第89話 VSヴァンパイア・クイーン

 「春人、殺して……お願い……五月蝿い!!この体は今は私のものなのだぞ!!」


 苦悶の表情を浮かべる詩織は、身体を支配するヴァンパイア・クイーンと僅かに残る詩織の思念との間で葛藤しているようだった。


 「エリス、一瞬でいい、あの詩織を拘束してくれ」


 エリスの作りだした一瞬の隙に羽を落とせば詩織はもう飛ぶことは出来ないはずだ。


 「ヒルデガルト、地上に堕ちたタイミングでなるべく傷をつけずに無力化してくれ」

 「殺すのではなく無力化だな?」

 「あぁ」


 ヒルデガルトはこちらの考えを察してくれていた。


 「自分で殺すの?」


 エステルが心配そうな表情でこちらを覗き込んだ。

 

 「確かに誰かに任せてしまえば、随分と気は楽だろうな」


 でもそれは違う。 

 一度殺すという負い目は俺以外の誰かが負うべきではない。

 

 「そもそもこれは俺の問題だろう?」


 彼女たちには何の関わりもないことだ。

 それに、幼馴染をその手にかけることによるこの胸を突く痛みは知っておくべきなんだと直感的にそう思った。


 「準備できたわよ……本当にいいのね?」


 フォルセティに魔力を纏わせたエリスはどこか物憂げな表情で言った。


 「エリスがそんな表情することはない」

 「喜びも痛みも分かち合うのが仲間ってもんでしょ?ハルトが悲しそうな顔をしてるせいよ!!」


 仲間か……その言葉にそっと背中を押された気がした。

 もう踏ん切りはついているんだ。


 「やってくれ」

 

 エリスは頷くとフォルセティを詩織へと向けた。


 「何人なんぴとたりとも逃れることは叶わぬ、拘束バインド!!」


 白い縄状の光に詩織は拘束された。


 「こんなもので私を拘束できると思うのか!?」


 それを振りほどこうと、詩織から立ち上った赤黒い魔力が白い縄状の光を引き千切ろうと暴れ出した。


 「まだまだ、ここからよ!」


 挑発的な眼差しとともにフォルセティから、莫大な量の魔力が供給される。


 「これしき……のっ……!?」


 詩織は身を捩って拘束から逃れようとする。

 翼に纏わせていた魔力が、その身体を拘束している光の縄へと流れているのが分かった。


 「くっ……やはり封印の時が長すぎたか!?」


 詩織の身体を支配しているヴァンパイア・クイーンは弱体化しているらしかった。


 「ヒルデガルト、用意しといてくれ」

 「任せろ」


 ヒルデガルトは魔剣を抜くとイメージトレーニングをするかのように虚空を斬った。


 「待ってろ詩織!!【氷牙貫穿グラキエースアクス】!!」


 イングナ・フレイが周囲を瞬く間に凍結させるほどの冷気を放ち、魔法陣から青白い氷の牙が射出された。

 撃ち出されたそれは、詩織の翼の一つを貫いた。


 「なっ!?翼が!?」


 困惑の声とともに詩織は己の背中を見つめた。

 だが一枚を使えなくしたところでまだ三枚の翼がある。


 「それだけじゃ済まないぞ?その身体を奪ったことを後悔しろよ」


 貫いた魔法の牙は折り返してさらにもう一枚の翼を貫く。


 「自由さえ効けば!!」


 恨みがましい視線を俺へと向けるがそんなことは知ったことじゃない。


 「こんの人間風情がァァァァァッ!?」


 幾重にも巻き上げ詩織を拘束する光の縄が数本切れた。


 「ハルト、これ以上は無理よ!!」

 

 マズイな……。


 「【氷牙貫穿グラキエースアクス】!」


 【神盾イージス】含めて三つの並列行使。

 体内の魔力量がごっそりと減っていくのが実感出来るほどだ。


 「並列行使!?」


 詩織は目を剥いた。


 「これでお前はお終いだ」


 最初に行使した【氷牙貫穿グラキエースアクス】と新たに展開させた【氷牙貫穿グラキエースアクス】が残りの二枚の翼を貫いた。


 「この私が地に墜とされるなど、あってはならないはずなのに!!」


 もはや空に留まることもできず、詩織の身体を支配したヴァンパイア・クイーンは落下していく。

 そのタイミングを見計らって、ヒルデガルトは駆け出した。

 そして思いきり剣の側面で詩織の身体を殴打した。


 「こんなところでどうだ?」


 地面に叩きつけられ一言も発しなくなった詩織もといヴァンパイアの口元に手を当てれば、浅い呼吸があった。


 「問題ない。後は俺の番だ」


 覚悟はもう決まっている。

  迷いも手の震えもない。


 「力を貸そう」


 そう言ってくれたエステル共に、横たわった詩織の身体に手を翳すのだった。

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