第88話 思案

 「今の私は信者を持たない希薄な存在。使える魔法もハルトやエリス以下。それでも神聖魔法だからある程度の威力はあると保証する」


 淡々と述べたエステルにエリスたちは目を丸くした。


 「ハルトの知り合いなの……?」

 「むっ神を名乗ったが……」

 「お兄ちゃんの中から人が……?」


 誰一人として状況を理解しちゃいない。


 「私とハルトは、誰もが啀み合うことのない優しい世界の実現のために、協力している」


 いきなり突拍子もないことを言ったエステルに三人は尚更、首を傾げた。


 「あのヴァンパイアをどうにか出来たら俺の口から話す。出てきてくれたからには秘策があるんだろ?」


 そう尋ねるとエステルはコクっと頷いた。


 「あれは根源を乗っ取ることにより体を支配する呪いと魔法の融合した産物。神界で成長する特殊な柘榴の実を、対象に食べさせることでそれは発動する 」


 神が関わっているということで間違いないということか。


 「どうしたらあの力を詩織から引き剥がすことが出来るんだ?」

 「あれはもうかなりのところまで同化が進んでいるから、力を完全に引き剥がすことは出来ない」


 確かにその容姿は既に俺の知る詩織ではなくなっていた。

 髪は白銀に染まり魔力を纏った深紅の翼が四枚、背中から生えている。


 「ならどうすればいい?」

 「あれは所詮借り物の力、故に宿主が死ねば力は元の場所に戻ろうとする。つまりは一度殺してそれから蘇生させればいい」


 エステルの答えに倫理観はまるっきり無かった。

 

 「殺すのか……」


 もう何人も殺してとっくに汚れきっている手をもう一度見つめた。

 その手は詩織を殺すという選択を拒むかのように震えている。


 「貴方がやらなければ、彼女という存在は永久に滅びることになる」


 神が言うことが絶対だとするのならば、そうするしかないのだろう。


 「本当に他に手段は無いんだな……?」


 そう尋ねるとエステルは黙り込んだ。


 「……無い」


 やがて答えずらそうにエステルは言った。

 エステルの顔を見つめるとその瞳は揺れていて、その答えが誤りであることはすぐに気付いた。


 「本当のことを教えてくれ」

 「……殺さなくて済む方法はある。春人の根源を削って彼女の根源の器、つまりはホムンクルスを作り出しそこに彼女の根源を転写する」

 「それだと詩織は詩織じゃなくなるってことか?」


 この世界での根源というのは元いた世界で言うところの魂と同じだ。

 ゆえに根源が違うものになるというのは別人になるというのがこの世界での認識なのだ。


 「そういうこと。それに貴方は自身を犠牲にすることになり、私の与えた能力も十全に使えなくなってしまう」


 エステルの話を聞いていると、コルネリアが俺の手をギュッと握った。


 「お兄ちゃんが犠牲になるのは嫌なのです。リアにとってあのヴァンパイアよりお兄ちゃんの方が大事!」


 コルネリアは一生懸命訴えかけてきた。


 「そうよ、私との約束を果たしてくれるまで簡単に死んでもらっちゃ困るんだから!!」

 「そうだ、残念だがハルトがいないと私たちの悲願は達成できない」


 エリスとヒルデガルトもそれに続く。

 こんなにも大切にされているのだと思うと胸が熱くなった。


 「そうか……ありがとう」


 俺としてもこの力を十全に行使できないとなれば、エステルとの約束を反故にすることになるし、ひいてはエリスたちとの約束さえも果たせるのかは分からない。

 俺のことを好きだと言ってくれた詩織には、思うところもあるが最初にエステルが教えてくれた方法での詩織の解放を目指すことにしよう。


 「なら、蘇生の魔法を使う方法で行こう」


 まるで自分の命を優先してしまったことへの言い訳のようだと思いつつもそう決めたのだった。

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