第77話 蹄の音も高らかに背後から迫る騎馬の音。

俺達の乗る馬車は街道を南へ。正統帝都へ向けて走り続ける。


「この中にヒールが使える者は?」


エルちゃんを含めて3人が手を上げる。


「ウインド・カーテンを使える者は?」


全員が手を上げる。


「恐らく敵の追っ手が来る」


現在、馬車に乗るのは俺を含めて9名+1。

2頭の馬が頑張って引いてくれてはいるが、馬車が重い。


追いかけるのが騎兵隊なら、じきに追いつかれるだろう。


「馬車本体は守らなくて良い。馬と自分の身を守ってくれ」


「馬と自分の身を守るというのは分かるのですが……」

「馬車が破壊されたら終わりだぜ?」


「馬車は俺が守る」


蹄の音も高らかに背後から迫る騎馬の音。


パカラッ パカラッ


来たか!


迫る騎兵は8人。

背後から迫る騎兵に対して、荷台のエルフが矢を射かける。


騎兵も矢で荷台のエルフを狙うが、ウインド・カーテンに遮られ馬車は無傷。


そのうちエルフの放つ矢が命中したのだろう。

騎兵が3人、背後へと脱落していく。


弓矢では埒が明かないと見た残る5人の騎兵。

荷台からの射線を避けるよう、左右へと分散。


そのまま左右から挟み込もうというのだろう。

馬車の真横へと並走する。


俺が座るのは御者席の右側。

身体を乗り出し、右側面へと回り込む騎兵を狙って。


「ファイア・アロー、ファイア・アロー、ファイア・アロー」


炎の矢を連発する。


走る馬車から走る騎兵を狙うのだ。

そう簡単には当たらないわけだが……当たらないなら当たるまで撃つだけである。


「ファイア・アロー、ファイア・アロー、ファイア・アロー」


ズドン ズドン ズドン


連射するファイア・アローが騎兵3人に命中。

騎馬から振り落とされ、追走から脱落していく。


馬車の右側の騎兵は退治した。

その間、左側に回り込んでいた騎兵2人。


「ファイア・ボール」


ズドーン


荷台を目掛けて炎の玉が放たれる。


馬車を破壊して足止めしようというのだろうが……

俺は素早く馬車に触れ、リペアの魔力を流し込む。


荷台の幌は炎に包まれるが、破壊はない。

車輪を狙った炎の玉が直撃するが、破壊はない。


炎の玉を受けても、馬車の足が止まらないことに騎兵が驚く隙に。


御者席で馬を操るエルフと座席を交代した俺は、左側に身体を乗り出すと。


「ファイア・アロー、ファイア・アロー、ファイア・アロー」


ズドン ズドン


騎兵2人に命中。その姿は後方へと消え去って行った。


周囲が安全となった所で、馬車を消火しようとするエルフを一旦制止する。

せっかく火が燃えている。馬車が火事となっているのだ。


「リペア」


馬車の火災により、火事場の馬鹿力が発動。

SSランクとなったリペアで洗脳の首輪を修復した後で馬車を消火した。




騎兵の追撃を振り切った今。これ以上の追撃はない。


そして、電話のない異世界。俺達の馬車を指名手配するにも時間がかかる。

帝都まで手配の連絡が届くより、俺達の馬車が帝都に着く方が先。

ならばこの先。普通の馬車として、商人の振りでもしながら進めば良いわけだ。


その後、帝都を目指して走る馬車。

その車体が突然に大きく揺れていた。


ボカンッ


車輪が破壊される音に、馬車が停車する。


さすがの俺であっても、馬車を常にリペアし続けているわけではない。戦闘となった際、馬車が危険となった際だけリペアしているため、平和に走る今はリペアをしていない。


その隙を突かれたわけだが……何者かの攻撃か? だが騎馬の音はしない。


周囲を見回す俺の視界が、突然に暗闇に包まれる。


これは?! 暗闇魔法か!


ズドス。続いて俺の身体に突き刺さる暖かい感触は、投げナイフ。


「ヒヒーン……」


さらには馬車を引く馬の悲鳴。何者かの襲撃に間違いはない。

間違いはないのだが……周囲一面が墨で塗りつぶしたかのような暗闇に、俺の目には何も映らない。


そんな中、荷台からエルフが近づく気配。


「ライト」


ママさんの手の先に光が灯り、馬車の周囲を照らし出す。


ライトの明かりに視界が回復した俺の目には、首を斬られ息絶える2頭の馬。

そして、御者を務めるエルフは暗視スキルがあったのだろう。

御者席を飛び降りたエルフが、黒装束の男と剣を交える姿が見えていた。


あの黒装束の服装。俺を宿屋で襲った暗殺者と同じ物。

ということは、この男も暗殺者か!


「我は暗殺組織ノワールが幹部。シューゾウ。ノワールの名にかけて、貴様の暗殺依頼を完遂する」


俺はユーカリの剣を手に御者席を飛び出し、エルフの援護に入る。


「注意してくれ……かなりの手練れだ……くっ」


エルフの身体には小さな切り傷がいくつも出来ていた。


「くくく。シューゾウ。貴様もそのエルフも。どちらも終わりだ。我の短剣には猛毒が塗布されている」


暗殺者は両手に短剣を持つ、短剣二刀流。


「くくく。かすり傷だけでも死ぬぞ。どうだ? 怖いであろう?」


暗殺者はこれ見よがしに両手の短剣をジャグリングして見せる。

その隙に俺は宿屋の暗殺者から奪った解毒剤をエルフの傷へと振りかけた。


「くくく。宿で失敗した者から奪った解毒剤か……だがその量は1人分。御者のエルフは助かっても、シューゾウ。貴様は終わりだ」


やれやれ。暗殺者は同じことしか言えないのだろうか?


「しゅ、シューゾウさま。そんな……俺よりもシューゾウさまの御身が大切だというのに……それを……」


俺に解毒剤は必要ない。

傷ついたエルフを荷台へ押しやり、俺は暗殺者の元へと飛び込み斬りつける。


「スター・スラッシュ!」


ズバーン


斬りつけたはずの暗殺者の身体に手ごたえはない。


「どこを見ておる。我はこっちだ。そらそらそら!」


ズバズバズバー


暗殺者の両手の短剣がひるがえり、俺の身体を切り裂いた。


確かに暗殺者を切り捨てたはずが……ライトの淡い明りの中。

暗殺者の姿は6人へと増えていた。


「シャドウ・イリュージョン。我の影を斬ることは何人にも叶わぬ」


分身の術ということか? 手ごたえがなかったのは、影を斬っただけ。

目に見える6人の中で本物は1人。残る5人はただの影というわけだ。


これも暗殺者の闇魔法なのだろう。ママさんがライトで照らしてくれてはいるが、馬車の周囲は相変わらず暗闇に包まれたまま。


暗闇を払うには光量が不足している。

ただでさえ暗く視界の悪い中、6人の中から本物を見つけることは難しい。


「くくく。我はノワールの幹部。我の闇魔法はSランクぞ。貴様ら程度のライトで闇は払えぬ」


やれやれ。ライトの光量が不足する。

そういうことであれば。


「リペア」


俺はユーカリの剣に流すリペアの魔力を、さらに増大。

より多くのMPを注ぎ込みリペアの白光を増大させる。


「くくく……くぬぅ!? 何だこの光は!」


要はピカピカ光って暗闇を、影を払えば良いというわけだ。

そして俺のリペアはSランク。同格の光であれば貴様の闇を払うことができる。


俺はリペアの白光を放つユーカリの剣を、松明のように掲げ持つ。


「ぬうっ……我の闇が?!」


白光に照らされ周囲の暗闇が払われる。

その白光の中にあっても払えない影が1つ。


「貴様が本体! スター・スラッシュ!」


ズバーン


「ぐぬう!」


右腕を斬り飛ばされながらも、暗殺者は俺の身体に飛びつき組み付いた。


「くくく。右腕一本で、貴様の首を取れるなら安い物よ。これで暗殺依頼は完遂よ」


暗殺者が左手のナイフを俺の胸へと突き刺すと同時。

俺は左手に取り出した首輪を、暗殺者の首へと押し付ける。


「くくく……今さら何の……」


途端に腕をだらりと垂らした暗殺者。その目は虚ろとなり中空を見つめていた。


俺が暗殺者の首に付けたのは、洗脳の首輪。

イクシードをも洗脳したのだから、その効果の程は説明するまでもない。


「シューゾウ様。早く。早く解毒剤を。きっとその男が持っているはず!」


御者だったエルフが俺の身を心配するが、その必要はない。

自動回復。常にHPの回復する俺に解毒剤は必要ない。

いや。それどころか、猛毒を食らいまくった影響か。


俺は毒耐性を習得していた。


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スキル:毒耐性(F)NEW!

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「なんと……通常はそんな簡単に習得できるスキルではないのだが……」


致死量となる毒を散々食らったのだ。習得も早くなる。


しかし……それは良いとしても、馬車を引くべき馬がやられたのは痛手である。

このまま立往生したのでは、いずれさらなる追撃の騎兵が放たれ追いつかれる。


「俺が馬車を引きます。力には自信がありますから、シューゾウ様は荷台で休んでください」


御者を務めるエルフが手綱を手に告げる。


……そうだな。ここからは人力。

近くの街なり村まで辿り着いた後、新たに馬を購入する。

それまでは人力馬車で行くしかない。


「毒を受けたばかりだろう。そのまま荷台で休んでいてくれ」


「ですが、それでは誰が馬車を……」


俺が引く。自動回復により体力が尽きることのない俺が引くのが一番。


だが、馬車を引いていた馬は2頭。

もう1人なら並んで馬車を引くだけのスペースがある。


となれば……


「エルちゃん。暗殺者の腕。出血だけ止めてやってくれ」


俺は暗殺者と並んで馬車を引く。


この暗殺者。ここまで走って馬車に追いつく足の持ち主。

つまり馬より早い。馬車を引かせるには十分の脚力といえるだろう。


しかし……洗脳の首輪。恐ろしい代物である。

あれだけ俺を殺そうとしていた男が、文句も言わずに馬となるのだから。

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