第58話 元エルフの国。サンフランの街。
ニューデトロの街へと侵攻する神聖第3軍。
総数1万5千の兵力は、城門の破壊にこだわるイワンコの撤退命令の遅れにより、全軍の7割。1万500の兵士が討ち取られるという、ありえない程の壊滅的敗北。
味方の撤退を支援しようと立ちはだかるバビロンズフォースも敗れた今。
残された兵は取る物も投げ捨て、ただ味方の陣地へ。
サンフランの街を目指して一目散に走り逃げていく。
敵が逃げるというのだから、こちらは押すだけ。
「イクシード! このまま追撃だ! 兵士も後に続かせろ」
「はい! 全員追撃! 残存兵を逃がさないように!」
エルフ兵の先頭に立ち教和国兵を次々と切り倒すイクシード。
その手にあるのは、ローリエの剣+5。
今は亡きタブリスが作成、一度はヴラドレヴィッチに奪われたミスリルの剣。
回収。修復。+5強化したローリエの剣をイクシードが自在に振り回す。
そして、俺の手にあるのはユーカリの剣+12。
イクシードがローリエの剣を使うのだから、必然的にこうなるわけだ。
「うおー! 待て待てー!」
「逃がすか。人間どもめ!」
余程に恨みがあるのか、街道を外れ森の中へと逃げ込む教和国兵までをも追いかけるエルフ兵。
「イクシード! 武器を捨てて降伏する兵、道を外れて森へ逃げる兵は後の住民に任せておけ。エルフ兵はこのまま街道を直進だ!」
今は余計な所で道草を食っている場合でない。
「ご主人様。街道を行くとは言いますが……どちらまで追撃されるのですか?」
「当然。サンフランの街までだ」
俺は言ったはずだ。
エルフの国内へ侵攻した神聖教和国。この一戦で一息に叩き潰すと。
サンフランの街に駐屯していた兵1万5千。
その全てがニューデトロへと侵攻したのだ。
守備隊として駐屯する兵の数はわずか。
おそらくは1千、多くても2千。
となれば、このまま一息に攻め落とす。
敵は敗北したとはいえ、当然、1万5千の兵全員が死んだわけではない。
撤退の遅れから多くの死傷者を出したとはいえ、残存兵は4千~5千。
それがそのままサンフランの街へと撤退。
防衛に加われては守備兵は5千近くまで膨れ上がる。
攻め落とすにも簡単ではなくなる。
敵が守りを固める間に援軍でも来ようものなら、さらにである。
それよりも今。
敵の敗残兵がサンフランの街へと逃げ帰るより先。
守備隊が1千と少ない今が、攻め落とすチャンスである。
敗走する兵がバラバラに森の中へと逃げ込む中。
俺たちは街道を真っすぐ直進。敗残兵より先にサンフランの街へ到達。攻撃する。
「遅れる兵は放置しておけ。俺とイクシード。シュナイダーだけでも構わん。サンフランの街まで行くぞ!」
「ですがっ! シューゾウ殿! 森の中へ敗走した兵が集結、再びニューデトロの街へ押し寄せたらっ! 街に守備兵はおりません。逆に落とされてしまいますっ!」
その心配はない。
軍を率いる敵将は討ち取った。
指揮する将を失った軍に、まともな作戦行動は出来ない。
副官がいたとしても、せいぜいが兵をまとめて逃げ帰るだけ。
そして、ここは土地勘のないエルフの国。
一度森に入った兵が、迷わずサンフランの街へ辿り着くには時間がかかる。
「街道を外れて逃げる兵は放置しろ! 俺たちは連中より先にサンフランの街へ行くぞ!」
落ち武者狩りなど現地の住民に任せておけば良い。
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元エルフの国。サンフランの街。
街を辞去して祖国へ帰ろうと荷物をまとめ終えた副官。
いや、すでにイワンコ大将から副官を解任された今。
ただの1兵士となったヴァレンチン少佐である。
ヴァレンチンのクラスは【大神官】。
【神官】の上位クラスとなり、治療に加えて補助魔法も使えるクラスである。
神聖教和国において【神官】【大神官】は神に使える栄誉あるクラスとして、一般住民より上位の待遇を受けることができる。それゆえ若くして将軍の副官となるまで出世できたのであった。
与えられた官舎の荷物をまとめたは良いが……
「俺には不要だと言ったのにな」
解任前は上級大将の副官を務めるまでの地位にあったヴァレンチン。
将校待遇として、奴隷エルフが1人与えられていた。
「ヴァレンチン様。国へお帰りになるのでしょうか?」
「そうだ。馬鹿げた話だが俺は軍をクビになった」
「私はどうすれば良いのでしょう?」
ヴァレンチンは困った。
他の将官がエルフを相手にハッスルするのを横目に、ヴァレンチンはエルフに一切の手だしをしていなかった。
それどころか、傷を癒して服を着せて食事を与える。
あまつさえ他の、娼館の奴隷エルフたちの傷も癒していた。
他の将官の目もあり鎖は外せないが、可能な限り1人の人間として扱っていた。
他の者であれば背教者として処断されかねない所、イワンコ大将の副官、大神官のクラスもあってこれまで見逃されていた。
「マリアルイヒの、エルフに付けられた奴隷の首輪は外せない」
ヴァレンチンは奴隷エルフ、名をマリアルイヒという、彼女を柱に縛り付ける鎖を取り外した。
「ヴァレンチン様……」
「街を出たところで逃がしてやる。後は好きにしろ」
「他のエルフはどうなるのでしょう?」
「……」
マリアルイヒの言葉に、ヴァレンチンは顔をしかめる。
ヴァレンチンは大神官。
ヒールが使えることから、軍務の合間に他の奴隷エルフの治療を行っていた。
それだけに他者のエルフに対する扱いをよく知っていたのだ。
「ヴァレンチン。お前、副官をクビになったんだってなあ?」
「本国に帰るんだろ? お前の奴隷は俺らが貰ってやるよ」
荷物をまとめ終えたヴァレンチンの部屋を訪れたのは、第3軍の同僚。
同僚とはいっても、大神官であるヴァレンチンより隊での立場は下。
それだけに自由に出来るエルフ奴隷は、彼らにとって垂涎の的であった。
「マリアルイヒは俺が賜た者だ。貴公らに譲る理由がない」
「お前さあ。奴隷を治療するとか、神に背くような事やってるやん?」
「背教者と思われたくないなら……分かるやろ?」
「背教者? 俺が背教者だと? エルフを治療してなぜ背教者になる!」
片田舎の神官の子息として育てられたヴァレンチン。
無論、神への信仰は厚く、毎日のお祈りもかかさない。
だが……だからこそエルフへの対応に憤りを感じていた。
より神のお傍へ近づこうと田舎を飛び出し、聖都を訪れたヴァレンチン。
そこで見た経典は、両親から教えを受けた経典、古くから伝わる経典とは異なる物であった。
異なるのは、エルフに関する記述。
エルフはモンスターであり、全て性奴隷とするべきという。
これは両親から教わった経典には、元々の経典には存在しない記述。
神のお言葉を聞くという現在の教皇。バルバロスが付け加えたもの。
ヴァレンチンはエルフについて知るため、軍へと志願。
エルフの国を訪れ、そしてエルフと話してみて分かったのだ。
エルフが人間でないのは事実。
だが、モンスターと同じように迫害して良い存在ではないのだと。
高い知性を持ち、善悪の常識をわきまえる。
寿命やクラスなどの違いはあるが、俺たち人間と共に暮らすことが可能な存在だと。
書き換えられた新しい経典。
エルフを性奴隷とする。その欲望のため、教皇は神の教えを捻じ曲げたのだ。
神を尊敬、敬愛するヴァレンチンだからこそ、それが許せない。
「エルフは道具ではない。性奴隷とするべき存在でもない。神の教えにそのようなものは存在しない!」
ヴァレンチンはエルフを背後に隠すよう、かつての同僚に向き合った。
「ヴァレンチンさんよ。もう副官じゃないんだから誰も守ってくれないぜ?」
「おめーも毎晩やってんだろ? 俺らにもやらせてくれや?」
じりじりとヴァレンチンに迫る2人。
ここで同僚2人を殴れば、自分はどうなるだろう?
そうヴァレンチンが思案していると──
「おい! 第3軍が! 第3軍が敗北したそうだ!」
宿舎の中にまで聞こえる大きな声。
「なんだって? 第3軍が敗れただって?」
「ニューデトロのエルフ共に、こっぴどくやられたそうだ」
「それどころじゃない。敵が、エルフどもが敗残兵を追って、間もなくこの街へ攻めてくるぞ!」
それは味方の敗北を知らせる声。
そして、敵の襲来を知らせる声であった。
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