第60話 傷ついた奴隷エルフを治療する男。

「サンフランの街を守る防衛隊長は、ローリエのイクシードが討ち取りました! 教和国兵は捕えたエルフを解放、教和国へ逃げ帰るなら追撃はしません。ですが、もしもエルフを人質にしようという者がいたなら、逃げる兵士も含めて全員叩き殺します!」


風魔法を利用したイクシードの声が街中に響き渡る。

防衛隊長が討ち取られたとの知らせに、混乱する教和国兵が街を逃げ出していく。


「ですがっ! シューゾウ殿っ! むざむざ教和国の兵を見逃すなどっ! この場で全員、皆殺しにすれば良いではありませんかっ!」


そもそも街を守る教和国兵。その数は1000。

奇襲したとはいえエルフ兵は200。

さらに、時間をかければニューデトロの敗残兵4000が街に向かって来る状況。


もしも逆上、奴隷エルフを人質に決死の抵抗をされたなら、敗北するのはエルフである。勝つためにも、捕らわれた奴隷エルフを助けるためにも、防衛隊長を討ち取った混乱が残るうちに街から追い出すのが一番である。


「ですがっ! もしも奴らがエルフを連れて逃亡しようとしたらっ!」


「シュナイダー。街を脱する教和国兵がエルフを連れて出ないか、城門で兵と共に監視してくれ! いたなら即座に射ろ!」


「はいっ! その場合、他の兵も一緒に皆殺しで良いでしょうかっ!」


「駄目だ。エルフを連れていなければ命は助かる。そう思わせなければ意味がない」


とは言ったものの、エルフの教和国に対する恨みは深い。

元々が無関係の、人間である俺にはどうしようもない部分がある。


保護した奴隷エルフ3人。建物に囚われていた他の奴隷エルフとあわせて身柄を他の兵に預けた俺たちは、手分けして他の奴隷エルフの救助に向かう。


一部、抵抗する者を斬り伏せながら街を捜索する途中、教和国兵の争う音に、俺はその建物へと向かった。


「てめー。ヴァレンチン! 邪魔すんじゃねー!」

「この娼館には奴隷エルフが大勢いるんや。そいつらを人質に逃げるんや」


「無駄なことは止めてさっさと逃げろ。先ほどの声を聞いただろう。そのような真似をしても殺されるだけだ」


「知ったことかよ。人質だぜ? 手出しできるわけねーやろ!」

「せやせや。せっかくの奴隷エルフを置いて逃げる方が馬鹿や!」


逆上した教和国兵は、剣を抜き放ち奴隷エルフを庇う男を斬りつける。


ズバーン


「ああっ」


「馬鹿な! マリアルイヒ!」


男を庇い、斬られたのは奴隷エルフ。

そのエルフは鎖に縛られるでもなく自由に動けていた。

両腕を失ったその身体で剣を防ぐには、己の身体を盾に差し出すほかない。


「殺人スラッシュ!」


ズバズバーン


ほどなく俺は教和国兵2人を斬り倒す。

後には、身体から盛大に血を流す奴隷エルフ。そして彼女を抱える教和国の男。


出血の量が多すぎる。


治療リペアを使うには火災が必要となるが、まさか奪還したサンフランの街を燃やすわけにもいかない。


とりあえず手持ちの薬草を全投与しようと、ストレージの薬草を探ろうとした所で、奴隷エルフを抱える男の身体が、金色に光を放っていた。


この輝きはヒールの輝き。いや……さらに大きな力が?


「神の御業にて彼の者の傷を癒したまえ。ハイ・ヒール」


金色に輝く光の手を奴隷エルフの傷に押し当てる。

大きく開いていた奴隷エルフの傷はふさがり、流れる血も止まっていた。


ハイ・ヒールはAランク治療魔法。

この男のクラスは神官か? それもかなりの高レベル。


だとしても、奴隷エルフの傷を治療する。

この男は神官でありながら神聖教和国の、神の教義に反する行為を行うというのか?


兵士の服装ではない。一見、民間人に見えるが、ここは神聖教和国における最前線。民間人がいるはずはない。


「誰だ? 冒険者か?」


「俺はヴァレンチン。神聖第3軍の少佐だ」


少佐だと?

少佐となると佐官。軍隊においては結構な地位にあるのではないか?


「この建物は娼館だ。中にはエルフが多く捕らわれている」


「人質というわけか?」


「まさか。ここに残っているのは俺だけ。中のエルフも全員無事だ」


その言葉に、俺はエルフ兵を建物内の確認に向かわせる。


「エルフの救出に協力する。そういうことで良いのか?」


「兵を守るためだ。エルフを人質に取ろうものなら、逆上したエルフによって大勢の兵に被害が出る。だから手ぶらで逃げろと、そう助言していただけだ」


この混乱にあっても理性的。


「シューゾウ殿。建物内のエルフ全員の無事を確認しました」


どうやらこの男の言っていることは本当。


「なら兵を守るためにも、協力してもらえないだろうか?」


「何をだ?」


敵国の将校に頼むといえば。それはもちろん。


「俺は神聖第3軍。イワンコ上級大将の副官を務めていたヴァレンチン少佐だ。教和国の兵に告げる。ニューデトロへ進軍した第3軍は敗北した。全将兵は即刻本国へ帰還せよ」


エルフ兵の風魔法でヴァレンチンの声を街中に届ける。


「帰還するに当たり、エルフは解放すること。これは命令だ。命令が遵守されない場合、貴官らの命は軍として保障できない。以上だ」


どこまで効果があるかは分からないが、やらないよりはましだろう。


その後、副官という立場ある者からの説得もあってか、サンフランの街から続々と教和国兵は撤退していった。


「他にエルフが捕らわれている場所は分かるか?」


「士官の官舎だ。士官は全員がニューデトロの街へ出撃した。今は無人だからエルフも無事のはずだ」


その後、街中が落ち着いた所で、エルフ兵の手によってサンフランの街の城壁にエルフ国の旗。ローリエの旗。ユーカリの旗が立てられる。


ニューデトロを敗走した教和国兵が城壁の旗を見たなら、サンフランの街がすでにエルフに奪還されたと分かるだろう。


「イクシード。敗残兵がサンフランの街に近づいて来たなら、武器を捨て降伏するよう伝えてくれ。逃げる者、反抗する者は殺して構わないが、大人しく降伏する者は捕えて欲しい」


「かしこまりました。兵に徹底するよう伝えます」


教和国の敗残兵。

落ち武者狩りを逃れた兵がこれから続々とサンフランの街に到着するだろう。


「そんなっ! シューゾウ殿! どういうことですかっ! どうして殺さないのですかっ!」


どうもこうもない。

あくまで戦争。まさか人間を絶滅させようというわけではないだろう。

ならば折り合いが必要。それにだ。


「エルフの命を守るためにも殺さないのだ」


ニューデトロの戦いで敗れたとはいえ、エルフ国内にはまだ3千もの敗残兵がいるのだ。降伏しようが何をしようが、必ず殺されるとなれば敵は死に物狂いで抵抗する。


「敵を死兵としないため。その男が言っているのは、そういうことだ」


「なっ! 誰だ貴様はっ! いっぱしの人間ごときが口を挟むとはっ!」


敵が死兵となっては、味方にも被害がでる。

人口の少ないエルフの国。いかに被害を少なく勝利するかが肝要となる。


「俺はヴァレンチン。少佐だ。今は首になったが、第3軍の副官を務めていた」


「副官だとっ! こいつは敵の将校っ! 殺しましょうっ!」


剣を抜き放つシュナイダー。

その前にヴァレンチンを庇うよう、腕のない奴隷エルフが立ちはだかる。


「なっ! 女っ! なぜエルフの貴様がこの男を庇うっ!」


「ヴァレンチン様は奴隷であった私を守ってくれました。今度は私がヴァレンチン様を守ります」


武器もなく腕もなく。それでもエルフの目は力を帯びていた。


「……シュナイダー。その男は殺さないようにしてください」


「イクシード様までっ!? なぜっ! 我らエルフの人間に対する恨み。イクシード様ならお分かりになるはずっ!」


「それならシュナイダー。お前には奴隷となったエルフの気持ちは分かりますか?」


「それはっ……!」


「一度奴隷となった私には分かります。周囲には誰も助けてくれる者などおりません。当然です。私を助けたなら、その者が共に排除されるのですから。そんな中で私を助けてくれたのがシューゾウ様です。そして、その娘にとってのシューゾウ様が、その男なのでしょう」


男を庇うエルフは1人ではない。

様子を見ていたエルフが1人、2人と進み出て、男を庇うよう立ちはだかる。


「……ですがっ! それでもこの男は人間ですっ!」


「ですがもクソもない。俺も人間。シュナイダーは俺も殺すつもりか?」


「いえっ……! シューゾウ殿は……特別ですっ! 我らに武器を、我らに勝利を与えてくれましたっ!」


シュナイダーにとって俺が特別だというように。


「彼女たちにとっても、その男は特別。そういうことだ」


サンフランの街で何があったのか。それは分からない。

分かるのは、奴隷だったエルフたちがヴァレンチンを慕っているということ。


「それとだ。降伏した兵を殺さないのは他にも理由がある。エルフとの捕虜交換に使えるからだ」


捕虜と奴隷エルフとの交換。

そうであるなら捕虜1人の命はエルフ1人の命。

意味なく無駄に殺してはもったいないというもの。


「なんとっ! そのような深謀遠慮が……さすがシューゾウ殿っ! 感服ですっ!」


シュナイダーは他に捕えられたエルフがいないか。イクシードは街に近づく教和国兵への投降を呼びかけるべく、手分けして出かけて行った。


「ヴァレンチン。教和国の将校が、どうして奴隷エルフを助けた?」


「俺が従うのは神だけだ。人はみな平等。それが神の教えであって、エルフが例外などと言うのは教皇が言っているだけの事。俺が従う道理はない」


ヴァレンチンが言うには、エルフはモンスターであり性奴隷とするべし。等の記述は、現在の教皇バルバロスによって追記されたものだという。


神の言葉を聞くという教皇が追記したなら、それは神の言葉となる。

神を敬い尊敬する教和国民。彼ら彼女らも教皇に操られる被害者といえるだろう。


「教皇の言う事が本当かどうか。それが知りたくて、俺はエルフの国に来た。そして知ったのだ。エルフはモンスターではない。共存が可能なのだと」


だとするなら、単に神が記載を忘れただけだ。

人間もエルフもみな平等だという一文を。

教皇が経典に追記したというのなら、こちらも逆に追記してやれば良い。


「馬鹿な! 神の教えとは、勝手に人が手を加えて良いものではない」


頭の固い男である。

だが、頭が固いだけに、使いようがあるというもの。


「それなら神の教えである経典、勝手な一文を付け足した教皇はどうする?」


「……許すわけには……いかないのだろうな」


教皇が追記したエルフに関する記述を正せば、エルフはモンスターではなくなる。

討伐対象から外れ、教和国とも共存は可能となるわけだ。


「とりあえずは捕虜への説得を任せる。大人しくすれば危害は加えない、いずれ捕虜交換で国に返すと」


「分かった」


ヴァレンチンは同じ神聖教和国民。

同国の佐官からの話であれば捕虜も聞き入れやすいだろう。


とはいえ、エルフの国に奴隷の首輪は存在しない。

捕えた捕虜が、いつまで大人しくしているかは微妙である。


せっかく捕虜にした大事な金づる。暴れられては始末せざるをえなくなる。

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