第86話 イングナ・フレイの限界

 「ハルト、魔物が上空に離脱したぞ!」


 眼前のおぞましい魔物は随分と学習能力が高いらしく、地上での戦闘でヒルデガルトやコルネリア相手に遅れをとると判断したのか鳥のように翼をはためかせて、上空へと離脱した。


 「魔法への耐性はありそうか?」


 なるべく与える情報は少なくしておきたいので既に二体を屠ったヒルデガルトとコルネリアに手応えを訊くことにした。


 「物理耐性も魔法耐性もないと思います!」


 確かに魔法耐性があれば、ヒルデガルトの魔剣やコルネリアの鉄爪アイアンクローの効果は与えられないはずだ。


 「だがハルト、こいつら恐ろしく硬いぞ?普通の剣だとおそらく歯も立たないはずだ」


 ヒルデガルトに言われて多くのイリュリア兵が一方的に惨殺された理由に納得がいく。

 目の前の魔物に今のところ攻撃手段が物理攻撃しかないのは、おそらく魔法攻撃が使えないからだ。

 となれば、それほど難敵では無いと判断する。

 だが強度があるとなれば話は別だ。

 中途半端な物理攻撃や魔法攻撃で倒せないとなれば、いくら数に頼って攻撃を仕掛けたところで意味は無い。


 「エリス、勇者パーティの回復を任せていいか?」


 ここは俺の古代魔法でさっさと片付けてしまうべきだな。

 

 「私だって魔法攻撃を試してみたいんだけど?」


 銀仮面の下、エリスは頬を膨らませて不服そうな表情をした。


 「これはエリスにしか出来ない仕事だ。頼む」


 俺の使える回復系統の魔法はたった一つ、それも死者に対して用いる【蘇生レナトゥス】のみ。

 一度殺してからじゃないと傷は治せないのだ。

 さすがに治癒するために殺すのは倫理観からしてよろしくないと思う。

 

 「そ、そう?なら仕方ないけどやってあげるわ!」


 恩着せがましく、それでも何処か嬉しそうにエリスは負傷した勇者の元へと向かった。


 「さて、デッカイのを一発ぶちかまして終わりだ」


 仲間がやられる光景を見ただけで学習してしまう可能性を考慮して選ぶのは面制圧のような攻撃魔法だ。

 イングナ・フレイで魔力を増幅させ威力を引き上げる。

 そしてイングナ・フレイの許容する魔力量の限界を迎えたとき、短縮詠唱を口にした。


 「【獄牙制滅スプレシオ】」


 もう何度も使ってきた面制圧型の攻撃魔法。

 密度の濃い無数の攻撃は、如何なる回避も許さない。

 加えてイングナ・フレイの許容限界まで込めた魔力をさらに増幅させているがために一発一発の威力は強力で、魔物を屠るのに事足りると判断したのだ。


 「流石にこれは敵が気の毒だ」

 「凄いのです!」


 あっという間に三体の魔物は、その胴体を貫かれ地面へと落下した。


 「同じをあと二回使えば俺の魔力はすっからかんだ」


 おかげでイングナ・フレイの限界をしれたがな……正直言ってもう二度と使いたくは無い。

 体からごっそりと消えた魔力が疲労となって、押し寄せる。

 だがここで休むわけにはいかない……か。

 何しろヴァンパイア・クイーンとなった詩織の試金石を撃破したに過ぎないのだから。

 見上げれば、感情の消え去った冷淡な視線が俺へと突き立った。

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