第72話 男子3日会わざれば刮目して見よという。

アンドレ・フックス。

実家は準男爵。エルフの国に接した場所に領地があると言っていた覚えがある。


「半年前。準男爵の家督を継いで、すぐ男爵を叙爵されたそうです」


そうか。次男で家督は継げないと言っていたが……


「そういえば、アンドレから俺の剣と盾は受け取ってもらえただろうか?」


「? 剣と盾? 何のことです?」


「いや。捕虜になれば持ち物を全部没収される。その前に領主様からいただいた白銀鋼の剣と盾を、家族に届けてくれるようアンドレに頼んだのだが……」


「? 何かの間違いでは? こちらには何も届いていませんが?」


カルフェを見るが。


「届いてない。家にも」


うーむ。アンドレは届けてくれなかったのだろうか?


まあ、それも仕方ないか。白銀鋼の装備は高級品。

誰にもバレないとなれば、パクるのが人間である。


「村人。少しこちらへ」


俺はお嬢様の手招きに従い、その近くへと寄り添う。


「言うまでもありませんが、これは内密の話です」


近くで見るお嬢様。相変わらずお綺麗である。


「正直、私はオイゲン侯爵、フックス男爵。どちらも怪しく感じます」


声を潜めるお嬢様へとさらに顔を寄せる。

くんくん。良い匂いがする。


「だいたい貴方。生きているじゃありませんか。それを死んだなんて……」


スカートから延びるおみ足も相変わらずの美しさ。


「別に私は貴方が生きてようが死んでようがどちらでも良いです。ですが、カルフェちゃんがどれだけ悲しんだか……」


叶うならもう1度、踏んでいただきたいものである。


「それと……バニシュ砦をメテオから守ったのは貴方の働きがあったからだそうですよね? 聞いていますか?」


ドカリ。お嬢様の足先が俺の脛を蹴り飛ばす。うほ。


「まったく。貴方がどこを見ているのか、私が気づいていないとでも思っているのですか?」


俺のLVは43。素早さもかなりの数値であり、こっそり覗き見るなら気づかれるはずがないと思ったのだが……


「それだけジロジロ見ては、気づくに決まってます。貴方、エルフの女王様に失礼なことをしていないでしょうね?」


していない。いや、確かにジロジロ見たかも知れないが、何も注意されなかったということは、気づかれていなかったのだ。セーフである。


「それでですね。ナディーン騎士爵がいらして、メテオから砦を守ったのは貴方の功績だと。そう言っていました。本来、騎士爵はアンドレではなく貴方が授かるものだと。自分には何もできず申し訳ないとも」


アンドレが騎士爵を授与した。別にそれ自体は問題ない。

メテオから砦を守ったのは俺だけではない。砦にいた守備隊全員の功績。

整備班を代表してアンドレが授与するのに何の問題もない。


「貴方の功績全てを自分の物にしたフックス男爵。どう考えても怪しいではありませんか?」


だが、俺の託した剣と盾が家族に届いていない。

同様に、すでに亡くなった整備班全員が家族に届けてくれとアンドレに託した遺品までもが届いていないのだとしたら…………それは許せない事実である。


「もしも貴方の言う正統帝国がエルフの国へ侵入、エルフ狩りを行っているのが事実だとしたら……オイゲン侯爵とフックス男爵は、正統帝国とエルフの国が争うよう仕向けていると考えるのが妥当です」


その影響で内地からの援軍は届かず前線は後退。ダミアン村は危険となり、イグノース城へ避難するはめになったわけだ。


「お嬢様。俺はフックス男爵に会いに行って来る。会って直接エルフの件について確認して来る」


エルフの国の脅威。その誤解が解けたなら、エルフに備えて残る兵も前線へ派遣されるだろう。帝国を押し返すことも可能となり、住民もダミアン村に帰れるわけだ。


「危険です。フックス男爵家ですが、当初は長男が家督を継ぐと決まっていました。それを覆して次男が家督を継いだのです。血生臭い争いがあったことは火を見るより明らか。もしも貴方を危険と見れば実力行使があるでしょう」


陽気で班員思いだったアンドレ。そのような血生臭いことをするだろうか?

だが、家督を巡る争いは、正統帝国と帝国の争いを見れば一目瞭然。

15年前のとばっちりが今でも続いているのだ。


「フックス男爵だけではありません。オイゲン侯爵も絡んでいるとなりましたら、村人がどうこうできる問題ではありません。それより……」


引き留めようというのか、お嬢様は手を伸ばすが……

俺はその身を1歩退くと、お嬢様に正対する。


「心配ない。俺は森林の四つ葉。ユーカリのシューゾウだ」


男子3日会わざれば刮目して見よという。

できれば俺の村人棒の成長についても見て欲しいところであるが……


「そうですね……もう村人ではない。私の命令を聞く必要はないのですね」


以前とはお互いの立場が異なるのだ。

それは叶わぬ夢というものである。




お嬢様から離れた俺は部屋の中央。

領主様の前でひざまづく。


「領主様。ダミアン村が大変な時とは存じますが、このシューゾウ。今はエルフの女王アリステレサ様から森林の四つ葉を拝命した身。フックス男爵領におけるエルフ狩りについて、調査に行ってまいります」


「うむ。シューゾウ君は正統帝国ではすでに獄死しておる。ワシにも、誰にもシューゾウ君の行動を縛る権利はないのじゃ。思うように行動するが良いぞ」


「必ず援軍を連れて戻ります。それまでご無事で」


立ち上がる俺の背に続くのはママさんエルちゃん。


「おにい。行くの?」


「カルフェ。父さん母さん兄さん、そして村のみんなを頼む」


「うん……承知。我はダミアン騎士団が騎士カルフェ。シューゾウ殿のご武運を……ご武運を!」


俺は震えるカルフェの身体を抱きしめ、強化リペアする。


俺の身体を溢れる魔力の奔流。合計18万6千MP。英雄186人にも匹敵するMPはリペアの白光となり、カルフェの装備に纏わり吸い込まれていく。


「んなっ! なんじゃあ! この輝きは?!」

「シュ、シューゾウさんの身体が輝いて! こんな、こんな魔力……見たことも聞いたこともないですよ?!」


カルフェが身に着ける白銀鋼装備一式。

剣、盾、鎧、ブーツ、全てを+30まで強化する。


俺が居なくとも。俺の残した思いがカルフェを守る。


俺たちはイグノース城への避難準備を進めるダミアン村を後に、一路、フックス男爵家へ。アンドレの元へ向かうべく移動する。

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