第78話 城門の入口には帝都へ入ろうと並ぶ人の列が出来ていた。

街道を進んだ先。村が見えていた。

柵も壁もなければ、衛兵がいるでもない。ただ平原にぽつり存在する村。


俺は暗殺者と共に馬車を引き村へと入る。

農作業には馬も牛も使う。新しい馬も見つかるだろう。


馬車を引いて進む俺と暗殺者の姿を物珍しく見つめる村人たち。


「あー。そこの村人の方。すまないが……」


「ひっ!」


馬を売る場所を聞こうと近くの村娘に声をかけるが、馬車を引く俺の姿を見た途端、逃げて行ってしまった。


馬を相手に口は聞けない。そういうことだろうが……困ったものである。


「夫を助けるのが妻の役割。ここはママに任せるのよ」


そう言って馬車を飛び出したママさん。俺は夫ではない。というやり取りにも飽きた俺は、村人に話しかるママさんを黙って見守る。


「あなた。この先だそうですよ」


さすがはママさん。さすがはエルフ。

村人は鼻の下を長くして教えてくれていた。


教えられた店で馬を1頭だけ購入する。


今の馬車を引くには馬が2頭、必要。

だが、俺の足は馬より早く、俺の体力は馬より多い。

俺は引き続き馬となり馬車を引くことにする。


暗殺者はといえば、足は速いが体力が不足するため、お役御免。荷台に放り込む。


購入した馬と俺の身体にハーネスを取り付け馬車へとつなぐ。

馬車を走らせる準備が整ったところで……


「それじゃエルちゃん。次は馬の操り方を勉強しましょうね」


御者席には、いつの間にかママさん。エルちゃんの姿。

今まで御者を務めていたエルフ男だが、毒の影響により今も本調子ではないため、荷台で休んでいるという。


「ママさんは御者も出来るのか?」


「ふふ。400年の経験ですよ」


言うが早いかママさんは手綱を動かした。

ママさんの合図に馬が動き出すのにあわせて、俺も走り出す。


「はい。エルちゃんはこの鞭を使うのですよ」

「馬さんが可哀そうなのです?」


「馬さんの皮膚は厚いの。多少の鞭は大丈夫ですよ」


バシーン


いや。エルちゃんが鞭を打つ先。それは馬ではなく俺である。

だが……


バシーン


エルちゃんに鞭うたれた俺の身体には、何か新たな力が目覚めようとしていた。


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スキル:騎馬(F)NEW!

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エルちゃんの鞭に、俺と馬は馬車を引いて走り続ける。

騎馬スキルの影響だろう。重いはずの馬車が、先ほどまでよりはるか楽に引くことが出来る。


これ以上に追っ手が来られても面倒なため、馬には適時ヒールを使用。

休むことなく馬車を走らせた結果、ようやく帝都が見える所まで辿り着いていた。




正統帝国の首都である帝都。

その城門の入口には帝都へ入ろうと並ぶ人の列が出来ていた。


戦時中とはいえ流石は帝都。

多数の行商が入場待ちする列へと俺達も馬車を並べる。


正統帝国においてもエルフは目立つ存在。

そのため目立たないよう馬車の幌は降ろした上で、御者を務めるママさんエルちゃんはフードを被り顔が見えないようする。


まあ、それでも馬車を引くべき馬が2頭の内、1頭が人間である俺なのだから目立つのは仕方がない。


俺達の馬車を指さし周囲の人たちが何やらひそひそ噂する。

その様子に気づいたのだろう。城門に立つ衛兵が1人、俺達の馬車までやって来た。


「……お前。なぜ人間が馬車を引いているのだ?」


「馬より足が速いからです」


「……そうか。荷台には何が入っているのだ?」


「エルフと男爵。暗殺者です」


「……そうか。うーむ。どうにも不審極まりないな……」


ごもっともである。


「おい! 何を揉めているのだ?」


そうこうするうちに新たな衛兵が1人。

白銀鋼の鎧を着た者が俺達の馬車へと近づいて来た。

装備から見て、入場手続きを行う衛兵の中でも立場のある人物。


「ほう! 人間に馬車を引かせるとは面白いな」


「隊長。面白がってる場合じゃありませんって。どう考えても怪しいですよ?」


「うむ。確かに。この馬車のリーダーは誰だ?」


隊長と呼ばれた者の声に、俺は手を挙げ答える。


「俺はダミアン村の村人。シューゾウ・モーリ。皇帝陛下に進言したい事があり、はるばる馬車を引いてここまで来た」


「ほう! 陛下に進言とな……というか、ダミアン村のシューゾウだと!?」


隊長は驚き俺の顔を覗き込む。


「うむ……確かに。成長しているが、以前の面影があるな!」


知り合いだろうか?

隊長と呼ばれる女性。白銀鋼の鎧に兜を被るという立派な装備。


「シューゾウ無事だったか! 良かった! 良かった!」


ガバリ。俺に抱き着く隊長。鎧が当たって痛い。


「私だ。バニシュ砦で隊長を努めていたナディーンだ!」


なんと。また懐かしい名前が出て来たものである。


「無事に捕虜から解放されたのか! 良かった。良かった!」


残念ながら捕虜から解放されたわけではないのだが……

とにかく、ここで知り合いに会えたのは話が早くて良い。


「ナディーン卿。皇帝陛下にお伝えしたい情報があるのだが、お口添えいただけないだろうか?」


「皇帝陛下だと? それは危急のことか?」


「はい。正統帝国の存亡に関わる情報です」


その後、俺を含むエルフ全員が城門の脇にある建物。

衛兵詰所の一角にある部屋へ案内される。


「うーむ。最近耳にするエルフによる住民襲撃。それがオイゲン侯爵派貴族による工作だと、神聖教和国と結託して反乱を企てているというのか……」


俺はこれまでの経緯についてナディーンに説明する。


「証拠ならある。アンドレ。暗殺者。助けたエルフたち。そして洗脳の首輪。少なくとも調査するに値する情報だと思うが?」


「しかしだな……アンドレから話を聞くにも……」


「ひひ……ぎひひ……あひひ」


俺の拷問はFランク。少々加減を間違えたのか、アンドレは口から涎を垂らし意味不明の言葉を紡ぐだけ。まともな受け答えが出来る状態にない。


やむなくエルフたちから話を聞いたナディーン。

続いて黒ずくめの服装で棒立ちする男。暗殺者に目を向ける。


「その洗脳の首輪というものは、誰の命令でも聞くものなのか?」


「首輪を取り付けた本人、俺の命令は聞く。それ以外の他人の命令は受け付けないようだが……詳しくは俺も知らない」


俺は試しに暗殺者に四つん這いとなるよう命令する。


「凄いな……この暗殺者はノワールの幹部だぞ! 任務に失敗すれば自決を選ぶのが常だというのに、それを捕え意のままに操るとは……これだけでノワールの全貌解明につながる大手柄だぞ!」


暗殺者に腰かけ、本当に反抗しないかを確かめたナディーンが感嘆したように言う。


「直接、陛下にお伝えするのは無理だが、国防大臣にお伝えする。シューゾウたちはしばらく宿で休んでいてくれ」


アンドレについては衛兵の方で尋問を行うとのことで引き渡した後、ナディーンの言葉に俺達は詰所を後にし、手配された宿屋へと宿泊する。

ちなみに毒耐性を習得したおかげか、いつの間にか俺の身体から毒は消えていた。

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