第74話 深夜。誰もが寝静まる時間。

暴漢たちを路地裏に残して、俺は宿の部屋に帰り着く。


「あなた。お帰りなさい」

「酒臭いのです。きっと浮気してきたのです」


酒場で情報を集めると言ったはずだが……


「それで情報は集まったのです?」


「ああ。詳しいことは衛兵に聞けば良いという事が分かった」


「まあ! さすがあなたよ」

「……」


そもそも犯罪情報を集めるのに、なぜ俺は酒場へ行ったのか?

少々ゲーム脳にやられていたのかもしれない。


今晩は時間も遅い。

俺達3人は川の字になってベッドへ横になり眠る。


深夜。誰もが寝静まる時間。

カチリ。ドアの鍵が開かれる音に。


「あなた……起きて」


隣で眠るママさんに脇腹を突つかれ、俺は目を覚ます。

ガバリ。ベッドを飛び起き、剣と盾をストレージから取り出し構える。


「何やつか!」


俺の誰何にも返事はない。

月明りもない暗闇の室内。


何かの気配を感じた俺は、とっさに盾を差し出した。


カーン


金属を弾く音。剣で斬りつけられたのだ。

となれば、俺たちの命を狙っての侵入。また強盗か?


異世界の宿屋。セキュリティはどうなっているのか?

疑問に思わないでもないが、余裕ぶっている暇はない。


パリーン


俺の盾を斬りつけたであろう、相手の武器が破壊される音。


だが、相手に慌てた様子はない。

相変わらず暗闇の室内。続く気配に再び俺は盾を差し出した。


ズバッ


盾の下をすり抜け、刃が俺の身体を深く切り裂いた。


この暗闇の中、相手は苦にせず武器を振るう。


暗視か夜目か。いずれにしろ暗闇で行動するスキルを所持した相手。

しかも突然の武器破壊にも一切の動揺を見せることなく、即座に別の武器でもって襲い来る。


ただの強盗ではない。相手は手練れ。暗闇のまま戦うのは不利となる。


「炎よ。燃え盛る壁となれ。ファイア・ウオール」


Cランクとなった俺の炎魔法。舐めないでいただきたい。


突如、宿の室内に湧き立つ炎の壁に怯みを見せる強盗の姿。

わずか一瞬の隙だが、炎の照らす室内においては丸見えである。


俺は目前の炎の壁を突っ切り、強盗を斬りつける。


「Aランク剣術アーツ・スター・スラッシュ!」


スター・スラッシュは速度を重視した剣。

星が煌めくが如き剣閃が、強盗の右腕を切り飛ばした。


「スター・スラッシュ・2連!」


続く剣閃が強盗の右脚を斬り落とし、逃走を不可能とする。


「スター・スラッシュ・3連!」


さらに左腕。


「スター・スラッシュ・4連!」


左脚と切り裂く、Aランクアーツによる4連撃。

合計消費MP250の連続攻撃により、手足を失った強盗は床に落ちた。


「いきなり放火は駄目なのです」

「ママが明かりを付けますね」


エルちゃんが水魔法で消火、ママさんが光魔法で明かりを点ける。


「誰だ? ただの強盗ではないな?」


床に横たわるのは黒い外套に身を包んだ男。

闇の中での動きといい剣の冴えといい、かなり訓練された相手。


「へっ。お前は終わりだ。俺のナイフには猛毒が塗ってある。お前の命は後10分だ」


なるほど。

強盗に斬りつけられた傷。HPの回復が遅いと思えば毒であったか。


「死にたくなければ俺の傷を治して解放しろ。解毒剤の場所は俺しか知らねえ」


「……エルちゃん出血だけ止めてやってくれ」


手足を失い床に転がる強盗。エルちゃんがその身体をヒールする。


「へっ。ぶるってるだろ? 自分がいつ死ぬかってな。安心しろ。解毒剤は衛兵が持ってる。衛兵を呼べば助かるぜ?」


エルちゃんのヒールに何を勘違いしたのか強気な強盗。


強盗の方には申し訳ないが、俺の自動回復はSランク。

解毒剤は必要ない。強盗が剣に塗布した猛毒より、俺の自動回復が上回る。


治療を頼んだのは、出血多量で死なれては情報を聞き出すことができないからだ。


「お前は強盗だ。衛兵を呼べば捕まるのではないか?」


「へっ。反省したんだよ。どうせこの様じゃどこにも逃げられねえ。捕まっても構わねえってな。だから早く衛兵を呼べよ。お前の命は後7分だぜ?」


反省したと言うわりには、笑みを浮かべる強盗の顔。

どう考えても反省、大人しく捕まろうという顔ではない。

ということは街の衛兵ともつながりがあるということか……


「あなた。あなたには内緒にしてましたけど……ママ。実は400歳なんです」


なんと……それは驚きの情報であるが……なぜに今その告白を?


「長生きしてるとね。いろいろと経験するものなの。相手が嘘をついている時の見分け方や……正直に話をしたくなるような拷問のやり方なんかも……ね」


「……ママが怖いのです。ぶるぶる」


なるほど。亀の甲より年の功。長い人生経験が生きたというわけだ。


「おい! 何が拷問だ! 早く衛兵を呼ばねーとこの男が死ぬぞ! いいのかよ! 後5分だぞ! ちょっとは焦れよ!」


「……あなた?」


「構わない。ママさん。やってくれ」


この猛毒。俺のHPを常時消費するということは、常時俺の最大HPがアップするということ。氷結鉱山ダンジョンを抜けて以降、なまっていた身体に丁度良い。


「おい! おいいっ! やめろって! 早くしろ! 死ぬ! お前の旦那が死ぬぞーー! 誰か! 衛兵ーー!」


「うふ。風魔法で室内の声が漏れないようにしましたの。いくら叫んでも大丈夫ですから、良い声を聞かせてくださいね」


何やら怪しい器具を手に強盗に近づくママさん。

これから先はエルちゃんには見せない方が良いだろう。


「エルちゃんもよく見て、しっかり覚えるのですよ」

「はいなのです」


「誰かっ! 助けてくれー! 衛兵! 衛兵をっがあああっっっ!」


……せっかくだし俺も見ておくか。




「あなた。この強盗。フックス男爵家の雇った暗殺者だそうですよ」


フックス男爵ということは、アンドレが雇ったのか?

ママさんエルちゃんはエルフ。それが関係しているのか?


「あなたを狙ったそうですよ。面会予約からあなたの存在を知ったそうです」


俺が狙いだと? 俺を殺してアンドレに何の得があるのか?

借りパクを咎められるのを恐れた。それしか考えられない。


たかが借りパク。それでも整備班の人たちの遺品である。

アンドレが恐れるのも無理はないか……


「この暗殺者。まだ生きているのか?」


「もちろんですよ。殺してしまったら拷問になりませんもの。ね」


俺を暗殺しようとした男だが、多少の同情は禁じ得ない。


だが、もしも捕まれば俺もこうなるのだ。

自動回復があるからと決して油断は出来ない。

逆に常にHPの回復する俺など、さぞ拷問のし甲斐がある標本となるだろう。


「それと。はい。解毒剤です。この男が懐に隠していましたのよ」


衛兵が解毒剤を持っているなど真っ赤な嘘。

万が一の事故に備えて、自身で隠し持っていて当然。

暗殺者が持っていた猛毒ナイフとあわせてストレージに収納する。


「まだ夜明け前だが、この宿は引き払おう」


ベッドの上には真っ裸となった暗殺者。

まだ息のある暗殺者を残して、俺たちは宿を抜け出した。


「お部屋をだいぶ汚してしまったけど、大丈夫かしら?」


「請求は暗殺者につけてもらえば良い」


室内で火を燃やすは人体解剖するはで、まあ、ひどい有様であるが、暗殺者の顔には、自分はフックス男爵に雇われた暗殺者であると記した自己紹介のメモを貼り付けてある。苦情は暗殺者の雇い主。フックス男爵にお願いする。


その後、宿を抜け出した俺たちは、あらためて別の宿に部屋をとる。

深夜に営業している宿屋があって助かった。


「ママさん。エルちゃんはひと眠りしていくれ。俺はアンドレに挨拶してくる」


俺は暗殺者からはぎ取った黒の外套を身にまとう。

その外見はどこからどう見てもアンドレが雇った暗殺者。


「あなた。1人で大丈夫なの?」


「心配いらない。ママさんエルちゃんが一緒では逆に足手まといになる」


「パパ。そういうことは思っていても口にしては駄目なのです」

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