第68話 ようやく俺は生まれ故郷、ダミアン村へと帰って来たのだ。

正統アウギュスト帝国の領土に入った俺たちは、そこから東。

ダミアン村へ向けて歩き出す。


ママさんエルちゃんと歩き続けた結果。

ようやく俺の見覚えのある景色が見えてきた。


ダミアン村の入り口。柵の隣に立ち警戒する兵士の姿。

見覚えのある紋章は、ダミアン騎士団の紋章であった。


故郷を出征してから2年と半年。

ようやく俺は生まれ故郷、ダミアン村へと帰って来たのだ。


「止まれ。これより先はダミアン村である」

「見ない顔であるが、何用か?」


兵士の声に俺は立ち止まると胸を張る。


「俺はダミアン村、モーリ家が三男シューゾウ・モーリ。2年間の兵役を終えて、ただいま帰郷した。後の2人は愛人と連れ子である」


俺の合図に2人がフードを下ろす。


「なっ! エ、エルフだと?」

「う、美しい……しかし、愛人だって?」


門番の兵士2人は俺には見向きもせず、ママさんエルちゃんに見惚れていた。


「ごほん。門番の方。村へ入って良いだろうか?」


「お? おおっ。いや、ちょっと待ってくれ!」

「何せエルフが村を訪れるなど始めてのこと。確認して参る」


兵士のうち1人が村の中へと駆けていく。

エルフがダミアン村を訪れるのは初めてのことだろうから、仕方ない。


しばらくして兵士が戻る。

その傍らには1人の青年が一緒であった。


ダミアン騎士団の紋章の入った白銀鋼の剣と盾を持つ男。


「こんにちは。エルフの人が村に用件だって聞いて来たんだけど……」


ダミアン騎士団の団長。マルクスである。


「マルクス様。お久しぶりです。モーリ家が三男シューゾウ・モーリ。2年間の兵役を終えて、ただいま帰郷しました」


俺はマルクス様へと頭を下げる。


「え……あ、ああっ! シューゾウ君。シューゾウ君か! うわー懐かしいね」


2年ぶりに拝見するダミアン様。すっかり大人の顔である。


「え……あれ? でもシューゾウ君は死亡したって……あれ?」


いや。死んではいない。


「まあ。良いか。それでエルフの2人はどういった関係なの?」


「愛人と連れ子です」


「……えっ?」


「エルフの国で知り合った友人です」


「……あ、ああ。そうだよね。びっくりしたよ。いきなり冗談を言われたら心臓に悪いよ」


このあと両親に紹介することを考えると、愛人と連れ子は問題があるか……

驚かせて心臓麻痺などされても困るため、友人として紹介することにする。


「マルクス様。実家に戻っても大丈夫ですかね? 家族に挨拶したいのですが」


「うーん。実はね。エルフが正統帝国の住民を襲っているって話があってね……」


……ほう。それはエルフの女王に聞いた話とはまるで真逆。


「その……言いづらいんだけど、そのエルフの2人は……」


「私の友人というだけでは信用できないでしょうか?」


「ごめんね。一度、領主の館に3人とも来てくれないかな?」


申し訳なさそうにマルクス様が告げる。


「分かりました。2人も良いだろうか?」


「はい」「はいなのです」


俺達はマルクス様に続いて、領主の館へ向けて移動する。




「父さん。エルフの方を2人。お連れしたよ」


「父さんではない。ダミアン男爵と呼ばんか。まったく」


すでに懐かしく感じる屋敷。その領主様の部屋に案内される。


「失礼します。モーリ家が三男シューゾウ・モーリ。2年間の兵役を終えて、ただいま帰郷しました」


「んおおお! なんと可憐な娘さんじゃあ……飴玉を、飴玉をやるぞい」


「父さん! それよりも、ほら。シューゾウ君。カルフェちゃんのお兄さんの」


「んお? お、おお。カルフェちゃんの兄上? はて?」


どうやら領主様は俺のことはさっぱり忘れている模様。


「はい。いつぞやは立派な剣と盾をいただき、ありがとうございます」


「お……おお! あの捕虜になった後、無残に獄死したというシューゾー君か!」


獄死……俺の扱い。世間ではそのような話になっていたのか……


「いや。生きておったとはめでたい。カルフェちゃんが喜ぶぞい」


「カルフェちゃんは今年からダミアン騎士団の一員なんだ。今日は非番だから家にいると思うよ」


カルフェは騎士団に入ったのか。確かにそれが無難というもの。


「では、さっそく実家に戻り、カルフェや家族に挨拶したいと思いますが……」


「いやいや。その前に……そちらのエルフのお2方を紹介してくれんかの?」


領主様の言葉にこれまで控えていた2人が前に進み出る。


「エルフの国。ニューデトロの街で主婦をやってます。マーマレットです」

「娘のエルちゃんなのです」


「ほうほう。マーマレットさんとエルちゃんのう。めんこいのう。してお三方はどのような関係ぞ?」


「うふ。ママはシューゾウさまの愛人なんですのよ」

「エルちゃんはシューゾウパパの娘なのです」


「なんとおおおお! うらやま、いや、本当なのかのう?」


領主様は俺の顔とママさんエルちゃんの顔を交互に見返すが……それよりもだ。


「領主様。マルクス様よりエルフが正統帝国の住民を襲っていると聞きました。本当なのでしょうか?」


これ以上に脱線されても困る。

失礼ではあるが、俺は話を遮り領主様に質問する。


「ああ、いや、しかし……愛人に幼い連れ子か……わしも……」


「お父様。馬鹿なことを言っている場合じゃありません」


耳に聞こえる懐かしい声に振り向けば。


「……お嬢様」


久しぶりに見るお嬢様は、以前より美しく成長していた。

今は15歳だろうか。控えめであったお胸も年齢相応に成長しており、貴族らしい気品をも持ち合わせている。


「村人の男。エルフのお2人は、正統帝国の住民襲撃に関わりはない。それでよろしいですか?」


「……はい。誓って」


「よろしいでしょう。兵役を終えての久しぶりの帰郷。家族にも再会したいでしょうから、お父様。今日の所は行かせてあげてもよろしいのでは?」


「ん? あ、ああ。そうだな。では今日は自由にして良いぞ。ただすまないが、詳しい話を聞きたいので明日、もう1度この屋敷までエルフのお2人と共に来てくれんかの?」


「かしこまりました。ありがとうございます」


俺は領主様、マルクス様、お嬢様のそれぞれに頭を下げる。


領主様は鷹揚に。マルクス様は笑顔で、応じてくれるが……

お嬢様は表情を変えず、ただ俺を見るだけ。


寂しくはあるが、それが当然。

友人の、カルフェの兄というだけで一時、親しくお言葉を交わしていただいただけの関係。貴族と村人。それが本来の関係であり、まだ子供であったお嬢様が一夜の過ちを犯しただけの話。


何よりドロテお嬢様は婚約を控える身。

今さら過去の過ちを蒸し返して迷惑をかけるわけにもいかない。


俺はママさんエルちゃんと共に領主の館を辞去。自宅へと歩みを進める。




時刻は夕刻。

夕日に照らされ赤く染まる自宅。

その庭先には、1人、剣を振る少女の姿があった。


非番だというのに、一心不乱に剣を振り続けるその姿。

2年前に見た記憶よりも、その背は伸びて見える。


「カルフェ」


俺の言葉に少女は振り向いた。


「お、おにい?」


思えば2年前。毎日カルフェと2人。

庭で剣を振り、森でモンスターと戦うのが日常だった。


「カルフェ。ただいま。おにいちゃん兵役を終えて、戻ったよ」


俺はまたその日常に帰れるのだろうか?


それは分からないが……今は。

今だけは、こうして帰って来たのだ。


「おにい、おにい死んだって……」


俺の身体に回されるのは、少し筋肉が付いたのか、がっちりしたカルフェの腕。


「おにいちゃんは不死身だ。カルフェを残して死ぬはずがない」


俺もまたカルフェの身体を抱きしめる。


「だから、ただいま。カルフェ」

「おにい……お帰り」


2年前と異なるカルフェの身体は、抱きしめ甲斐のある身体に成長していた。


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番号を振り間違えたため、次は70話となります。69話はありません。

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