第64話 ほぉおおおおっ!? ほぉおおおおっ!? ほぉおおおおっ!?

「神の御業にて彼の者の傷を癒したまえ。治療リペア。治療リペア」


翌日。俺は引き続きリジェクション砦でエルフの治療を続けていた。


「おほほっ。本日もわたくしが治療に来て差し上げましたですわよ」


そんな俺の元へ、いつものようにテュテュスが訪れる。

どうやら昨日、負けた甲斐があったようで本日もテュテュスは上機嫌。


「精霊の加護よ。彼の者の傷を癒したまえ。ロスト・ヒール、ロスト・ヒール」


さっそくエルフ1人の治療を完了していた。


「ちょっと。そこの人間。お前、お前ですわ」


何か用だろうか? また椅子になれと言ってくださるのだろうか?


「昨日は何か人間がロスト・ヒールを4回使ったような幻覚を見たのですわ」


4回どころではない。1日24時間で48回である。


「きっとわたくし、連日MPを大量に消費した疲れが溜まっていたのですわ」


通常、24時間で96%のMPが回復する。

だが、いくらMPが回復するからといって、一度に大量にMPを消費した倦怠感は、すぐにはなくならない。積もりに積もって疲れとなる。


それを考えればここ数日、毎日3回のロスト・ヒールを使用しているテュテュスにはかなりの負担を強いているというわけだ。


「それなら明日は休んで構わない。俺が治療しておく」


「はあああ? 俺が治療しておく? 俺が治療しておくうううう?」


MP回復のため地面に座る俺の前まで来ると。


「昨日、わたくしを相手に大恥を晒した人間が何を偉そうに言っているのですわ。もう1度ご自分の立場というものを教えるのですわ。椅子になるのですわよ」


座る俺をゲシゲシ蹴とばすテュテュスの勢いに、俺はやむなく四つん這いとなる。


「だいたいですわよ。わたくしの治療を待つエルフがたくさんいるのですから、休んでいる暇はないのですわよ」


テュテュスはドカリと腰を降ろした。んほ。


「見てごらんなさい……って、あら? なんだか治療待ちの列が短くなったような気がするのですわよ?」


当然である。俺のMP10万3千で1日に49人の治療が可能。

残るエルフは240人。テュテュスのロスト・ヒールとあわせると後5日で治療が終わるだろう。


「まあ早く治療が終わるならそれに越したことはありませんですわ。いつまでもこんな場所にいましては、いつ教和国が攻めて来るか……」


「しばらく第2軍は動かん。モンスター退治に手間取っているようだ」


ヴァレンチンか。


「他人の趣味にどうこう言うつもりはないが、貴様は変わった趣味を持っているな」


椅子となる俺を見て言った。


「おほほっ。お前もわたくしの椅子になりたいのでしたら、座ってあげてもよろしいですわよ」


そんなテュテュスを相手にせず、ヴァレンチンは椅子に向かって話しかける。


「リジェクション砦は形になった。兵も形になりつつある。第2軍もしばらく動けん。こうなっては教和国も捕虜交換に応じるだろう」


だとしても、どうやって話を持っていくかが問題である。


「捕虜の中に将校がいる。こいつを足がかりに捕虜交換の話を教和国に持ちかける」


それはめでたい。


「しばらく留守にする。俺の少佐の身分証はまだ有効だからな」


そう言い残すとヴァレンチンは砦を出て、教和国方面へと歩き去って行った。


「おほほっ。なんですのなんですの? 何だか分かりませんが順調そうじゃありませんの。これもわたくしのお陰ですわね。おほほっ」


そうこうするうちに俺のMPは回復する。


ガバリ。俺は立ち上がる。


「きゃっ。またこの人間は急に!」


おっと。そうだな、別に立ち上がる必要はない。

ずり落ちそうであったテュテュスが座り直した所で、俺は四つん這いのまま片腕だけを前に突き出し、エルフさんに近寄っていただく。


「神の御業にて彼の者の傷を癒したまえ。治療リペア。治療リペア」


うむ。これでも十分に治療が可能である。


「シューゾウ様。ありがとうございます!」


律儀にも椅子に礼を述べた後、エルフは去って行った。


「ほ? 人間。確かわたくしが来る直前にもロスト・ヒールをしていましたですわよね?」


当然である。


「という事はなんですの? 1日に4回のロスト・ヒール? 昨日のは幻覚ではなかったということですの……ほぉ……ほ?」


俺に座るテュテュスの身体が小刻みに震えだす。


「ほぉおおおお!? ほぉおおおお!? ほぉおおおお!?」


再びウグイスとなったテュテュスを介抱しようと、お付きの兵が近寄ろうとするが。


「しばらく放置しておいてください。テュテュスには現実を見せる必要があります」


イクシードがお付きの兵を制止する。


「ほぉおおおおっ!? ほぉおおおおっ!? ほぉおおおおっ!?」


しばらく後。

ようやく混乱から回復したのか、テュテュスは落ち着きを取り戻していた。


「ほお、ほお、ほお……や、やっぱり疲れが溜まっているのかしらですわ。人間がロスト・ヒールを4回も使ったような……」


そして俺のMPも回復。


「神の御業にて彼の者の傷を癒したまえ。治療リペア。治療リペア」


「ほぉおおおおっ!? ほぉおおおおっ!? ほぉおおおおっ!?」


大丈夫なのだろうか? 

他人事ながら少し心配になるが、まあ、いざとなれば治療すれば良い。


しばらく後。テュテュスはようやく落ち着いていた。


「ほお、ほお、ほお……死ぬ。死にますですわよ。喉が痛いのですわよ」


まあ、あれだけ叫びっぱなしでは無理もない。


「お前! 人間! どういうことですかですわ! ロスト・ヒールの消費MPは500。それを4回って、いえ6回って! お前のMPは3千あるとでもいうのですかですわよ!」


本職だとMP500で使えるのか。

本来は物体を修理するリペアを、俺は無理矢理に人体へと使用している。

そのため本職の100倍の消費MP。5万の消費となっているわけだ。


まあ、再び俺のMPは回復した。


俺の前まで進み来るエルフ。そのエルフに俺は片手を向けると。


「ちょっと! 待って! 待つのですわ! まさかとは思うのですわですが……」


「神の御業にて彼の者の傷を癒したまえ。治療リペア。治療リペア」


「ほぉおおおおおおおおおおおおおああああああああおおおっ!?」


本日、何度目か分からない絶叫を漏らすテュテュス。

さすがにヤバイのではないだろうか?


そんなテュテュスに対して、イクシードがヒールを唱えた。


「ご主人様にはとても敵いませんが、私もヒールが使えますので」


それは有難い。

貴重なMP。テュテュスを相手に無駄に消費しては、治療に遅れが生じる。


「ほお、ほお、ほお……い、イクシード! どういうことですかですわ! この人間おかしいですわよ!」


「ですから言いましたでしょう。ご主人様は特別ですと」


俺の背中を離れ、テュテュスが立ち上がる。


「人間。昨日のわたくしとの勝負……わざと負けましたのですわ?」


真剣な目で見つめるテュテュス。


「どうしてですわ? わたくしを無茶苦茶に出来るチャンスを逃して、どうしてわざと負けましたのですわ?」


俺も立ち上がり、その目に向き直る。


「今は負傷したエルフの治療が最優先。俺が無駄に消費できるMPは1ポイントたりとも存在しない。それだけだ」


「シューゾウ様! 私たちエルフのことをそこまで……」

「私たちのために踏みつけられても耐えていたのね……」

「俺は涙が止まらねえええ……うおー!」

「シューゾウ! シューゾウ! シューゾウ!」


しかし……毎度毎度、無駄に盛り上がるものである。


「人間であるお前がエルフのために……踏みつけられる屈辱にも耐えたと……わたくしは自分のプライドのため、無駄にMPを消費しましたのにですわ……」


覚悟を決めたのかテュテュスは地面を見つめると──


「わたくしの負けですわ……踏みなさいですわよ」


そう言うが早いか地面に四つん這いとなっていた。


残念ながら俺は踏まれるのは好きだが、他人を踏みつけるのは好きではない。


「立ってくれ。あいにく俺の足はレディを踏むようには出来ていない」


俺の言葉に立ち上がったテュテュスは、お付きの兵が用意した椅子へと座り直す。

どうやら俺の人間椅子としての役割は終わったようである。その後、俺が30分ごとにエルフを治療していく姿をテュテュスは延々と眺めていた。



それから5日。俺とテュテュスの頑張りにより、奴隷だったエルフ300人。

全員の治療は完了した。


「ご主人様。お疲れ様です。最後にこちらをどうぞ」


イクシードが差し出したのは、細かく砕けたミスリル鋼の破片。

どこから拾い集めて来たのだろう?


「ニューデトロの街を出てすぐ。バビロンズフォースと戦った場所です」


ということは、この破片。


「リペア」


SSランク リペアは耐久0となり完全破壊された物をも修復する。


白光の後には、ミスリルの盾。

古代の英知が生み出したレアアイテム。バビロンの盾が俺の手に握られていた。


全ての治療が終わり、燃え続けていた炎が消された砦内。

俺は久しぶりの睡眠をむさぼるため、用意された個室のベッドへと横になる。


バーン。ドアが開くと。


「おほほっ。人間。わたくしの負けと言いましたでしょう? 1つ命令をしても良いのですわよ。い、いやらしい事でも……負けたのですから、し、仕方ありませんわよ」


俺は純情。

だが、ここで約束を違えて、彼女のプライドを傷つけるわけにもいかない。

やれやれ。世間は俺が1人静かに眠ることを許さないようであった。


「ほぉおおおおっ!」「んほおおおおっ!」

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