第65話 教和国との捕虜交換の話。まとまりそうだ。

「シューゾウ。教和国との捕虜交換の話。まとまりそうだ」


リジェクション砦。


奴隷から兵士となったエルフ300人の装備を強化する俺に対して、いつの間にか砦に戻っていたヴァレンチンから声がかけられた。


「一か月後。捕虜1000人全員の交換だ」


マジか……言っては何だが、エルフは貴重な性奴隷。

比べれば有象無象の兵士との交換。よく教皇が承知したものである。


「捕虜に将校がいると言っただろ。その家族に連絡した。お前の息子はエルフの国で捕虜になっている。軍に捕虜交換の話を持ちかけるようにとな」


将校の家族からの催促であれば無視もできないか。


「酒場を梯子して噂も広めた。エルフの国から捕虜交換の提案が届いていると」


すでに広まった捕虜交換の噂。

これを断り捕虜を見捨てては兵が付いてこなくなる。


「それと、近いうちに派遣されると言っていた第2軍だが、思ったよりモンスター相手に被害が出ているようだ」


氷結鉱山ダンジョンから出たモンスター。まだ頑張っていたのか……


「捕虜交換を利用、失った兵力の穴埋めにするつもりだろう」


取り戻した捕虜1千人を、そのまま兵力に組み込もうというわけか。

確かに捕虜1千人がそのまま兵力となるなら、教和国は兵力アップ。


反面。エルフは奴隷の首輪がある限り、両腕が使えない限り、捕虜交換で返したところで何の脅威にもならない。そういう心づもりなのだろうが……


「シューゾウ殿! それならこちらも教和国の捕虜ども全員、両腕を叩き斬りましょうっ!」


相変わらずシュナイダーは過激派である。


「貴様シュナイダーと言ったか? 馬鹿な真似はやめておけ」


「誰が馬鹿かっ! 馬鹿は人間である貴殿だろうがっ!」


まあ気持ちは分かるが。


「ヴァレンチンの言う通りだ。やめておけ。シュナイダー」


「そんなっ! シューゾウ殿まで! 何故ですかっ!」


「両腕を斬られると分かれば、今後、降伏する兵が少なくなる」


斬った後の傷の処置も面倒だ。ヒールしなければ出血で死亡する。


「ですが無傷で返すなど……次は敵となって我らを襲う相手ですぞっ!」


誰も無傷で返すとは言っていない。


「ヴァレンチン。奴隷の首輪はまだ余っているか?」


「……どうするつもりだ?」


当然。300個の奴隷の首輪。全て使い切る。

奴隷の首輪を付けようとも日常生活は送れるのだ。

両腕を斬り落とすよりは、よほど人道的だろう。


それでも700人は無傷で返すことになるか……


「ヴァレンチンは奴隷の首輪は作れないのか?」


「俺は大神官だ。魔道具師ではない」


「イクシード。エルフに魔道具師は?」


「おります。ですが奴隷の首輪のレシピが分かりません」


確かヴァレンチン……奴隷の首輪には、神の知識が使われていると言っていた。


「ヴァレンチン?」


「……作り方だけなら知らないでもない」


大神官は神に仕えるクラス。やはりか。


「なら後700個。捕虜交換までに用意してくれ」


奴隷の首輪を付けた者。日常生活に支障はないが、兵士として戦うには無理がある。

つまりは捕虜交換の結果、教和国には戦えない兵士が戻り、エルフの戦力だけが増えるというわけだ。


「シューゾウ様。奴隷から兵士となったエルフについて報告があります」


話が終わるのを待っていたのだろう。イクシードが話しかける。


「これは私もそうなのですが、奴隷だった全員が新たなスキルを習得しています」


なんと?


「いずれも精神耐性。打撃耐性。斬撃耐性。を習得しています」


エルフは訓練によりスキルを習得できる。

それだけ非道な目にあったというわけで……喜ぶべきか悲しむべきか……


「全員の士気も高く、訓練すれば敵の攻撃にも怯まない強靭な兵となるでしょう」


言えることは、強靭エルフ兵を300手に入れたということ。

そして、次に帰って来るエルフ1千人も強靭エルフ兵になるだろうということだ。


しかし捕虜交換まで一か月か。


それだけの時間があればリジェクション砦の防備。

さらに固められそうではあるが……


「ご主人様。一度、故郷へ無事を報告に戻られてはいかがでしょうか?」


イクシードからの提案。実は俺もそれを考えていた。


「ほ? なにお前? このままエルフの国に永住するのではないのかですわ

?」


そんな事は言っていない。


そもそも俺の本来の目的は故郷、正統アウギュスト帝国の実家へ帰り、家族に無事を報告することである。


その途上で、エルフの手助けをしているに過ぎない。

そして、その進捗状況はというと……


エルフの国内から神聖教和国の兵を全て追い出した。

防衛の要たるリジェクション砦の復旧、強化を完了した。

奴隷を解放。装備を強化して戦える兵士を揃えた。

教和国との捕虜交換。1千名の交換が決定した。


全て順調。捕虜交換までの一か月。

実家に戻って家族に挨拶するだけの時間は十分にある。


「シューゾウ。正統帝国へ戻るなら一つ確かめてもらいたいことがある」


なんだ? ヴァレンチンが正統帝国の何を知りたいのだ?


「教和国の酒場で面白い噂を聞いた。エルフの軍に、正統アウギュスト帝国の兵士が居たと。エルフと正統アウギュスト帝国が同盟を結んだのではないかとな」


それはどう考えても俺のことである。

だが、そう誤解してもらえたなら、名乗りを上げた甲斐があったというもの。

エルフと正統帝国が手を組んだという疑念が生まれれば、教和国も動きづらくなる。


「だが俺が第3軍にいたころは、正統帝国とエルフが協力することはない。そういう風潮だった。詳しくは知らんが、上層部には何か確証があったようだ」


それで教和国の将軍は、俺の姿を見てあれ程に驚いていたのか。

どういうことだ?


「教和国と正統帝国。エルフに関して何か取り決めがあるかも知れん」


にわかには信じがたい話。

なぜなら少数とはいえ正統帝国には、エルフが住んでいる。

エルフをモンスターとして排除する教和国とは、方針が一致しない。


「知らん。だから正統帝国に戻るなら、シューゾウ。お前がついでに確かめろ」


そういうことであれば、確かに俺がやるべきこと。


「私が永遠緑花の都エターナルグリーンシティまでご案内します。そちらで通行許可証をお受け取りください」


「いや。イクシードは砦に残ってくれ。道案内に兵を1人付けてくれれば大丈夫だ」


捕虜交換が終わるまで動きがないとは思うが、不測の事態に備えてイクシードは動かせない。


「おほほっ。仕方ありませんわ。わたくしが案内してあげますですわ」


駄目である。

テュテュスとお供の兵1千は貴重な戦力。動かせない。


「シューゾウ殿! 僭越ながら拙者がお供しますっ!」


戦力以前にシュナイダーは男。問題外である。


「シューゾウさま。ママがご一緒しても良いですか?」


ママさんか……一緒に戦いたいということで、街に帰らずエルちゃんと砦に残っているわけだが……


「せっかく再会したエルちゃんはどうする? しばらく戻れないぞ?」


「エルちゃんも一緒に家族旅行ですのよ。ね?」


「はい。エルちゃんも一緒に行くのです」


エルちゃん。すっかり頼もしくなったものである。


「それではママさん、エルちゃんお願いする」


ママさんエルちゃんの2人であれば、言っては悪いが砦を抜けても戦力的にたいした違いはない。


「ご主人様。私とテュテュスとでしたためた親書がございます。永遠緑花の都エターナルグリーンシティに着きましたらこちらをお渡しください」


「ありがとう。家族に無事を伝えたら、また戻って来る」


「本当ですわよね? 人間。戻って来なかったら承知しないのですわよ?」


心配ない。何せエルフは美人ぞろい。戻ってこない方が難しいというもの。


「それではイクシード、テュテュス。砦のことは任せる。ヴァレンチン。捕虜交換の方は頼むぞ」


「いってらっしゃいませ」

「おほほっ。わたくしに踏んで欲しければ早く戻るのですわよ」

「シューゾウ殿っ! 無事で、無事でお戻りくだされっ!」

「ふん。なるべく早く戻って来い。貴様がいないのでは奴隷の首輪が外せんからな」


こうして俺は、ママさん。エルちゃんと共にリジェクション砦を離れ、一路、永遠緑花の都エターナルグリーンシティを目指して出発した。


「うふふ。シューゾウさまと家族旅行……あなた……なんて。ぽっ」


「エルちゃんは妹を希望するのです。お姉さんになるのです」

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