届いた。


「ふむ。まあ、めでたいではないか」


「なんだ。マルクスは死んでいないのか。死んでいればダミアン家の家督はドロテのもの。当然、結婚する僕のものになったのですが、つまんないですねえ」


パシーン


ドロテの平手がイグノンの頬を打つ。


「誰が、誰が貴方などと結婚するものですか」


「ああ? たかが男爵家の人間が子爵様に何してくれてんのですかねえ?」


頬を抑えてドロテを睨みつける子息にも、ドロテは目を逸らさない。


「確かにうちは男爵家ですが、男爵家なりのプライドがあります」


「はっ。なーにがプライドだか。お前との婚約などこちらから願い下げだっての。でも……良いのですかね? 婚約がなくなったなら、お前の所の領民を助ける義理もなくなったってことですよねえ?」


「それは……」


「うむ。ダミアン男爵、子息のマルクス。両名は武勇に優れる騎士であったため目をかけていたが、ダミアンは戦死。マルクスも片腕を失ったのでは騎士として終わりだ。もはやダミアン男爵家と付き合う意味もない。領民の飯代も無料ではないのだ」


子爵の言葉にドロテは顔色を変える。


「それは……領民は皇帝陛下の援軍が来るまでは、ダミアン村の安全が確認できるまでは、城に匿ってもらえないでしょうか?」


「あん? 何ですかね? 人にものを頼むなら頼むなりの態度があると思うのですがねえ?」


最後の出撃の時。ドロテは父と兄からダミアン村を頼まれている。

ここで領民を放り出されては、亡くなった父との約束が果たせない。


「……すみません。イグノン様。領民は皇帝陛下の援軍が来るまでは、城に匿ってもらえないでしょうか」


深々と頭を下げるドロテ。


「おら。頭が高いんですよねえ」


ドカリ。


子息イグノンはドロテを蹴とばすと、倒れるドロテを足で踏みつける。


「はっ。ざまーないですねえ」


グリグリとその身体を踏みにじる。その直後。

コツコツ。響く足音と共に兵士に案内された男女2人が、バルコニーに姿を現した。


「やれやれ。この城の人間は女性に対する礼儀がなっていないのではないか?」


バルコニーの様子を眺めると、男は口を開いた。


「報告します。皇帝陛下からの援軍。シューゾウ殿、ナディーン卿をお連れしました」


案内の兵士が2人の名を告げる。


「!? シューゾウ?」


思わぬ名前にドロテは地面から顔を上げる。


「陛下からの援軍だと?」


イグノース子爵は男女2人の姿を見やる。

男の方は何やら見たことのない服を着ているが、女が身に着けるのは皇帝陛下直属の親衛隊である鎧兜。


だとするならこの2人は親衛隊の人間。

その前で女性を踏みつけるのはよろしくないと判断したのだろう。

領主の息子イグノンはドロテから足をどけていた。


「これは陛下からの援軍の方ですか。いやーお恥ずかしい所をお見せしまして、すみませんねえ」


「見たところ貴公が足蹴にするのはダミアン男爵の令嬢に思えるのだが……貴公の婚約者ではなかったか?」


なぜ親衛隊の人間が婚約のことを知っているのだろう? そう疑問に思うが。


「いえ。もうこんな女。婚約破棄しましたので、我が家とは無関係でしてねえ」


「ほう! それはせっかくの男爵令嬢とのご婚約を……よほどの事情がおありか?」


「それがですね。この女。こともあろうに子爵家の僕に手を挙げたんですよ。たかが男爵家の女が子爵家の僕にですよ? それは折檻するしかないでしょう。ねえ?」


子爵の子息イグノンは懇切丁寧に説明する。


「うむ。確かに。正統帝国にあって爵位は絶対。上の者に手を挙げるなど、あってはならぬことであるな?」


「でしょう! いやーさすが分かってらっしゃる。ですからねえ」


ドカリ


再びドロテを蹴とばす子息イグノン。


「子爵が男爵を折檻するだけ。何の問題もないってわけでして。ねえ?」


「うむ。爵位が上の人間は、下の人間には何をやっても良いわけだな?」


説明の甲斐あって親衛隊の男も理解を示す。


「はい。全くその通りでして。あ、貴方も1つどうですかねえ?」


「ほう! それではお言葉に甘えて」


ドカリ


男は子息イグノンを蹴とばした。


「ぐぼあー。いうあ、蹴る相手が違いますよ……僕じゃなくて……」


「いや。間違いない。貴公を蹴り飛ばしたのだ」


いきなり子息イグノンに暴行を加えた男。


「その、シューゾウ殿であったか? いくら陛下の親衛隊の方とはいえ我が息子を、子爵家の者を蹴とばすのは問題であるぞ?」


一般的に陛下の親衛隊は騎士が務める。騎士は騎士爵。

爵位でいえば最も低いのだから、子爵の息子への暴行は許されない。


「いや。問題ない。何せ俺は伯爵だ」


「は、伯爵う?!」


「うむ。貴公の子爵より上。つまりは」


ドカリ。


シューゾウを名乗る男は、地面に倒れる子息イグノンを再度蹴り飛ばし。


「爵位が上の俺は、何をやっても良いというわけだ」


ドスリ。踏みつける。


「ぐぼあー。や、やめてください」


まさか相手が騎士爵ではなく伯爵であるなら、怒鳴り制止するわけにもいかない。


「その……親衛隊の方。何か私どもが気にさわることでも?」


何とか落ち着いていただくようイグノース子爵は声をかける。


「貴公らの間違いを正しているだけだ。女子は踏みつけるものではない。踏まれるものである。とな」


シューゾウという男の発する意味不明な発言。


「その……そなた本当に陛下からの援軍なのですかな?」


疑問を感じたイグノース子爵が問い質す。


「いや……よくよく考えたらシューゾウ伯爵など聞いたことがないぞ? この男……よもや爵位を偽っておるのではないか?」


そもそも伯爵であるというのは男自身の発言でしかない。いくらでも捏造が可能。


「シュ、シューゾウ。おやめなさい」


イグノース子爵の疑う目つきに、ドロテは床から身体を起こして男を制止する。


「こ、この男。なんだ? ドロテの知り合いか?」


そういえば男の名前にドロテが反応していたことに思い当たる。


「すみません。ダミアン村の村人でして……申し訳ありません」


謝るドロテの姿に、イグノース子爵の疑惑は確信に変わる。

このシューゾウという男は、あろうことか伯爵を偽証していたのだと。


「てめー! 何が陛下からの援軍だてめー! たかが村人風情が騙しやがって!」


子息イグノンは踏みつけるシューゾウの足を払いのけ立ち上がる。


「てめーこらたこ! もう死んだぜ! 俺が殺してやる!」


爵位を偽証するなら最悪、死刑まである重罪。散々踏みつけられた恨みを晴らすべく、シューゾウを殴ろうと近づく子息イグノンに対して。


ドカリ。シューゾウはその腹を再び蹴りつけ。

ドスリ。踏みつける。


「ぐぼあー。や、やめてください」


相手は堂々と爵位を偽証したうえで、貴族にまで手を出すイカれた人物。

しかも腕が立つとなれば、下手な手出しは危険である。


「おい! なんだこの村人は。兵士たちで捕まえろ!」


幸いにもバルコニーは多数の兵士が周囲を固めている。

子爵は悪党を捕えるべく兵士に指示を下すが……


「えっ! ですが確かに装甲馬車から降りてきたので、陛下からの援軍に間違いはないはずですが……」


「そんなわけがあるか! ドロテの知り合いだ。村人に決まっておるだろう!」


ためらいを見せる兵士の姿に、なおも怒鳴るイグノース子爵。


「いや。シューゾウ伯爵は陛下からの信任も厚い正真正銘の伯爵だぞ」


子爵の怒声に対して、男と共に入室した女が進み答える。


「うむう? その鎧兜は……陛下の親衛隊のものか?」


「私は親衛隊のナディーン騎士爵だ。陛下の命により、シューゾウ伯爵と共にイグノース城の援護に参った」


陛下直属の親衛隊。それは現代における警察ともいえる権限を持つ存在。


「ということは、この男は本当に伯爵なのか?」


「そうだ。シューゾウ伯爵で間違いはないぞ」


その親衛隊が言うのであれば嘘ではない。確かに伯爵。


「だから伯爵だと自己紹介したであろう? つまりは」


ドカリ。シューゾウは子息イグノンを三度蹴り飛ばし、ドスリ。踏みつける。


「お前たちを殴ろうが何をしようが、何の問題もないわけだ」


「いや。シューゾウ。爵位が上だろうが下だろうが、貴族が理由なく貴族を殴っては問題だぞ?」


残念ながらつい先日まで村人であったシューゾウ。

そのような貴族間のルールは知らないのであった。

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