異世界に転生したので冒険者を目指そうと思ったが俺のクラスは生産系の修理工。これって戦闘に向かないのでは? だが、前世のある俺だけ2つ目のクラスがあった。やれやれ。これなら何とかなりそうだ。
第71話 もうダミアン村は、かつてのように平和な村ではありません。
第71話 もうダミアン村は、かつてのように平和な村ではありません。
翌日。俺はカルフェ。ママさん。エルちゃんと一緒に領主の館を訪れていた。
「シューゾウさん。お久しぶりです! 元気そうで良かった……本当に良かったあー!」
部屋に入ると同時、いきなり俺に抱きつく男。いったい誰だよ?
「僕です! 氷結鉱山ダンジョンで一緒だったハンブル・ボットです」
……?
「いえ。あのすみません。忘れてますよね?」
はい。
「僕がいじわるな看守から神の石を売りつけられた時、助けてくれたじゃないですか! その後もいろいろと話しかけて元気づけてくれて……」
……そのような人物が居たような気もする。
「シューゾウさんには何てことのない普通のことだったのかもだけど、僕は嬉しかったんです。だって、あんな地獄のような環境で優しくしてくれるなんて、シューゾウさんだけだったんですから」
地獄とは言い過ぎにも思えるが……
「だから……シューゾウさんが死んだって聞いて……」
それだ!
「そもそもの疑問なのだが……昨日から俺は死んだ死んだと。どこからそのような話が出たのだ?」
俺は抱きつくハンブルの身体を押し返して、問いただす。
「神聖教和国との交渉を担当するオイゲン侯爵です」
その問いに対する返答。ドアを開けて入室するのは。
「お、お嬢様……」
昨日にもお会いしているわけだが、何故だか緊張する。
「お父様からオイゲン侯爵に伝えていただいたのです。ダミアン村から徴兵されたシューゾウという村人を捕虜交換で解放して欲しいと」
なんと。そのような有難い提案が。
「返って来た返事は、シューゾウは労務に耐えられず自殺したと。そのため交換リストに名前は無いという内容でした」
マジか……俺が自殺……
「シューゾウさん……僕と一緒だった時はあんなに元気だったのに……信じられなくて。でも、あの環境を考えれば無理もないかなと……でも、シューゾウさん元気で良かったあー!」
いや。無理がありすぎである。
確かに厳しい環境ではあったが、何故に俺が死ななければならないのか?
というより、何でこの男はすぐに抱きついて来るのか?
「そもそも捕虜だった村人がどうやって帰って来れたのですか? 釈放されたのですか?」
ハンブルと抱き合う俺の姿に、お嬢様が冷ややかに問いかける。
おのれ。こうもハンブルに抱きつかれては、男ばかりの生活で俺が新たな趣味に目覚めたと誤解されかねないではないか。
「いや。脱走だ。氷結鉱山ダンジョン都市を逃げ出して来たのだ」
俺はハンブルの身体を押し返して、お嬢様に向き合い答える。
「えええ! あ、あのダンジョン都市を脱走。どうやって? 看守の人がいっぱいで逃げ出す隙なんてどこにも……」
「ちょうどダンジョンからモンスターが氾濫したので、そのどさくさに紛れたのだ」
「そうだったの。良かった……良かったねえ。シューゾウさん。うわー!」
そう言ったかと思うと、再び俺に抱きつき泣き出すハンブル。
俺の脱走を、自分のことのように泣いて喜ぶハンブル。
それに反してお嬢様は、ふーんといった冷めた感じであるが、それも無理はない。
経験した者でなければ分からない境遇。2人の思い出であるのだから……
などと言っている場合ではない。変な誤解を生む前に俺はハンブルを押し放す。
「そういえば、ハンブルは何故ここにいるのだ? 実家は別だったはずだが?」
「僕はいち早く捕虜交換で解放されたから。シューゾウさんは元気に頑張ってるって家族の人に伝えようと……」
ちゃんと俺のメッセージを家族に届けてくれたわけだ。
「でもシューゾウさんが自殺したって聞いて……きっと無理して僕にお金を融通したのが原因でって……せめて何かお返しをとダミアン騎士団で働いているんです」
あの程度のはした金。痛くも痒くもないわけだが……
ハンブルはなかなかに律儀な男である。
「はっきりいって村人より、よほど役に立ってくれています。ですから、今さら村人に帰って来られては、逆にハンブルに出ていかれては迷惑です」
確かハンブルのクラスは【魔導士】。バリバリの戦闘クラス。
田舎村の騎士団では暇を持て余すのではなかろうか?
「もうダミアン村は、かつてのように平和な村ではありません」
「帝国との戦争じゃ。間もなくダミアン村も前線となる。ここにも帝国軍が押し寄せるじゃろう」
ガチャリ。ドアが開き入室する領主様の姿に、俺たちはそろって床に膝をついた。
「今も帝国の斥候と思わしき連中が村に近づきおるからのう。騎士団は大忙し。カルフェちゃんやハンブル君のお陰で随分と助かっとるわい」
神聖帝国が押されているとは聞いていたが、そこまでか。
だとするなら……
「カルフェも……兵士相手の実戦を……?」
「うん。倒した。何人も」
……そうか。故郷に戻ったとしても、平和だったあの頃は戻らない。
汚れを知らなかったカルフェも、今や血を流すのが日常というわけだ。
「領民には今ある作物の収穫を急がせておる。それが終われば領民全員でイグノース子爵の城。イグノース城へ避難する予定じゃ」
イグノース子爵……何か聞き覚えがある名前である。
「私の婚約相手です。領民を含めて全員を城内に受け入れてくださるそうです」
ドロテお嬢様の婚約相手か。
領民を受け入れてくれるとは、お優しそうな人で何よりというべきか……
「ですので、今は村人やエルフのお二方の相手をしている余裕はありません」
それは良いタイミングで戻ったのか、悪いタイミングで戻ったのか……
「ただでさえ帝国相手に厳しいのじゃ。エルフの国まで敵に回っては、正統帝国は困ったことになりおるわい……援軍も来てくれるのかどうか……」
「正統帝国は東から帝国。北からエルフの国。2国から挟み撃ちとなります。もしそうなれば、こちらに援軍を回す余裕はないでしょう」
であれば、俺が戻ったのは、どう考えても良いタイミング。
「その心配はない。エルフの国に、正統帝国を攻める心算はない」
俺は立ち上がり声を大にする。
「それどころか逆だ。正統帝国がエルフの住民を襲っているのだ」
領主様を前に少々無礼な言葉遣いとなるが、これは村人の立場からの発言ではない。
俺はアリステレサ様から正統帝国でのエルフ狩りの解決を頼まれ、帰郷したのだ。
これはエルフの国を代表する者としての、森林の四つ葉としての発言。
「それは私たちが聞いている話とはまるで真逆です。ですが一介の村人の言うこと。とても信用できません」
「俺は一介の村人ではない。森林の四つ葉ユーカリのシューゾウ。その俺が、エルフの女王アリステレサ様から直接お聞きしたのだ」
ここぞとばかり俺は女王から受け取ったメダルを、領主様とお嬢様の前へ掲げる。
「……それは何です?」
「あの……森林の四つ葉のメダルなのですが……ご存じないですかね?」
「はぁ?」
おのれ。森林の四つ葉。正統帝国では全くの無名ではないか。
だが、確かに俺もエルフの国へ入るまでは全く知らなかったのだ。仕方ない。
「森林の四つ葉はエルフの英雄の称号。シューゾウさまはエルフの英雄なんですよ」
「パパは、こう見えて凄い人間なのです」
「……なるほど。お二方がそうおっしゃるならそうなのでしょう」
おのれ。何故に俺よりママさんエルちゃんを信用するのか?
俺はダミアン村の村人。俺の方がお嬢様との付き合いは長いというのに。
「というより、なぜ村人がエルフの英雄なのですか? エルフのお二方はなぜ村人と一緒なのですか?」
「俺は捕虜を脱した後、ここまで戻るのにエルフの国を通って来たのだ」
「ふふ。ちょうど教和国との戦争が始まった時で、シューゾウさまは私たちと一緒に戦ってくれたのですよ」
「パパは教和国のエルフ狩りで奴隷になったエルちゃんを助けてくれたのです」
俺の説明に続いてママさんエルちゃんが続いて話を引き取る。
「そうしましたら、今度は正統帝国でエルフ狩りが行われていると聞いて、その調査のためシューゾウさまに付いて、ここまで来たんですよ」
「エルフ狩りは許せないのです」
なんとそうだったのか……俺の両親へ挨拶に来たわけではなかったのか。
「いったいどちらの言うことが本当なのかしら……?」
俺たちの話に悩む様子を見せるお嬢様だが。
「そもそもの疑問なのだが、エルフが正統帝国の住民を襲っているなど、どこからの情報なのだ?」
「オイゲン侯爵。そしてフックス男爵です。ともに領地がエルフの国に接していますので、その被害報告が皇帝陛下まで、そして国内各地へと伝わっています」
オイゲン侯爵といえば、俺が獄中死したと返答したという人物。
そしてフックス男爵といえば、正統帝国へ入国した直後。
俺たちにちょっかいをかけてきた騎士団を所有する人物。
しかし……フックス男爵? 何か聞き覚えがあるような?
「村人こそご存じの人物でしょう? バニシュ砦で共に帝国賢者のメテオから砦を守ったそうですよね? その整備班を率いた人物です」
……アンドレか。アンドレ・フックス。
実家は準男爵。エルフの国に接した場所に領地があると言っていた覚えがある。
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