第54話 燃え盛る城門の上。

サンフランの街を出発した神聖第3軍。


本来、ニューデトロの街までは歩いて1日とかからない距離にあり、すぐにでも出発したい所であったが、さすがに兵1万5千もの行軍となると準備に時間が必要。


それでも2日とかからず準備を整えた第3軍。早朝にサンフランの街を出発。夕刻となる頃、いよいよ目的地であるニューデトロの間近に迫っていた。


「間もなくニューデトロの街が見えてまいります」


「うむ。エルフどもの街など一息で捻り潰してくれようぞ」


ニューデトロの街は、周囲を木造城壁で囲まれた城塞都市。

1万5千の兵が当たれば一息に吹き飛ぶであろう脆い作りでしかない。


「あっ! あの旗は!」


城壁を見つめる兵が声を上げる。


森林の四つ葉フォレストフォーリーフの1人。月桂樹ローリエの旗が!?」


その城壁に誇らしげにはためく月桂樹ローリエの旗を見つけていた。


「なにい!? エルフ将軍はバビロンズフォースが捕え、本国へ奴隷送りしたはずだろうが?!」


「は、はあ。確かにそう聞いてますが……」


ローリエを冠するエルフ将軍といえば、神聖教和国に1人で乗り込み暴れ回ったという狂人。もしも本当にニューデトロにいるのであれば脅威となる。


さらにもう1つ。


「待ってください! もう1つ別の旗があります!」


「あれは森林の四つ葉フォレストフォーリーフの1人。有加利ユーカリの旗だ!」


「なにい!? エルフ職人はリジェクション砦でシャイニングホークが仕留めたはずだろうが!」


「は、はあ。確かにそう聞いてますが……」


ユーカリを冠するエルフ職人といえば、リジェクション砦においてミスリルの剣を手に暴れ回ったという男。第1軍が主に当たっていたため、第3軍に被害はないが、討伐までに多数の死傷者が出たと聞く。


「ど、どういうことだ?! 確かに1名は捕え、1名は殺害したはずであろう!」


城壁に並んではためく2枚の旗。

その下には弓を構えた多くのエルフの姿が並び、第3軍を迎え撃つべく準備万端に構えていた。


「上級大将。そのような些事さじ、どちらでも良かろう」


思わぬ事態に声が上ずるイワンコに対して、落ち着きはらった声で答える男。


「バビロンズフォースか……どちらでも良いとはどういうことだ?」


「偽の旗というなら何も気にする必要はない。もしも生きていたのなら、もう1度倒せば良いだけである」


「うむ。うむ! 確かにそうだ。よし。行くぞ! 全軍、突撃だ!」


バビロンズフォース。Sランク冒険者の自信あふれる言葉に気を取り直したイワンコが、全軍に号令を出す。


「うおー!」

「やったれー!」

「おんなおんなおんなあああ!」

「やるぜー。やりまくるぜー!」


待ってましたとばかりに、第3軍の将兵たちは士気も高くニューデトロの街へ突撃を開始した。


その様子をバビロンズフォースは背後から眺める。


「我らバビロンズフォースの出番は、城壁が壊れてからだ。しばらく待て」

「ぐふふ。無理して弓で怪我したら大変でござるからのう」

「ふぉっふぉっ。壁を壊すなどといった荒事は若者に任せようぞ」



「教和国兵、間もなく森を抜けます」


エルフ兵の報告の後。

木々を抜けて教和国兵の姿が現れた。


街からの距離400メートル。

森を焼いているため視界は良好。隔てる物は何もない。


「射てー!」


イクシードの号令に強化エルフ弓兵が一斉に矢を射かける。


城壁から放たれる無数の矢の雨。

教和国兵は一斉に鋼鉄の盾を頭上に構え備える。


ズドス ズドス ズドス


構える盾を貫通して、矢が身体に突き刺さる。


「な、なんで鋼鉄の盾が?」

「やつら白銀鋼の弓でも使ってやがるのか?」

「ええい! 魔導兵は何をやっている!」


東の城壁に陣取るのは強化エルフ弓兵。

全ての兵士が白銀鋼の弓+20、鋼鉄の弓+30を装備している。


白銀鋼の弓の威力は言わずもがな。

鋼鉄の弓ですら+30の補正が付けば攻撃力+300%。

通常の4倍の攻撃力となるのだから、鋼鉄の盾程度は軽く貫通する。


くわえて他の住民が持つ弓も+5に強化されている。

+5ですら+50%の攻撃力補正。通常の1.5倍の攻撃力。


さらに第二射が教和国の兵士に降りかかる。


「風よ。我らを守る風の壁となれ。ウインド・カーテン」


それを見た教和国の魔導兵が魔法を唱えた。

進軍する教和国兵の上空。突風が矢を反らさんと荒れ狂う。


エルフ住民が放つ矢は風に巻かれて、あらぬ方向へと飛び去るが──


ズドス ズドス ズドス


強化エルフ弓兵が放つ矢は風を貫き、盾を貫いて兵士に突き刺さる。


「おのれ! ウインド・シュートか!」


Bランク弓術アーツ。ウインド・シュート。

風の加護を得た矢は、風の影響を受けず直進する。

強化エルフ弓兵は全員がその腕も精鋭。使えて当然のスキル。


だが、いくら強化エルフ弓兵が陣取ろうとも、両軍の数が違いすぎる。

一射ごとに300の教和国兵が倒れようとも、第3軍は総数1万5千の大軍。


街までの距離400メートル。

その距離を耐えたなら、城壁に到達した時点で勝負は決まるのだ。

それだけを心の支えに、教和国兵は矢の雨の中での進軍を続ける。


「いよし! 城壁まで後200メートル!」

「魔導兵! 頼むぞ!」


ニューデトロの街の城壁は木造。

匠の技術で木材を組み合わせてはいるが、どこまでいっても木材でしかない。


レンガや石材、鋼材に比べて脆く……そして何より火に弱い。


「ファイア・アロー」

「ファイア・ランス」

「ファイア・シュート」


魔導兵から数々の炎魔法が、弓兵からは炎の矢がニューデトロの街。

その城壁を目掛けて放たれる。


火攻め。

城攻めにおける王道であるが、ことのほかエルフの街や砦には効果的。


森林をこよなく愛するエルフ。

住宅はもちろん、街を囲む城壁までもが木造で作られている。


木造は可燃物。燃えづらいよう魔法処置されてはいるが、それは自然火災に対する備え。魔法で生み出される炎に対しては、備えが無いも同然。


ドーン ドーン ドーン


城壁に無数に突き刺さる炎の矢が、炎の槍がその場から炎を吹き上げる。

普通の矢や槍ではない。魔法の炎で形作られた、あるいは魔法の炎が付与された物なのだ。


城壁の上に陣取るエルフたちは盾に隠れ、水魔法で消火するため被害は軽微。

だが、陣取る城壁そのものが燃え落ちては、どうしようもない。


もはやエルフたちは矢を射るどころではない。

足場が燃え落ちる前に避難しなければ、足場もろとも燃えカスとなる運命。


だが──


ズドス ズドス ズドス


進軍する教和国兵の身体に矢が突き刺さる。


城壁が、自分たちの足場が燃えているというのに、城壁の強化エルフ弓兵は慌てることなく矢を射続けていた。


「エルフどもが! 命が惜しくないのか!」

「いや! それよりなんで城壁が燃え落ちないんだよ?」

「これだけファイア・アローを撃ち込んでいるってのに」

「木製の城壁やで? とっくに消し炭のはずやん!」


事実、教和国兵が放つ無数の炎魔法により、城壁は炎に包まれていた。


水魔法による放水により城壁の上だけは、エルフ弓兵が矢を射る足元は問題ないとはいえ、火の勢いを考えればどう見ても崩れ落ちるのが正解である。


だが、炎に包まれながらも木造であるはずの城壁は、まるで崩れるそぶりを見せない。


「エルフどもが! 何か怪しげな手段を講じたのか?」

「炎に強い新素材とか?」

「知らん! 近づけ! 距離を詰めて高ランク炎魔法をぶち込んでやれ!」


ここまでの時点で、すでに共和国兵1万5千のうち2千が倒れていた。

損耗率はおよそ13パーセント。


損耗こそしたものの、城壁まで100メートルの距離へと近づいていた。

ここまでくれば高威力炎魔法の射程圏。


「ファイア・バーナー」

「ファイア・ボンバー」

「魔導奥義・ファイア・レーザー」

「魔導奥義・ファイア・トルネード」


間近となった城壁を目掛けて、魔導兵による一斉攻撃。

Bランク魔法、さらにはAランク魔法までもが放たれる。


ズド ズド ズドカーン


「やったか?!」

「当然やん。これだけの魔法やで」

「木造城壁なんざ、ひとたまりもないっての」


ズドス ズドス ズドス


「ぐあー!」

「なんだっ! ぎゃひい!」

「いてえー!」


殺られたのは魔導兵。

これまで他の兵に邪魔され届かなかった矢雨が、至近距離となれば狙い打てる。


「パワー・シュート!」

「ウインド・シュート!」

「スナイプ・シュート!」

「豪炎拡散ファイア・シュート!」

「アローレイン・シュート!」


ここぞとばかりに強化エルフ弓兵がアーツを連発。

魔導兵を次々と狙い撃っていた。


「ひいー!」

「やつらこちらの魔導兵を?!」

「そんなん! 卑怯やろ!」


城壁の上から矢を射るエルフにとって、一番の脅威は敵の遠距離攻撃。

それら弓兵や魔導兵が間近で身をさらしているのだから、狙い撃つのは当然である。


ズドス ズドス ズドス


「ぐぎゃー!」

「も、もうやめっ!」

「ひぎぇー!」


戦闘クラスのうち、魔法クラスはHPや防御に劣っている。

戦闘クラスであれば多少の矢が刺さろうが生命に支障はないが、魔法クラスは別である。


1本の矢が当たるだけで、教和国の魔導兵がバタバタと倒れていくと同時に、エルフからの攻撃はますます激しさを増していく。


教和国からの遠距離攻撃が少なくなる。これまでは盾に隠れながらの射撃であったエルフたちが、もっと大胆に身を乗り出して矢を射てるのだ。


「おのれ! クソエルフどもがあ! 打ち破れ!」


遂には城門前に到達した攻城部隊。

イワンコ大将の号令に、一斉にハンマーを振り降ろす。


「クラッシュ!」

「ヘビー・クラッシュ!」

「奥義・デストロイ・クラッシュ!」


ドン ドン ドカーン


地をも揺るがすその衝撃。


「やったか!?」

「当然やん。これだけの槌術アーツやで」

「鋼鉄の城門だろうとひとたまりもないで」


だが、その全てを受けても木製のはずの城門はびくともしない。


「なっ! んな馬鹿な!」

「デストロイ・クラッシュはAクラスアーツやで?」

「これで破れない城門なんて、存在するのか?」


存在するのである。


「やれやれ。Aクラスアーツだか何だか知らないが、俺のリペアはSSクラス。通用しなくとも当然ではないか?」


燃え盛る城門の上。

ハンマーを振るう教和国兵を見下ろす位置に、俺は立っていた。

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