第62話 森林の四つ葉。オリーブのテュテュス。

リジェクション砦、中庭に燃える炎。

自動回復がSSランクである今、俺のMPは即座に回復していく。


エルちゃんの首を外れ、砕け落ちた奴隷の首輪。

耐久が0となり完全に破壊されたその破片を俺は拾い上げる。


通常、耐久が0となり完全に破壊された物は修理できない。

だが、今なら。

火事場の馬鹿力により、SSランクとなったリペアなら。


「リペア」


リペアの白光。奴隷の首輪はその機能を取り戻していた。


奴隷の首輪それ自体の材質は鉄。

リペアするにも必要MPは少ない。


「!? ご主人様。その首輪は……」


「ヴァレンチン。捕虜となった教和国兵の様子はどうだ?」


「今は大人しくしている。だが、教和国との対話が長引くようなら、この先は分からん」


残念ながら、対話にはまだ時間がかかるだろう。


「反抗する者がいたなら、見せしめにこの首輪をつけてやると良い」


「これはエルフ用の奴隷の首輪か? 鍵穴のないタイプ……シューゾウ。貴様、最悪の性格をしているな」


最悪も何も自分たちがやっていること。

両腕を叩き斬らないだけ感謝してほしいものである。


「イクシード。奴隷とされたエルフ。全員をこの砦に連れて来てくれ。全員の首輪を破壊。怪我の治療を行う」


足りないエルフ員。

奴隷エルフを解放、治療して兵士とするならば少しは解消されるというもの。


問題はどちらから行うべきかだが……


奴隷エルフの首輪を外す。

奴隷エルフの欠損を治療する。


最終的にはどちらも行うわけだが、どちらを先にやるべきか?


「ご主人様。よろしければ奴隷の首輪からお願いできないでしょうか?」


別にどちらからでも構わないが、日常生活を考えるなら欠損を治療した方が良いのではないだろうか?


「首都より増援に来るのは森林の四つ葉フォレストフォーリーフオリーブのテュテュスです。テュテュスはSランク ヒールが使えますので」


噂のSランク ヒールが使えるというエルフか。

来てくれるのは有難いが、何故に今さら?


「リジェクション砦が落ちましたので、首都の防衛を固めるべく、これまでは後方におりました」


つまりは、サンフランの街、ニューデトロの街は、見捨てられていたというわけか。

リジェクション砦を奪還したことで、ようやく前線を押し上げる気になったわけだ。


「仕方ありません。精霊の住まう都。永遠緑花の都エターナルグリーンシティを守るのがエルフの使命。誰もが納得してのことです」


せめて住民全員を首都まで避難させれば良かったものを。

などと他国の人間である俺が口出ししてもな……

みな愛着ある土地を守りたい、自分たちの国を守りたい一心で戦っていたのだ。



イクシードの手配によりリジェクション砦に集められた奴隷エルフ300人。

戦に勝利したというのに。自らの土地を、国を守り切ったというのに、助けられた今もその顔に笑顔はない。


彼ら彼女らは、奴隷の首輪が外せないことを知っている。

今後、エルフの長い人生の一生を教和国に怯えながら、MP1/10となって暮らさねばならないことを知っているのだ。


自らの土地を、国を守ろうと勇敢に戦った英雄たち。

不幸な未来を迎えるなど……あってはならないこと。


笑顔が失われたというのなら、修復するまで。

英雄たちの日常を。平和を。未来を奪うその鎖。

俺がこの場で破壊する。


「デストラクション」


砕け散る鎖は、不幸な未来を辿るはずだった運命の鎖。


「ああ! まさか奴隷の首輪が外れるなんて!」

「私たちもう一生、奴隷のままかと……」

「こんな奇跡……精霊のご加護ですわ!」


300人のうち1人を解放しただけ。喜ぶのはまだ早いというのに……


「あの方が噂のシューゾウ様……」

「教和国軍の大将を討ち取ったのもシューゾウ様だそうよ」

「新しい森林の四つ葉フォレストフォーリーフ。ユーカリのシューゾウ様」

「シューゾウ! シューゾウ! シューゾウ!」


砦中が大騒ぎになるとは、やれやれ。困ったものである。


火事場の馬鹿力の発動する今。1時間に200%のMP回復。

最大MP11万となった今、1時間に使えるMPは22万。


「HPはいくつだ?」

「400です」


俺は相手のHPにあわせてデストラクションの消費MPを調整する。


「3万デストラクション」


MP3万消費で流れる電流ダメージは、167。


HPが半分程度は残る感じに調整すれば、相手の身体への負担も少なく、より多くの首輪を破壊できるというわけだ。


「電流ダメージは、エルちゃんたち治療班がヒールするのです」


すっかり元気となったエルちゃん。

他のエルフたちと一緒に傷ついたエルフの治療を率先して行っていた。


しかしエルちゃん。口癖である、うう……はどうなったのだ?


「もう! 過去のエルちゃんとは、さよならしましたのです!」


「ふふ。シューゾウさまのお陰で、エルちゃんすっかり元気になって……流石はパパね」


あの庇護欲をそそる所が魅力であったのに……

だが、人もエルフも成長するもの。元気になったのならそれが一番である。




その後、丸3日が経過。奴隷となったエルフの8割ほど首輪を外したところで。


「おほほっ。お待たせしましたわ」


響き渡る声に振り向けば、いつの間にか砦には多くのエルフ兵が到着していた。


「おほほっ。わたくしは森林の四つ葉フォレストフォーリーフ。オリーブのテュテュス。わたくしが来ましたからにはもう安心ですわよ」


その先頭で仁王立ちするエルフ。

俺やイクシードと同じ白の服に身を包んでいるが……小さい。


「ご主人様。テュテュスは何故か身体が成長しなくて。あれでも立派な大人です」


「おほほっ。わたくしのヒールはSランクですのよ。お高いのですわよ。今回だけは女王アリステレサ様のご慈悲により、奴隷にされた者は無料で治療せよとのことですわ。さあ治療しますので感謝するのですわよ」


小さかろうが大きかろうが、とりあえず来てくれて助かったのは確かである。


「おほほっ。あら? 奴隷にされた方が大勢いらっしゃると聞いて来ましたのですが、首輪を付けた方が随分と少ないですわね?」


「テュテュス。奴隷の首輪はご主人様が外してくださっている最中です」


「あら。イクシード。捕まったと聞いた時は心配しましたが、無事で良かったですわ」


テュテュスはイクシードに近寄ると、その身体を抱きしめる。

傍から見れば、子供が親に抱き着いているみたいではある。


「ですが、これまで色々と研究しましたが、奴隷の首輪は外せませんわよ? イクシードも運よく奴隷にされなかったみたいで、めでたいですわ」


テュテュスはそう言い含めるように言った。


「それにしましても……何ですの? この砦。何で火を焚いていますの? しかも……臭い! 臭いですわ!」


まあ、燃やしている物が物だけに匂いは仕方がない。

俺のMPも回復した。次のエルフの首輪を外すとするか。


立ち上がり、俺はエルフの元へと歩き出す。


「ちょっとちょっと! なんですのその人間。何でこんな所に人間がおりますの? というか、そこの人間。エルフに何をしようとしていますの!」


やはりエルフにとって人間がいるのは気になるようだが、俺に関する説明は同じ森林の四つ葉フォレストフォーリーフであるイクシードに任せる。


「デストラクション」


パリーン


「……おほほっ。わたくしの見間違いかしら? 何だか奴隷の首輪が壊れましたような……」


残念ながら見間違いではない。


「リペア」


壊れた奴隷の首輪を復元。イクシードに手渡す。


「……おほほっ。わたくしの見間違いかしら? 何だか奴隷の首輪が作られたような……」


作ったわけではない。粉々となった破片を修理しただけである。


「おほほっ……っておかしいですわ! 何ですかこの人間は! そもそも何で人間が精霊服を着ていますの! 脱ぎなさいですわ!」


ふんぬとばかり俺の服を引っ張るテュテュス。

服が延びては余計なリペアが必要となる。やめていただきたい。


「テュテュス。離れなさい。ご主人様に失礼です」


「って、さっきからそのご主人様って何なのですわ! わたくしたちの主は、アリステレサ様だけですわよ!」


始めて聞く名前だが、この2人より立場が上となると、首都に住むという女王の事だろう。


「奴隷となった私を救っていただきましたので、ご主人様です。ご主人様の助けがなければ、今も私は奴隷のままとなっていたでしょう」


「助けていただいたのなら感謝しないとですが……だとしましても、こんな小汚い人間がねえ……?」


小汚いとは失礼である。この白い服はイクシードからの頂き物だというのに。


「服装の事ではありませんわ! 早く脱ぎなさいですわ!」


だから服を引っ張らないでいただきたい。


「まあ、良いですわ。奴隷の首輪なんて元々、人間が作った物ですから。人間が壊せるのも作れるのも不思議ではありませんわ」


「いや。普通は壊せん。奴隷の首輪には神から教えていただいた知識が使われている。この男が、シューゾウが異常なだけだ」


奴隷の首輪に反応したのか、黙って様子を見ていたヴァレンチンが口を挟む。


「なんですのなんですの! また人間がいますわ! もう。どうなっていますのですかですわ!」


「貴様。テュテュスといったか? Sランク ヒールが使えるならマリアルイヒを治療しろ」


「ヴァレンチン様。テュテュス様に失礼です。私の治療は後で構いませんので」


全くである。このテュテュスという少女、身体は小さいが一応はお偉いエルフである。ヴァレンチンも軍人であったのだから、敬語くらい使えるだろうに……


「俺はエルフの配下ではない。教皇の配下でもない。今後、俺が従うのは神だけだ。俺のこの態度はその覚悟と思え」


まあ自分の祖国と戦おうというのだ。その程度の気概がなければ戦えない。


「ほんと……人間は最悪ですわ。礼儀もわきまえないなんてですわ」


テュテュスはヴァレンチンを諫めるエルフ、マリアルイヒに手を触れると。


「精霊の加護よ。彼の者の傷を癒したまえ。ロスト・ヒール、ロスト・ヒール」


Sランク治療魔法。ロスト・ヒール。

四肢欠損をも治療するというヒールの最高峰。


「テュテュス様。ありがとうございます」


金色の光の後。欠けていたマリアルイヒの両腕が共に治療されていた。


「ぜーぜー……おほほっ。この位わたくしにかかればチョロイものですわ。ぜーぜー……」


MPの消費が激しいのだろう。

治療を終えたテュテュスは肩で息をしていた。


「ロスト・ヒールを続けて2度も使うとは教皇並みの腕だな。貴様が凄い女だということは分かった。尊敬はしておいてやる」


どこまでも偉そうなヴァレンチン。


「ヴァレンチン。これまでに修理した奴隷の首輪を渡しておく。一度街に戻って捕虜の様子を見てきてくれないか?」


テュテュスを相手に余計なトラブルを起こす前に、この場を追放しておくのが良いというもの。


「いいだろう。既に目をつけている奴がいる。早速活用してやる」


奴隷の首輪を手に立ち去るヴァレンチンの傍には、マリアルイヒが付き従っていた。

エルフである彼女が一緒なら、他のエルフとのトラブルも仲裁してくれるだろう。


「精霊の加護よ。彼の者の傷を癒したまえ。ロスト・ヒール」


続けてテュテュスは、エルフの片腕を治療する。


「ぜーぜー……おほほっ。治療の続きはまた明日ですわ。わたくし宿屋に戻りますので、ごきげんようですわ」


そう言い残すと、テュテュスはお供の用意する輿に乗り、砦を去って行った。


どうやらテュテュスが1日に使えるロスト・ヒールは3回。


エルフ1人の治療にロスト・ヒールが2回必要。

テュテュスだけでは、300人全員の治療に200日が必要となる。


奴隷の首輪を外した後は、俺も治療を手伝う必要がありそうだ。

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