第80話 みんな。これは決死の作戦になる。
今や帝国との最前線となったイグノース城。
城内にはイグノース子爵領の住民だけでなく、ダミアン村をはじめとした近隣の住民も避難しており、迫る帝国に対する準備が進められていた。
領主の間に集まるのはイグノース子爵。子爵の息子イグノン。
そして、ダミアン男爵。オカモン男爵。
「それは……イグノース子爵の決定ですかのお?」
「そう言っておる。ダミアン騎士団とオカモン騎士団はそれぞれ兵を1千率いて城を出たのち森に潜伏。迫る帝国軍を側面から奇襲してもらう」
イグノース子爵の立案する作戦に、疑問を呈するのはダミアン男爵。
「じゃが、わざわざ城から打って出るのは危険ではないかのお?」
「何を呑気なことを言っとるか! 敵には賢者がいるのだぞ! メテオだぞ? 奴のメテオで幾多の城塞が落とされたか知っておるだろう!」
イグノース子爵の言うことは事実。
白鳳を模したと言われるイグノース城。
その美しい城郭に傷でも付こうものなら子爵の面目は丸つぶれである。
「幸いにもメテオの射程は短い。賢者がメテオを放つその前。野戦による奇襲で賢者を討ち取るのが我らの勝機である!」
一般的な防衛戦。城壁を頼りに籠城することの許されない相手。それがメテオ。
「じゃが帝国軍は3万。我らは1万5千。メテオで城壁を壊されようが、しばらく籠城することは可能なはずじゃ。いずれ援軍も来るじゃろうし、野戦を挑むのはそれからでも良いのではないかのう?」
「何を軟弱なことを! エルフの国ときな臭い関係の今、内地から援軍が来る保証などない!」
「お義父さん。例え援軍が来るとしても、それより先に敵のメテオが落ちてきますよ。城壁が壊されるだけなら良いのですけど……城内に避難する領民が、メテオの下敷きになっては大変ですよねえ?」
子爵の息子イグノンの言うことは事実。
敵の接近を許せば、イグノース城全体がメテオの射程に納まる。
城壁だけではない。城郭にも、領民の避難する建屋にもメテオが落ちるだろう。
「男爵が出ないというなら、領民のみなさんを城の外へ追い出すしか、いえ、城の外へ避難していただくしかありませんね。メテオが落ちて、彼らがぺしゃんこに潰れても大変ですしねえ」
帝国が間近に迫る今、城に避難した領民が外に追い出されようものなら、帝国兵による略奪の標的となるのは火を見るよりも明らか。
「じゃが、奇襲するにも兵が1千では。せめて後1千ほどお貸しいただければ……」
「何を図々しい。それほど兵が欲しいなら自身の領民を連れていけば良いだろうが」
ダミアン男爵。オカモン男爵。
両男爵とも、領民をイグノース城へ避難させて貰う立場にある。
何を言ったところで、最終的には子爵の決定に従うしかない立場。
「ご安心ください。両騎士団が奇襲に成功したタイミングで、僕らも城を打って出ますからねえ」
つまり奇襲に失敗した場合、ダミアン騎士団、オカモン騎士団ともに見殺しとなる。
「大丈夫ですよ。ダミアン家の血筋は僕とドロテさんの子供が受け継ぐから。お義父さんは心置きなく死んできてくださいねえ」
子息イグノンの言うことは事実。
奇襲に成功に成功したとしてもその後、奇襲部隊が生きて帰ることは難しいだろう。
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城内。ダミアン騎士団の控室。
領主から話を聞いたマルクス団長が、集まる騎士団メンバーに向けて語りかける。
「みんな。これは決死の作戦になる。無理して付いて来る必要はないから」
「若団長。何を水臭い」
「我ら共にダミアン村で育ちダミアン村で暮らしてきたのだ」
「ダミアン村の同胞を守るため」
「この奇襲。何としても成功させましょう」
イグノース城での避難生活。
それはダミアン領の住民にとって、決して楽なものではない。
庇護される立場にあるため仕方ないことだが、ダミアン領の住民は何をするにも下に見られ、嫌味を言われる日々を送っていた。
住民たちが肩身を狭い思いをしないですむよう。胸を張って暮らせるよう。
例え死んだとしても手柄を立てる。それが騎士たちに共通する思いである。
騎士団の集まる場。そこには領主の娘であるドロテも一緒だった。
「カルフェさんは行く必要はないのですよ」
「カルフェは騎士。カルフェも行きます」
「ですが、せっかくお兄さんも戻って来たのです。何も……」
「おにいの戻る場所。守るためにも戦います」
決意を決めるカルフェの様子。
「でも……お父様……」
何とか引き留めようと、ドロテは父である領主を振り返る。
「わしらも来るなと言ったのじゃが……最後はカルフェちゃんが決めることじゃ」
「奇襲を成功させるにはカルフェちゃんの力が必要なんだ。ドロテ。領民を守るのが僕たち騎士なんだ」
すでに父も兄も覚悟済み。
領民を守るのが領主の役目。日々領民から税を徴収しているのもそのためである。
それは領主の令嬢であるドロテも同じ。
「ドロテ。残される領民たちのことを頼むぞい」
「……はい」
守ってもらうだけのドロテに引き留める言葉はない。
抱擁の後。父と兄が、ダミアン騎士団が出陣する。
それは後に残されたドロテに新たな使命が課された瞬間。
父と兄に代わり、領民を守るという使命。
「ドロテちゃん……おにいと仲良しだよね?」
「それは……ごめんなさい」
「ううん……だから、おにいのことお願い」
「……はい」
抱擁の後。カルフェもダミアン騎士団に続いて出陣する。
カルフェに代わり、兄を幸せにして欲しいという願いを残して。
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イグノース城近郊。帝国軍野営地。
帝都第4騎士団1万、第5騎士団1万、第6騎士団1万、あわせて3万の兵がイグノース城へと侵攻する。
整然とした軍列でイグノース城へと進軍する帝国軍。
城まであと1キロの地点まで近づいていた。
3つの騎士団。平時はお互いがライバル同士でもあるため、得てして協同しての行軍は足並みが乱れるものであるが、その行軍に乱れはない。
3つの騎士団を取りまとめる参謀を務めるのが賢者ライナルト。
「賢者殿。こたびの戦。どのような作戦が?」
「そうだね。敵はメテオを撃たれなくない。何か対策をすると思うんだ」
他の兵が騎馬や徒歩で移動する中、賢者は1人、人力車に乗って移動する。
「例えば……城に向かう僕たちを側面から奇襲するとか、どうかな?」
賢者の言葉にあわせるかのように、ときの声とともに敵兵が左右の森から姿を表すと、帝国軍を挟み込むかのように挟撃する。
「ね」
「なんと! どうすれば?」
「心配いらないよ。左右からの敵は少数。それに側面の第5第6騎士団には、あらかじめ指示しているからね」
「ですが……押されているようにも思えるのですが?」
余裕ある賢者の言葉に反して第5第6両騎士団は押されているのか、敵と交戦する音は本陣のある第4騎士団まで近づいていた。
「うん。第5第6両騎士団は上手くやっているよ。あれはね。わざと引き込んでいるんだ。一見、奇襲が成功したように見えるでしょ?」
「は、はあ……見えるというか成功しているのでは……?」
「そしたら、ほら」
正面。城壁から戦の趨勢を眺めるイグノース子爵の合図に、イグノース城の城門が開き敵主力。イグノース騎士団が、左右からの奇襲に混乱する帝国軍を目指して城を飛び出し突撃する。
「うん。計算通りだね」
「は、はあ。ですが……城を出た敵主力は1万はおりますよ! 第5第6の両騎士団は左右からの奇襲に混乱しており、今、正面から1万もの敵に突撃されては危険なのでは!」
「うん。このまま突撃されては危険だよね。でもね、いいかい? 城を出た敵の主力は一塊になっている。そこへ隕石を落とせばどうなるかな?」
言うが早いか。賢者は両手を天に掲げる。
「火よ。土よ。2つの力を1つに。今、天から裁きの鉄槌を。メテオ」
賢者が詠唱を終える。
青く広がる空。染みが出来たかと思うと、どんどんと大きくなっていく。
遥か天の先。隕石が今。天より地へと落ちようとしていた。
「なんと! イグノース城へメテオを落とすのではなかったのですか?」
「別に城は逃げないからね。それよりも、ほら。敵は突撃しようと必死で駆けているから、落ちて来るメテオにまるで気づいてないよ?」
地面に差す隕石の影。ようやく自分たちにメテオが落ちて来ようとしていると気づいたイグノース騎士団。慌てたようにメテオの落着点から逃がれようとするが、その陣形は密集隊形。人波が邪魔をして逃れようにも逃れられない。
ズドカーン! ズドカーン! ズドカーン! ズドカーン!
「おお! 敵主力のど真ん中にメテオが!」
音を立てて次々と落着するメテオ。
4個の隕石は敵主力。その大半の命を奪いイグノース騎士団を壊滅させていた。
「ほぼ壊滅だね。あとは側面から奇襲した敵部隊を潰せば今日はおしまい。イグノース城は明日。MPが回復してからゆっくり攻めれば良いからね」
「素晴らしい! 賢者殿。このような巧みな戦術。何か名称はあるのでしょうか?」
「
それだけ言うと賢者は人力車の座席で緑茶を1杯。
今日の仕事は終わりとばかりに飲み干した。
「おお! なんと詩的な……天におられる戦の神々も、このように見事な作戦は見たことがないでしょうぞ! 皆の者。勝利を祝して乾杯だ!」
賢者の座る人力車の周りは、すでに勝利を祝って万歳三唱。
こっそり持ち込むお酒を飲みまわす祝宴状態となっていた。
「ですが賢者殿。先ほどのメテオは4発? 今の賢者殿のMPでしたら5発は落とせるのでは?」
「うん。1発は予備だね。使うことはないだろうけど、念のためにね」
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「まさか……まさか我がイグノース騎士団が……撤退、イグノース騎士団は撤退だ! 撤退の銅鑼を鳴らせ!」
イグノース城。その見張り台から前線を眺めるイグノース子爵。
天空から落ちるメテオにより壊滅的被害を受けた自軍の様子に、慌てて指示を出す。
「イグノース子爵。それでは敵陣深く切り込んだダミアン騎士団、オカモン騎士団が取り残されてしまいます」
同じく見張り台にいたドロテお嬢様。
「そんなことは知らん!」
「せめて両騎士団が撤退できるよう、敵主力の牽制を……」
「うるさい! そもそも貴様の騎士団が真面目にやらないからだ。奇襲が成功していれば、このような……ああっ! わしの騎士団があ……」
自軍の騎士団の被害に冷静さを欠いて見えるイグノース子爵。
これ以上の刺激を避けるべく、ドロテお嬢様は子息イグノンに声をかける。
「イグノン様」
「何やってんだよドロテ! お前のところの騎士団はよおお? 帝国賢者が来たら、城にメテオを落とされたら終わるじゃねーかあ!」
だが、返って来たのは婚約者相手にかける言葉と思えない怒声。
「そんな……ダミアン騎士団は奇襲の任は果たしたはずです」
「果たしてねーんだよ! そんなに言うなら、お前の所の住民に武器を持たせて出せば良いだろうが」
ドロテお嬢様と子爵の子息イグノン。これまでにも婚約者として何度か顔を合わせており、その度に優しく声をかけてくれてたはずが……
「うむ。こうなっては城に立てこもり陛下の増援を待つしかあるまい。それまでの時間稼ぎにはなるだろう」
「それは……それは非道な言いようではありませんか?」
「ああ? 非道もクソもねーんだよ。元々が貴族同士の政略結婚。お前との間には愛も友情もないんだから当然だろうが」
これまでドロテに見せていた優し気な顔は偽りの顔。
言葉汚く罵る今の姿が、子息イグノンの本性である。
「領民に領主の敵討ちをさせてやろうっていうんだぜ? よっぽど優しい気遣いだろうが」
「敵討ち? ダミアン騎士団は、父も兄も。友達もまだ戦っているのですよ」
「あの状況からどうやって助かるって? ばーか」
子息イグノンの言うとおり。
左右からの奇襲に混乱するように見えた帝国軍だが、すでに軍勢を立て直していた。
奇襲のため深く切り込んだダミアン騎士団。オカモン騎士団。ともに帝国軍の波に取り込まれ、今にもすり潰されようとしていた。
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