第79話 見た記憶があって当然。学校の教科書に載っている人物。

ナディーンの手配する宿に泊まる夜。ノックの音の後。


「シューゾウ。ナディーンだ。入るぞ」


室内に入るのはナディーンと中年男性が1人。


「防衛大臣を務めるケーニッヒ公爵だ」


さらにその後には、中年男性が1人と護衛だろう騎士が6人、続いて入室する。


どこかで見たことのある顔だが……


「ディートリヒ陛下だ」


見た記憶があって当然。学校の教科書に載っている人物。

正統アウギュスト帝国皇帝 ディートリヒ様ではないか。


慌てて椅子を立ち、俺は床に膝をつく。

当然、誰だか分からないため椅子に掛けたままとなるエルフたちにも合図し、全員に膝をつかせた。


「よい。椅子に掛けよ」


陛下のお言葉に従い、俺達は椅子に腰かける。


「緊急の案件だと判断したため余が直々に参ったのだ。シューゾウとやら。もう一度、お前の口から聞かせてくれぬか?」


俺はナディーンに伝えたのと同じ内容をディートリヒ陛下にお伝えする。

その後、陛下や防衛大臣の質問する内容に答えていく。


暗殺者への質問については、俺が間に入る形で質問する。

暗殺組織ノワールの規模や隠れ家、首謀者などなど。他にも神聖教和国への寝返りについてはノワールも関与していたことが判明。暗殺者の口から知る限りの情報を聞き出した。


「あい分かった。オイゲン侯爵の動きについてはすぐに調べさせる。よもや余に隠れ、そのような事を企んでおったとはな……」


聞くところによれば、これまで神聖教和国との交渉はオイゲン侯爵が一手に引き受けていたという。美人局なのか賄賂なのか。どちらにせよ、その過程で教和国に取り込まれたのだろう。


「おそらくオイゲン侯爵領にもエルフが捕えられていると思われます。可能な限り早くの救助を何卒お願いいたします」


改めて陛下に深々と頭を下げお願いする。


「うむ……だがシューゾウと言ったか? 貴様がそこまでエルフを気にかける理由は何だ?」


陛下の質問に対して俺は。


「エルフは美人ぞろいだからです」


「ほう? なるほどな……」


俺の背後に居並ぶママさんエルちゃんエルフたちを見て大きく頷く陛下。


何せ陛下には第5夫人までいらっしゃると聞く。

当然に俺の気持ちは分かるというもの。


「であれば陛下。恐れながら進言させていただきます。エルフの国と同盟を結ばれてはいかがでしょうか?」


「うむ。はっきり言って帝国を相手に戦況は芳しくない。エルフの国との国境に配置した兵を全て前線に回せるなら、願ってもないことだが……エルフの国は孤高の国。これまで幾度も使者を送っているが色よい返事はない」


陛下は思案する顔を見せる。


「陛下。神聖教和国がエルフの国へ侵攻を開始した今、以前とは状況が異なります。今なら同盟が可能です」


「貴様は簡単に言うが、此度のオイゲン侯爵によるエルフ狩りで、我が国に対する感情は悪化しただろう。これでも同盟を結べるというのか?」


俺が答えるより早く、ママさんが立ち上がり発言する。


「シューゾウさまは森林の四つ葉。女王陛下からの信頼も厚い方ですので、間違いありません。シューゾウさま、メダルを」


俺はママさんに促され、森林の四つ葉のメダルを取り出した。

取り出すのは良いが、分かっていただけるのだろうか?


「これは……噂に聞くエルフの英雄だけに与えられるというメダルか」

「森林の四つ葉。まさか人間がそのような称号を与えられるとはのう……」


マジかよ。どうやら陛下と大臣の2人は知っているようであった。


「当たり前であろう。もちろん市井の人間は知らないだろうが、我々は過去に幾度もエルフの国と国交を結ぶべくやり取りをしているのだ」


「帝都にはエルフの国から移住した者もおるのじゃ。相手国の歴史や組織について知っておかねば交渉も何もないじゃろう」


なるほど。


「うむ……だとするなら、こちらもシューゾウに爵位をやらねばならんな」

「ですのう。エルフの英雄に認定される者が爵位もなしでは、我が国は世間の笑いものになりますわい」


ほう。


「子爵位だ。今より貴様はシューゾウ・モーリ子爵を名乗るがいい。領地については後ほど調整する」

「妥当な爵位じゃろうのう」


マジかよ。

正統帝国の貴族位は、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、準男爵、騎士爵と続く。

つまり、子爵となると位だけでいうなら貴族のナンバー4。

領主であるダミアン男爵よりも爵位は上。

つい先程まで村人だった俺が一気に出世したものである。


「しかし。シューゾウよ。どのような経緯でエルフの女王と知り合ったのだ?」


「はい。教和国の奴隷を脱して故郷へ帰るのに、エルフの国を通過して戻ってまいりました。その際、エルフたちと共に教和国の兵と戦う過程で知り合いとなりました」


俺の発言にナディーンが反応する。


「なんだと!? シューゾウは捕虜交換で祖国へ戻ったのではないのか?」


どうやらナディーンは俺が捕虜交換で国へ戻って来たと思っていたようだ。


「ナディーンから話を聞いてシューゾウ殿の件について調べたのじゃが、記録では教和国に囚われ捕虜となった後、獄死したとなっとるのう」


さすがに大臣。事前に俺の身元について調べていたようだ。


「ほう? どうなのかね?」


「俺は脱走してきたのです。氷結鉱山ダンジョン都市を抜け出し、エルフの国を通過して、正統帝国まで戻って来たのです」


「なんだと! シューゾウ……まさかそのような苦労を……」


「ふむ。素晴らしい愛国心……伯爵位だ。今日よりシューゾウ・モーリ伯爵を名乗るが良い」


なんと。子爵どころか伯爵。とんとん拍子の出世である。


「じゃがのう……せっかく帰って来たシューゾウ殿の故郷ダミアン村じゃが、今や帝国との最前線。住民たちが避難するイグノース城にも帝国軍が迫っておるそうじゃ」


うむむ。一難去ってまた一難。

正統帝国によるエルフ狩りが片付きそうだと思ったそばから……


「イグノース城に迫る帝国軍。その中には賢者もおるそうじゃ」


「ちっ。何が賢者だ。やはり余が前線へ出るしかないであろう」


帝国賢者のメテオにより、正統帝国の城と砦は次々と陥落。

それが帝国相手に不利となっている最大の要因だという。


「メテオか……」


俺と同じくバニシュ砦を思い出しているのだろう。

沈痛な顔で俯くナディーン。


だが、メテオというなら皇帝陛下も使えるはず。城や砦がメテオで落とされたというのなら、こちらもメテオで城や砦を落とせば良いのではないだろうか?


「やつと違って余は皇帝だ。政務がある。オイゲン侯爵のように余の足を引っ張ろうと企む者もいる。毎度毎度、帝都を空けて前線へ行くわけにもいかん」


確かに。


「それとのう。15年前に陛下とヘルムート辺境伯のお2人がメテオで暴れすぎたのじゃよ……帝国はメテオ迎撃のための装備を作成。専用の部隊を揃えているのじゃ」


バニシュ砦の戦いにおいても、1個だけとはいえメテオを迎撃している。

迎撃専用の装備と部隊があれば、より多くのメテオを落着前に迎撃できるだろう。


帝国が15年にもわたり揃えた装備と部隊。

真似しようにも一朝一夕に用意はできないか……


ま、メテオが来るというのなら俺が行くまで。


「陛下。オイゲン侯爵の件、エルフの国との同盟の件はお願いします。俺はイグノース城へ向かいます」


「あなたが行くならママも一緒よ」

「当然、エルちゃんも一緒なのです」


「俺たちエルフも行くぜ。シューゾウ様に助けられたんだ」

「シューゾウ様の故郷が危ないのなら」

「私たちも力になります」


エルフたちを見つめる俺の目に、エルフ全員が力強く頷き返す。


「シューゾウが行った所で、その程度の人数が行った所で情勢は変わらん。せっかく戻って来たのだ。しばらく休め」


陛下は俺の身を案じて言ってくださるのだろうが。


「俺はバニシュ砦で帝国賢者のメテオを防いでいます。多少の抵抗はできるかと思います」


「フックス男爵が中心となって砦を守ったという話か? だが、結局あれは奇跡が重なっただけだ。その後、フックス男爵を前線の砦に送ったが、修理工が無駄に死んだだけで終わったではないか」


修理工は生産クラス。戦闘力は皆無なのだから、戦場のど真ん中で修理しようとするなら当然に死ぬ。アンドレはよく生き残ったものだ。


「アンドレなど口先だけの男! メテオを防いだのはシューゾウの功績だとオイゲン侯爵には何度も進言したというのに! あのタヌキ親父が!」


皇帝陛下の前だというのに、いきなり立ち上がり声を上げるナディーン。

大丈夫か? 怒られないだろうか心配になる。


「そ、そうか。それは頼もしいな。オイゲンの件が片付き次第、余も前線へ向かう。余が到着するまで無理するな。危険となればイグノース城を引き払い、後方の城まで下がって構わん」


なんと! 援軍が、それも皇帝陛下直々に来ていただけるとは有難い。

となれば、それまで持ちこたえれば良いだけの楽な戦い。


「それならシューゾウ殿には馬車を用意する。それで向かうと良いじゃろう」


「シューゾウ。私が御者をする。大臣。よろしいですか?」


「うむ。シューゾウ殿はエルフとの同盟に必要な人物。ナディーンには親衛隊の装備を渡しておこう。その装備で守ってやるのじゃ」


「はっ! シューゾウ。心配するな。前回はお前を捕虜から助けられなかったが、今回は私がお前を守ってみせる!」


おそらくは俺の方が強い。守られることはないと思うが……

その気持ちはありがたいもの。そして、今は少しでも戦力が必要。

ナディーンなら戦力として十分。


そして最後に後1人。


「この暗殺者ですが……よろしければ、イグノース城まで同行させて良いでしょうか?」


「ふむ? まあ聞き出すことも聞き出した。それにシューゾウがいないのではこれ以上の取り調べも出来ん。好きにするが良い」


俺達は皇帝陛下に一礼すると、宿を出て馬車へと乗り込む。


用意された馬車は、皇族が暗殺対策に使用するという特注品。

車体全面が鉄板で覆われた、装甲馬車とでもいうべき代物。

馬車を引くのは専用に鍛えられたエリート馬なのだから、イグノース城まですぐに到着するだろう。


御者席に俺とナディーンが。荷台にママさんエルちゃんエルフたち6人が乗り込むと、ナディーンが馬に鞭を入れる。


俺達は帝国が迫るイグノース城を目指して帝都を出発した。

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