第91話 蘇生
「んっ……んむっ…」
甘美な時間だった。
口移しに流し込まれる魔力が、身体に流れ込みサバンナの動物が水を欲するかのように、本能的に更なる魔力を求めてしまう。
「ぷはっ……」
数十秒にも満たない口付けが終わってエリスが口を離すと、銀色の糸が引いた。
「舌絡めてくるなんて聞いてないんだけど……!?」
「ごめん……エリスの魔力が美味しくて……ダメだったか……?」
どうやら無意識のうちにとんでもないことをしでかしていたらしい。
「ダメじゃないけど……」
消え入りそうな声でそう言ったエリスは、そっぽを向いた。
「まぁ、貰った分の仕事はするさ」
改めて詩織に向き直る。
魔力の出力が安定しだすと、かすかに詩織の胸が上下した。
「……生き返ったか!?」
気づけば背中の羽は消え、纏っていた赤黒い魔力は霧散していた。
俺の声に答えるように、うっすらと詩織は目蓋を開けた。
「……春人くん…?」
眼に光が戻った詩織は俺の顔を不思議そうに見つめた。
「そうだ……俺だ!!詩織に巣食っていたヴァンパイア・クイーンは殺した――――」
ことのあらましを詩織に伝えると詩織は目尻に涙を浮かべた。
「ごめん……迷惑かけて……春人の仲間の人たちも私なんかのために……」
詩織は嗚咽混じりに詫びた。
「いいのよ、私たちは別にねぇ?」
エリスが明るく取り繕う。
「私……春人が死んじゃったかと思って……それで、でも願いを叶えるために力を貸してくれる神様がいて……貰った柘榴を食べたらいつの間にかこうなっちゃったの」
チラリとエステルを見やると彼女は腕組みをして言った。
「多分、ヘルメスとシレーナの仕業」
当該人物を知るのかエステルは具体的な名前を挙げた。
「エステルとはどんな関係なんだ?」
そう訊くと、エステルは苦虫を潰したような表情を浮かべた。
「ヘルメスは遊戯を司る神で私の秩序を奪った張本人。そしてシレーナはその腰巾着。でも私もやられてるだけじゃない。神を滅ぼす秩序は既に動き出している」
どうやら秩序を失って俺に取り込まれるより前に手は打っていたらしかった。
「私の身勝手な考えでみんなを危険に晒してしまってごめんなさい……」
それまでに詩織が話してくれた経緯を聞くに、その責任の一端は俺にもある。
必要だったとは言え、あんな別れ方をしてしまった俺が間違っていたんだ。
「詩織はもう謝る必要は無い。俺も悪いんだからな。それに俺にとって今は詩織が無事だった、それだけで十分なんだ」
そっと手を差し伸べる。
すると詩織はおずおずとその手を掴んでくれた。
「でも私もう皆のところには帰れないよ……」
詩織は、ついさっきまで自身の意思ではないとはいえ勇者パーティに危害を加えていた。
「なぁ、詩織をこのパーティに入れていいか?」
自分勝手な頼みとは思いつつもエリス達に尋ねた。
しばらくの間があってエリスが開口一番に言った。
「戦力が増えるんだから大歓迎よ!!」
下げていた頭をあげて三人の表情を窺うと誰一人として嫌がる様子はなかった。
むしろ――――
「異世界の話を聞かせてくれないか?」
「お姉ちゃんが三人になるのです!!」
温かく迎え入れてくれた。
「いいの……?」
不安げな眼差しで詩織は尋ねた。
「皆はいいって言ってるし俺もそばにいて欲しい」
好きと言ってくれた詩織の思いに答えるってのが筋だしな。
「……ありがとう……安心したらお腹すいちゃった」
ホッと胸を撫で下ろすと詩織は恥ずかしげにお腹を押さえた。
「携行食糧ならあるぞ?」
そう言って焼きしめたパンを取り出すと詩織は首を横に振った。
「厚かましいことは承知なんだけど、春人の血が欲しいなって……」
恥ずかしげに微笑んだ詩織の口元には犬歯が煌めいていた。
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