第75話 部屋で俺を出迎えるのは懐かしい顔。

宿を出た時刻はすでに明け方。


暗殺者の自白によれば、暗殺成功後に屋敷へ報告に行く手筈だという。

そして、俺が身にまとうのは暗殺者からはぎ取った黒の外套。


アンドレはどうしているだろうか?


暗殺者からの報告を起きて待っているのか。

それとも、もう寝ているのか。


どちらにせよ、屋敷へ侵入するには今が一番。

暗殺者が返り討ちにあったと知られた後では、警備が固くなる。


俺は昼間に訪れたアンドレの屋敷までの道順を頭に、素早く移動する。


屋敷の正門。

すでに早朝が近い時間にも警備の兵が2人。


「すまない。フックス男爵に面会したいのだが?」


「は? 誰おまえ? 今の時間を分かってる?」


「フックス男爵からの依頼の報告に来た。緊急だ」


俺は懐から暗殺者が持っていた猛毒ナイフを兵に見せる。


「それは……その服装。そうか。しばらく待つように」


待つことしばし。その後、屋敷から来た兵士に案内され、俺は屋敷の2階。

アンドレの部屋まで案内される。


「どうだったっしょ! シューゾウの暗殺は成功したっしょか?」


部屋で俺を出迎えるのは懐かしい顔。

バニシュ砦で一緒だった時より、ふっくらしたように見えるアンドレの顔。


「高いお金を払ったんだから当然成功しょ? シューゾウの首を出すっしょ」


「シューゾウの首ならここにある」


俺は黒の外套。そのフードを脱ぎ捨てる。


「……しゅっ! シューゾウっしょ?! なんで、なんでシューゾウがここに居るっしょ?」


「なんでも何も予約を入れただろう。アンドレに面会したいと」


「や、やるっしょ! 何してる。不審者っしょ! この男を殺すっしょ!」


アンドレの叫びに俺を案内した兵士1人。部屋に控えていた兵士2人。

合計3人が剣を抜き放ち、俺へと斬り掛かる。


アンドレ。俺を暗殺しようなど、何かの間違いであればと思ったが……

どうやら俺とアンドレの間に友情は存在しなかったようである。


そして、友人でないというのなら容赦はない。


「スター・スラッシュ!」


ズバーン


背後から襲い掛かる男。

俺を案内してくれた男を、振り向き切り捨てる。


その隙を突いて残る2人が俺の背中を深く切り裂くが、当然に俺が怯むことはない。


「スター・スラッシュ・つばめ返し!」


ズバズバーン。


振り向き様に一閃。剣を返して一閃。

兵士2人を切り捨てた。


「……っしょ!? おかしいっしょ! シューゾウ修理工っしょ? なんで兵士を倒せるっしょ?」


「やれやれ。俺の田舎じゃこの程度の剣。普通のことなんだがな?」


「……そういう……そういうところっしょ! 俺らに出来ないことを何でもない顔で平気でやる。そういうところが気に入らないっしょ!」


誰にも向き不向きはある。俺は実務に向いており、アンドレはチームを取りまとめるムードメーカーに向いていた。


他人を羨む必要はない。ただ自分の得意分野を伸ばす。

それだけで良かっただろうに……


「シューゾウ……白銀鋼の剣と盾を取り返しに来たんしょ? あれはもうないっしょ。オイゲン侯爵に賄賂として、兄貴を追い落として俺が家督を継ぐための裏工作に使ったっしょ」


ダミアン男爵から授かった大切な装備。

取り返したいといえば取り返したいが……


俺はストレージから白銀鋼の鉱石をドバドバ床に放り出した。


「なっ! なんしょっ! その鉱石! それだけあれば一生暮らせるっしょ!」


「鉱山ダンジョンで2年間も強制労働したのだ。この程度、集まって当然だ」


豪勢な部屋。ぶくぶく肥え太ったアンドレ。


整備班の他の仲間は全員、亡くなったというのに……

俺は2年もの間、強制労働をしていたというのに……

その間もアンドレは1人、贅をむさぼっていたというわけだ。


「シューゾウ。手を組むっしょ! オイゲン侯爵は、正統帝国に見切りをつけた。これからは神聖教和国の時代っしょ!」


ほう?


「もう神聖教和国とも話がついてるっしょ。神聖教和国の動きにあわせて、オイゲン侯爵の派閥貴族全員でエルフの国へ侵攻する手筈っしょ!」


もしもそうなれば、エルフの国は東から神聖教和国。

南からオイゲン侯爵派に攻められ、挟み撃ちとなる。


これがヴァレンチンの言っていた件。

正統帝国とエルフが手を組むはずがないと、教和国幹部が確証していた理由。

オイゲン侯爵への根回しが済んでいたからからこその、自信というわけだ。


「アンドレ。そのような真似をしては、正統帝国が、皇帝陛下が黙ってはいない。討伐の軍を出されるぞ?」


「どうせ俺は皇帝陛下に見限られてるっしょ!」


皇帝陛下の命令で前線の砦へ派遣。大勢の修理工を死なせたという件か。


「それに正統帝国はもう終わりっしょ? 帝国に押されっぱなし。勝ち目ないんしょから、そんな余裕ないっしょ?」


それはオイゲン侯爵派の貴族がエルフの脅威を理由に前線に援軍を派遣しないのが原因。そして増援がないがために俺の故郷、ダミアン村も避難する羽目になったのだ。


「シューゾウもそれだけの白銀鋼の鉱石を差し出すなら、オイゲン侯爵も悪くはしないっしょ。大丈夫。俺が口を聞いてやるっしょ」


そういって白銀鋼の鉱石に手を伸ばそうとするアンドレ。


バシーン


「痛い! 痛いっしょ! シューゾウ何するっしょ!」


痛くて当然。剣の平で腕を叩いたのだ。


「言ってなかったが、俺はエルフの女王から依頼を受けている。最近、正統帝国で起きているエルフ狩りを解決して欲しいと」


「何を言ってるっしょ? シューゾウは正統帝国の兵士っしょ? エルフの女王なんか関係ないっしょ」


「俺はもう兵士ではない。兵役を終え、奴隷を終えた俺はただの冒険者。今は女王に託された依頼を達成する。それだけだ」


傷む腕を押さえるアンドレ。

その身体を蹴とばし馬乗りになると、俺はストレージからナイフを取り出した。


俺は寛大。装備を借りパクしただけなら見逃すのも、やぶさかではなかったが……

故郷である正統帝国。お世話になったエルフの国。

両国に対して害を及ぼそうと計画しているなら鬼にならざるを得ない。


「アンドレ。オイゲン侯爵と神聖教和国の企み。聞かせて貰うぞ?」


俺のEXクラス エルフ特性は、訓練により全てのスキルを習得できる。


先程。ママさんが暗殺者を拷問する際、エルちゃんと一緒に習ったのだ。

拷問の仕方というものを……


「ま、待つっしょ! シューゾウ。俺ら仲間っしょ? 話せば分かるっしょっげええあああっ!!!」


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スキル:拷問(F)NEW!


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しかし俺が覚えたということは、一緒に見ていたエルちゃんも覚えたというわけで。

あまり変な知識はつけないで欲しいものだが……

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