第93話 懐かしい味

 ヴァンパイア・クイーンをことを勇者パーティに報告して俺たちは予定通り東側の攻撃ルートに戻った。


 「私は翼が無いと飛べないのに春人は凄いね!!」


 左右はエリスとヒルデガルト、背中にはにはコルネリアがいるために詩織は必然的に空いたポジションである俺の前面に抱きつく形となっていた。

 

 「むぅ〜、私だってそのポジションが良かったのにぃ〜」


 右横から凄まじい形相でエリスが睨みつけてくるのがとても怖いので見て見ぬふりを決め込む。

 

 「もう少しでつきそうだな、アハハ……」


 話を逸らそうにも適当な話題を思い浮かぶはずもなく、早く着いてくれと祈るだけだった。

 元いた場所に到着したところで丁度、お昼を迎えた。


 「エリス、空間魔法で食材を出してくれ」

 「わかったわ」

 

 俺も次元牢獄に仕舞いこんだ食器や仮設コンロを始めとする調理器を取り出す。


 「みんなには迷惑かけてちゃってるから、調理くらいは私がするよ」


 詩織が名乗りを上げたことで、俺は料理係を降りた。

 というのもエリスとヒルデガルトは料理が出来ないのだ。

 以前、聞いたときには


 「私は……勉強ばっかりしてきて時間が無かったのよ!!」


 とエリスは言っていたしヒルデガルトもまた


 「包丁は、剣のように使えば良いのだろう?」


 どんな馬鹿力なのか、まな板を粉砕してしまったことがあった。

 調理器具の使い方すら知らないのは流石に予想外だった。

 そういうわけで、二人に任せるわけには行かず、代わりに俺がやっていた。


 「ふん、ハルトより美味しいものを作れるのかしら!?」

 

 エリスは、ふんすっと威張って言ったが


 「威張るなら自身の能力で威張ってください」

 

 とヒルデガルトに窘められて轟沈していた。

 やがて出来た料理は見覚えのあるものだった。


 「何この匂い、空腹にはオーバーキル過ぎよ!?」

 「ふむ、香辛料の匂いか?」


 食器に詩織がよそったそれは、俺にとっては見慣れたものだった。


 「懐かしいな……」


 じゃがいもや人参、玉ねぎや牛肉、飴色に輝き鼻腔を突く香辛料の匂い。


 「春人は、よくうちに来て食べてくれたよね」


 そうカレーだった、

 と言っても米は手元になかったのでライスは無い。

 ナンの代わりにパンをつけて食べれば、懐かしい味が口の中に広がった。


 「ハルトの胃袋が掴まれてしまったわ……これだけ美味しければ……」

 「美味しい……ッ」


 エリスとヒルデガルトからも概ね好評だった。


 「ルーもないのに凄いな」


 そう感想を伝えると詩織は嬉しそうに笑った。


 「なんかカルダモンとかコリアンダーとかみたいなのが売ってたときに買ってあって、こっそり懐に忍ばせて持ってきていたの」


 なるほど、勇者パーティの遠征の最中に野営で作るつもりだったということか。


 「ちなみに、ヴァンパイア・クイーンになってからも何回か試作したんだよ」


 流石にスパイスの量の調整とか、慣れないと上手く出来ないもんな……。


 「この世界に来てから食べたものの中でいちばん美味しいかもしれない」


 知らない土地、見慣れない風土に突然送り込まれたのだから、自分の知っているものがあるというそれだけで嬉しいのだ。


 「これからも春人を笑顔に出来るよう頑張るよ!!」


 詩織は頑張るぞと両の拳を握って言ったのだった。

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